2019年8月29日木曜日

表面に出ず地下深く埋もれているモノはいろいろありそう

『玄奘三蔵』を読み直してみた。読み直すと言っても昭和45年頃読んだだけなので、50年くらい前ということで、初読に近い。

西遊記とは、雰囲気が違う。孫悟空以下が出てこないからか。

玄奘が仏法への憧れをつのらせながら、唐で勉強し、頭角を現して、なんとか西域に旅立つ姿は、空海の姿とダブってくる。ただし、玄奘は10年以上つまり空海の唐での生活よりずっと長く、憧れの地インドに滞在した。行き帰りの旅の時間を加えると、19年間。帰国してから経典の翻譯は約20年。

持ち帰ったものの重みがちがう。

翻譯のプロセスがまだ、よくわからない。翻訳チームと玄奘の役割分担も…

旧訳と呼ばれるものの訳の方法、たとえば鳩摩羅什の方法と玄奘の方法の違いはどうだったのか。勉強の課題がどんどん増えていく。

ちょっとオモシロイのは、玄奘が行く先々で仏典の講義をして、感心したパトロンから支援を受けながら旅を続けていくことだ。今で言えばクラウドファンディング。ちがうのは、投資家が、見返りを期待せず、正確に言うと信仰のために、多額の喜捨をするところだ。

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近所の工事現場が騒々しい。先週から行っている地盤工事は月末までの予定らしい。穴をほってコンクリートを流し込む作業が締めくくりらしいが、我が家のベランダから眺めていると、穴の底に大物のガラ(以前のコンクリートくず)があるらしく、ショベルカーが、悲鳴のような音をたてる。一時間くらい(暇人の一時間)見ていると、1.5m位のコンクリートのかけらや巨大な土管のようなものが掘り出された。



飽きないので、いつまでも見ている。

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