2017年4月30日日曜日

とりあえずの書の練習手本は空海の「風信帖」や「益田池碑銘」

 高校の書道の時間には、王羲之や欧陽詢を習ったが、空海があったかは覚えていない。「風信帖」はやったかもしれない。さだかでないのは、真面目に練習しなかったからでしょう。教科書は金子鴎亭さんの物だったような気がする。

 で、昨日掘り出した石川九楊先生の『日本語の手ざわり」(2005年 新潮選書)を拾い読みして、空海の部分に掲題のものを見つけた。自由自在に書いているのに驚いたが、王羲之や欧陽詢をあらためて見ると、やはり自由自在に書いている。

 真似して(いわゆる臨書で)書こうとすると、「自由」に書けなくなる。かといって、自分なりに書くと、いかにも素人っぽい。一つの字を何回書いてみても、気に入ったものは書けない。そして、上手に、気取って、書こうとすると嫌味な字になる。

 書はムツカシイがそこが面白い。趣味としては悪くない。少なくとも絵よりは良し悪しが解る気がする。しばらく遊んでみたい。

 家人がパンを買ってきた。今流行の、あんこ入り食パン。味もいいが、断面が面白い。篆書に似ているかもしれない。空海の字には自然の事物の形と心が取り入れられているがそこが好ましい。そして、字を書いたときの空海の精神に触れられる気もしている。



 退院後はじめて床屋に行く。あらためて写真に取ってみると、髪が白い。夕方なので、髪に何も付けず、洗いざらしなせいもある。年相応だ。



2017年4月29日土曜日

書の勉強を再開しよう

 石川九楊先生の本を一冊発掘。もっとあったような気もするが、まずこれを読むことにする。『日本語の手ざわり』(2005年 新潮選書)。以前は手書きの効用に注目して読んだが、今回は空海の書法に注目して読む。

 NHKで昔やった、石川先生が空海の雑書体の碑文をみにゆくビデオを「中国語字幕版」(こんなのがあるんですね)で観る。「空海 至宝と人生 第2集」

 するともっと石川先生に書と空海について教えてほしくなった。古書を一冊注文した。『書を学ぶー技法と実践』。

 以前、息子様に台灣土産でもらった、花文字で書いた名前の額も机に飾った(*^^*)



 iPadで動く毛筆ソフト「Zen Brush2」も360円で購入。

 あとは、連休中に書道の道具、息子が中学の時使ったやつを探し出すぞ。

2017年4月28日金曜日

トイレで読む本は間違って選ぶのがよい、住所はいくつも並行して持つのがよい

 尾籠な話で恐縮だが(口ばっかりですが)、今朝いつもの用足しに行くときいつものように読みかけの本を持っていった。座っておもむろに開いてみると、第三巻のつもりが第二巻だった。仕方ないのでパラパラめくっていると、いままで気づかなかった、文庫本解説ならぬ対談があるのに気づいた。そこで対談をありがたく読んだ。

 今、ハマっているが、いろいろ気が多いので、なかなか読み終えない夢枕版の空海の文庫本『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(2010年 徳間文庫)の第二巻の後ろの、夢枕氏と岡本光平氏(現代書家)の対談だ。

 空海がハマった「書」の話が中心である。彼の異常とも言える言語能力は、どうも「書く」ことにより鍛えられたと、勝手に解釈した。
 そして「雑体書」と雑体書の中の「飛白体」に興味をひかれた。これらについても調べが必要だ。たとえば、ここを見る。石川九楊先生にも「相談」する

 そして、絵が絶望的に下手な私にとっては、手書きで行うべきなのは、「書」であろうと、今思った。とりあえず、今日のプロジェクトは「飛白体」で書いてみること。雑体書のなんたるかをその過程で知ることとしよう。このアイディアは本の選択を間違ったおかげ。さっそく書いてみた(*^^*) やっぱり下手だが、筋はいい(嘘)。



 ところで、空海の第三巻には、こんなことが書いてある。密教という当時の新しい知識を知るには、梵語を深く知る必要があった。たとえば言葉の多義性からくる深いニュアンスの理解力など。空海は総合力を発揮してそこまで短期間に理解を深めた。

