2017年3月29日水曜日

春の読書は何と言っても「虞美人草」

 春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫ぬいて、煙る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数え尽くして、長々と北にうねる路を、おおかたは二里余りも来たら、山は自から左右に逼って、脚下に奔る潺湲の響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更けたるを、山を極めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾を縫うて、暗き陰に走る一条の路に、爪上りなる向うから大原女が来る。牛が来る。京の春は牛の尿の尽きざるほどに、長くかつ静かである。『虞美人草』(青空文庫版 夏目漱石)

 ある季節をより楽しむために読みたくなる文章がある。
春は「虞美人草」、夏は「魔の山」そして秋は「こころ」。冬は「化学の歴史」(アシモフ)。今でも各季節の典型的な日にこれらを読むことにしている。

 いずれも学生時代の思い出と結びついている。これらをひもとくとすぐに当時の自分が当時のその季節の中で本を読んでいる姿が蘇る。

 花の咲きかけた薄曇りの日には、春を満喫するために「虞美人草」を読む。最初に掲げた京都の風景は一挙に春の世界に気持ちを引き込んでくれる。
 #そして「そうだ京都いこう!」などと叫んでみるが、大学受験時以外にこの季節に京に上ったことがない。
 冒頭の文章のつぎに、藤尾が登場するシーンのほうが春の雰囲気を表現しているようだが、すこし鬱陶しい(*_*)

 明治40年(1907年)に、朝日新聞に連載された。漱石が随分頑張って書いた様子がわかる。

 古い漱石全集の「日記及断片」が手元にあるので、めくってみると、この年の3月28日から漱石は京都に行っている。比叡山にも登ったようだ。6月から新聞連載をしたらしいので、この京都行きは取材に相違ない。






 この全集本は仙台に下宿していたときに近所の古本屋さんで購入した。この巻は大正9年版。最初は電力会社の社員寮の蔵書だったらしい。天金で綴じ糸などはまだしっかりしている。「猫」の巻はかなり傷んでいる。やはり「猫」は人気だったのだ。

 読んでも肩がこらないので、昼寝の友に、筋を知り尽くした「虞美人草」は最適であります。

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