2021年1月11日月曜日

日記は書いておくべき


『トーマス・マン日記 1918−1921』を三軒茶屋の区立図書館カウンターで借りてきた。全10巻の『日記』のうち、刊行は最後だが年代は最初だ。その他の日記は1933年から1955年までに書かれたもの。訳者あとがきによると、1945年に他の日記は本人が焼却したとある。その理由はいくつか推測されているようだが、本人は理由についてなにか書き残しただろうか? これを見つけることも「楽しい」課題になってくる。

逆に、残された日記については理由ははっきりしていると言われている。1933年から1955年までの日記は、緊迫した世界情勢のなかでの亡命知識人の証言として、マンは記録を残したかった。1918年から21年までの分は、たまたま『ファウストゥス博士』の執筆材料として使うために別にしてあったので、焼却を免れた。

これも訳者あとがきによると、マンは10代からほとんど毎日日記をつけていたと思われるとのこと。すると、全部残っていたら30巻以上はあったということになるのか。読んでみたかった。言っても詮無きことなので、作品やエッセイなどから想像するしかないのだが。偽作というと人聞きが悪いが、誰かが代わりに書いてみて欲しい。「誰か」が私でもいいかと空想してみる。空想するのは自由だ。

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せっかく三軒茶屋まで行ったので、孫の顔だけ見てかえることにした。一時間ほど遊んでもらった。毎回感じるが、顔つきがどんどん男の子らしくなっていく。少し頼もしさまで感じる。もうすぐ4ヶ月、体重6200グラム。



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