 また、密の根本は天を素晴らしいと思うだけでなく人も素晴らしいと思うこと。そして同じ天の裡にあるなら、唐にいようと日本にいようと大差はない。

 したがって、長安にいようと日本に帰ろうとかまわないわけだ。ちょっと謎が解けた\(^o^)/

 なるほど、するとパリにいてもどこにいても構わない。なぜなら若いときにパリで過ごした人にとっては、どこまでも理想のパリがついてくる。こう言ったヘミングウェイ(『移動祝祭日』)にも通じる。森有正先生も晩年はよく日本とパリと両方に滞在していた。弟子の辻邦生先生も、パリと日本両方に住居を持っていた。どちらでも自由に仕事が出来ていた。

 うらやましいですね。

 

2017年4月27日木曜日

マストドンの世界はドンドン進化する

 ここ(表題)笑うところでしたよ。

 私がはじめて一週間(ぐらい)になる、マストドンの中の会話は、進化をし始めた。

 ハローマストドンワールド時代が当然あり、つぎにフォローする相手を探す時代があり、今やインスタンスごとに特有の文化が生まれつつある。

 2番めに加入したmathtod.onlineというインスタンスでは、LaTeX記法を使えば数式が美しく表示できる。参加者は、はじめは無邪気に(失礼)数式を表示させて喜んでいたが、だんだん、物理や化学や数学や工学などの話題を議論するようになってきた。

 おかげで、LaTeXも勉強し直しているし、科学の各分野の話題を相互に論じあって楽しめるようになってきた。

 LaTeXの勉強は、いままで本に頼ったが、上記のインスタンスで発言されているものを、リプライ(しなくてもいい)しようとすると、数式のもとのLaTeX記述が表示されるので、これがよい参考実例になる。
 試しに描いてみるには結城先生の作られたページが手軽で便利(*^^*)

 このようなコミュニティーは、いままではなかった。ニフティーやASAHI-NETなどのパソコン通信での議論と相通じるが、数式や画像が使えて、ほぼリアルタイムに議論できる点でマストドンが勝っている。

 これからの議論の発展が楽しみになってきた。願わくは、天文関連のインスタンスが立つこと(*^^*)


2017年4月26日水曜日

「バベルの塔」の呪縛からは逃げられない

 先週金曜日に、上野広小路で飲んだ(これが失敗のもと)後行った東京都美術館の「バベルの塔展」。ご本尊のみ鑑賞しただけで帰ってしまったが、いまは後悔している。もっと、関連情報を集めてくればよかった。たとえば、大友克洋の模写した絵の一部。森洋子の書籍。

 仕方ないので、青葉台駅ビルで昨夜飲んだついでにブックファーストで「芸術新潮5月号」を買ってきた。「《バベルの塔》の謎」という特集を組んでいる。



 読んでみて、まずブリューゲル(父)の超絶細密描写に再度感嘆する。実物の絵を見た眼には、より信じられない描写力。広角レンズで虫と風景を撮る写真技法があるが、それをはるかに凌駕している。いったい、どのくらい時間をかけて描いたのか?

 iPhoneで雑誌の写真をもっと拡大してみた。すごい。





 「バベルの塔」は、百科全書的な知識追求の対象にもなりうる。調べ始めると切りがなさそう。

 マストドンの数式表示騒ぎに巻き込まれLaTeXの勉強も再開したのに、時間がいくらあっても足りない(T_T)

LaTeXといえば、奥村先生と、マストドンの世界で遭遇してしまった(*^^*)

2017年4月25日火曜日

アインシュタイン先生も(多分)びっくりしマストドン面白い

 週末からマストドンにはまった。Twitterの成れの果てじゃないかと思っていたが、実際にやってみると面白いし楽しい。

 Twitterとの大きな違いは、機能的には500字まで書けるということ。そしてサーバー、これをインスタンスという、を分けて分散的に参加者が運用できること。Twitterの中央集権商業主義が嫌いなら、マストドンがオススメだ。

