Sketchpad: A Man-Machine Graphical Communication System の2003年電子版を読む(4)
第3章、「HISTORY OF SKETCHPAD」システム製作のドタバタな経緯。
わかり得たことを以下に書き出してみました。難しいところは省略して読みましたし、間違って読み取っていることもありそうですので、参考にしないでください(*^^*)
1960年にTX−2コンピュータの存在を知り、1961年に本格的にSKETCHPADシステムを作り始めた。ディスプレイやプロッターを接続する。クロード・シャノン教授には最初のうち丁寧な指導を受けた。ミンスキー教授にも励ましていただいた。TX-2は7万語の記憶装置と64個のレジスターを持つ小さなマシンだったが、マニュアル周辺機器との接続性には優れていた。
1961年初秋にはライトペンで線分を描いたり消したりするプログラムを書き上げた。12月にはシャノン教授に線分だけでなく円を描けなきゃ駄目だし、従来の製図システムをなぞるだけではいけない、革新的なものを作るようにと示唆された。これが要素間の関係情報等のリング型データベースを取り入れるきっかけとなった。
第2世代のシステムでは整合性を自動的に保つ製図方法を実現し、最小二乗法でエラーを無くすようにした。
いろいろなシステム欠陥を取り除き、1962年の初夏には新しい製図要件を取り入れやすくした。再帰の手法も取り入れた。結果の写真をうまく取る方法も取り入れた。
第3世代の(最終の)バージョンが1962年夏には完成した。バグを潰すのではなく、アプリケーションの開発に時間を取れるようになった。橋梁のデザインという課題はまだ未完成だが。
疲れると『いま生きる「資本論」』(佐藤優さん)を、拾い読みする。
121ページ。今の官僚たちにはマルクスに関する知識がないので、資本主義の限界がわからない。金融財政政策で全てをコントロール出来ると思いこんでいる。とありました(*_*)
そのとおりだと思うし、情けない話だとも思う。
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