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今朝は、少し寝坊した。5時45分起き。窓から空をみると、月の左下に土星が見える。水星もその横に見えるはずだが、夜明けの光に邪魔されて、完全な確認はできなかった。でも「心眼」でみたことにしよう。
建物の搭の左、桜の技の下に土星と水星が見えたのですが、手持ちのiPhoneでは撮影は難しい(T_T)— 隠居老人こと福地博文 (@hfukuchi) 2018年1月13日
でも早起きのおかげで月火水木土が見えて嬉しい\(^o^)/ pic.twitter.com/HXAyhKy68W
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そのあと、朝食の支度の前に、「失われた時を求めて 3」を読み終えた。
『失われた時を求めて 3~第二篇「花咲く乙女たちのかげにI」~ (光文社古典新訳文庫)』(プルースト, 高遠 弘美 著) を読み終えたところです https://t.co/zI520zy8zK pic.twitter.com/2dn5YeMSCi— 隠居老人こと福地博文 (@hfukuchi) 2018年1月13日
すぐに「4」に取り掛かるのはやめて、余韻に浸る。Kindle上の「失われた時」のそばには「秘密の花園」や「The Door In The Wall」がある。一見無関係な作品たちだが、わたくしにとってはある意味で共通点もある。
プルーストが書いているのは、じつは心の中の世界であり、空想を自由に働かせることのできる桃源郷であると考えられる。
「秘密の花園」も「The Door In The Wall」も日常現実世界とは違う場所に救いがあるというストーリーだ。ハッピーエンドか悲しい結末かの違いは表面的にあるが、Doorを求めて死んだWellsの話の主人公は、実は楽しい世界に生まれ変わっていると思える。
このような異次元世界には、実は誰でも行くことができると書いた(私はそう思っているのですが)、プルーストの小説は今でも読む人に強烈な印象を与える。主観により解脱への道を辿れるなら、皆に救いが訪れる。プルースト自身は「書くこと」により癒やされていたと思う。
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日差しは暖かいし、図書館から予約本が用意できたとメールが来たので、昼食前に取ってきた。風は冷たい。
借りてきました! pic.twitter.com/aYYrBUBbGt— 隠居老人こと福地博文 (@hfukuchi) 2018年1月14日
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猫も人間も本能的に居心地の良い場所を選びたくなるようだ、とコタツの中で考えた。
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