 実際、参加して発言(トゥート)してみると、その雰囲気は初期のパソコン通信の世界を思い出させる。猥雑で自由でどんどん変化する。私は、自分でインスタンス、サーバーね(*^^*)、を立てるほど暇(失礼)ではない、いや技術力や根気がないので、面白さの半分も味わっていない。

 とはいえ、今後どのように発展していくか予測できない、その波に乗っていくことが面白さを倍加させるだろう。その一端を以下に書いてみる。

 昨夜、突然マストドンのトゥートでLaTeXで記述した数式を綺麗に表示させる技(ブックマークレット)が、発表され、それをきっかけに、数式入りの発言が増加した。私は、ブックマークレットではなく、数式を表示できるインスタンスにアカウントを追加登録して、そちらで数式入りの発言の練習をしてみた。



 昨夜はこれで、日本のマストドンの世界はおおいに盛り上がった。この話題を多くの人がとりあげ、議論を戦わせた(人もいる)し、私のように楽しんだ人が多いと思う。ついでにLaTeXの復習も出来たし。

 今朝みつけた、量子力学やグレブナー基底をかたるアカウントなど実に興味深い。

 数式が書けて500字までOKなら、コミュニティー内の技術的会話がマストドンで成り立つ。
 これはTwitterには出来ない芸当で、おおいに役立ちそうではありませんか?

 私は天文学関連のマストドンBOTを作ってみようかと検討中です(*^^*)

2017年4月24日月曜日

夢枕版沙門空海は荒唐無稽なのでわかりやすい

 昨日夜は、読書をさぼって『ある日どこかで』という映画をみてしまった。主演はクリストファー・リーヴ(スーパーマン)とジェーン・シーモア(超かわいい)。この二人と美しい画面がいいです。

 今朝は、ドイツ語のラジオ講座を聴く前に、夢枕版沙門空海の二巻目を読み終えた。阿倍仲麻呂の「秘密の手紙」のなかで、楊貴妃がひどい目に合った話が書かれている。
 その直前に、空海が「小細工が過ぎたかな」と反省したり、「長安にもっと滞在してもいいかしら」と迷うシーンがあり、このあたりの夢枕さんの解釈は優れていると思う。超人空海が超人のまま、人間的にも迷うこれが本当だろうと思います。



 今朝はこれまで、またMastodonで遊んでしまった。Twitterの発言をMastodonに流す方法を試したり、Mastodonの検索機能が動かないと悩んだり(まだ悩んでます)していると、すぐ時間が経つ。フォロアーも少しだけ増えて20名ほどになった。

 そういえば、『ある日どこかで』はSomewhere in Timeの邦題だが、インパクトがないなあ。だからいままで気づかなかったのだろう。

2017年4月23日日曜日

木村蒹葭堂に隠居のモデルをみる

 二日間外出してアルコールを摂取。さすがにきょうは疲れて大人しくしております。

 Mastodonの概要のKindle本『Mastodonとは: 脅威の分散型SNS』(吉田喜彦 著)がUnlimitedで読めるようになったので、ダウンロード。初心者向けにうまくまとめてある。「応用」のためには、今後自分で知識いや経験を重ねる必要がある。

 自分のMastodonアカウント名を「隠居老人」としておいた。隠居の定義を間違うと、今後のためには好ましくない。
 落語に出てくる横町のご隠居は、単にもの知りなだけだが、その知識をいかにして、そして何のために得るのかが問題。

 半分くらいしか読んでいない本、中村真一郎さんの『木村蒹葭堂のサロン』を引っ張り出して、また研究しよう。「隠居」の定義をアカウントのプロフィールに書いておこう。


 いろいろインターネットで遊んでいたら、Amazonビデオでおもしろそうな映画を発見。少し観たが夕食で中断。これから続きをみたい。ファンタジーみたいなストーリーだ。『ある日どこかで』(Somewhere in Time)。

