昨日のブログで「「浮舟」については辻佐保子『辻邦生のために』(中公文庫)176頁を参照。」と書いた。
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以下引用。
180頁。
『西行花伝』に続いて定家と後鳥羽院を主人公にした小説を書くという三部作の計画は、かなり以前からのもの……182頁。
しかし、いつからとは言えないある時期以降、定家から実朝へ、京都から鎌倉へと、主な関心が移行していった。最後には隠岐の島(後鳥羽院)も定家もしだいに後景に退き、鎌倉と実朝にすべてが収斂してゆく。それと同時に「浮舟」という仮題が浮上し、この新しい構想を名指すようになる。183頁。
「浮舟」は源氏物語のコンテクストから切り離され、雪景色や橋といった状況説明のためのモティーフは消失し、さらには宇治川も主人公もそれぞれの名前から解放されるのである。無名となった恋人たちは、船頭の漕ぐ小舟にゆられて、月影の下をどこか行方のしれない船旅に出る。あたかも彼岸への旅立ちであるかのように。184頁。
由比ヶ浜から中国に船出しようとして挫折した、あの実朝の唐船を連想させたからに違いない。185頁。
「ファースト・シーンは八幡宮の石段を牛車が駆け落ちる場面、ラスト・シーンは隠岐の島、慈円を読んでいるらしい」186頁。
鎌倉八幡宮の石段を火におびえた牛車の牛が駆け落ちてくる。
群衆は立ちすくみ、牛車は微塵にこわれる。
実朝暗殺。嵐の夜。
定家 予感におののく。
式子内親王 伊勢にゆく。
歌の神がいる。
後鳥羽院 歌の神を生かす。
美しく生きる。強く生きるのではなく空や雲や日の出や夜や星を友として一つに生きる。
その実朝の全宇宙がある。
中国にゆこうとする。193頁。
同じようにして、「浮舟」とはどのような女性であるかを推測する手掛かりがあるだろうか。194頁。
女主人公は宮廷や幕府にも出入りの自由な、「浮舟」と呼ばれる男装の白拍子であり、同時にこの女性を琵琶の弾奏家、秘曲の継承者にすることも不可能ではない……
ここは辻佐保子さんの想像である。たぶんあたっているのだろう。
195頁。
「幻の舟」に乗る主人公たちは生身の人間ではありえない。198頁。
「浮舟」のような実在と非在の極限を捉えようとする試みは、おそらく生命のあるあいだは実現不可能だったのかもしれない。
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これだけのアイデアがあれば勉強の上、小説に取り掛かることは可能と思える。あるいは、これを読んで想像をたくましくするだけで辻邦生のもう一つの「小説」を読んだと同じことになる。
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