4月22日のブログなのだ

うわわ。
社会復帰の練習が雪杉、もとい行き過ぎてしまい、寝こんでしまいました。
26時頃なのですが、これは「今日」のプログです。
天婦羅蕎麦も食べて満足でした。
昭和酒場研究会の皆様、ご馳走さまm(_ _)m

2017年4月21日金曜日

外出訓練完了

 義姉(ぎしとよむのかしらん)の三回忌で家人が一泊で外出する。私は体調を考えて失礼することにした。
 
 東京駅の新幹線ホームまで見送りに行った。これを機会に、外食と美術館あるきもして、長い外出に体力がもつかテストすることにしたのだ。

 昨日までとは違い、気温はさほど高くない。混んだ地下鉄車内でも汗はかかない。外出日和だ。

 団体客の多い新幹線ホームから家人の乗った列車を見送り、地下鉄(一日切符)で上野広小路駅へ。以前仕事でよく使った駅。昼過ぎなので、食事をした。当然(?)アルコール付き。60分飲み放題600円、ツマミはバイキング1000円。計1600円税別。以前も入ったが、すこし値上がりしている。でも日本酒の銘柄が30種類くらいあるのでうれしい。

 いい気持ちになって、上野公園に上がっていく。桜はもうおしまい。外国からの観光客がたくさん。修学旅行生も多い。独り歩きは気楽だ。

 都美術館に行き、ブリューゲルの「バベルの塔」をみるのが目的。65歳以上は当日券で1000円。適度に混んでいた。他の絵には失礼をして、「バベルの塔」だけみる。意外に小さい。60センチぐらい? これは絵葉書を自分で撮影したもの。



 細かくいろいろ書き込まれているが、一メートル以上近寄れないので、全体の印象のみ目に焼き付ける。白い雲が輝いている。塔の上の人やモノは存在が確認できるだけ。これは絵葉書の拡大写真。なにか細かく書き込まれている。なんだかはわからない。



 出口で塔の絵葉書と拡大版の絵はがきセットを買う。これを見ても、何が書かれているのか細かいところはわからない。もっと拡大した写真や、解釈して書き直した絵に当たる必要がある。その展覧会もあるらしい。また出かけるのは億劫だが。

 ブリューゲル自身がなんと言っているかも調べなくてはならない。
 バベルの塔の絵はたくさんあるし、バベルの塔の解釈もたくさんある。ある程度の知識を蓄えないと、なにも言えない。また勉強ネタが増えてしまった(*^^*)

 夕方、帰宅したが、途中燃料補給が効いて、あまり疲れていない\(^o^)/

 外出訓練は大成功。

2017年4月20日木曜日

空海さんは長安でしたい放題

 Mastodonのユーザー数は今日中に40万人になりそうだ。凄い(かもしれない)。



 夢枕獏さんの『沙門空海唐の国にて鬼と宴す(巻ノニ)』を読み続ける。
 白楽天や柳宗元と友だちになっているが、阿倍仲麻呂や楊貴妃も出てきてしまった。もちろん時代が違うので空想の世界でだが。楊貴妃が日本に亡命するという伝説も紹介されている。阿倍仲麻呂がベトナムの長官になった(これは事実)話も興味深い。

 こうなると、阿倍仲麻呂の事績や唐代の詩や歴史にも興味が湧いてくる。ひょっとすると中国語も…ブルブル(*_*)

 ところで、夢枕本の中で、白楽天は空海に向かって自分の才能は詩に捧げるためにあるが、空海にとっては詩は空海の才能を現すためにある、と言っている。なるほどの解釈である。

 こちらは芸術至上主義者なので、新しい知識を得ることに情熱を燃やしたい。昨夜は放送大学の天文学のTV講義を観た。内容は初歩的で○○○○いけれど、主に進行役の黒田有彩さんのお姿を拝見するためだ(*^^*)

2017年4月19日水曜日

Mastodonで遊ぼう、空海さんともね

 昨夕からMastodonを使い始めました。Twitterの経験があったので、基本的な使い方に関してはそれほど戸惑いはしなかった(格好つけすぎ?)と思います。



 問題点は3つあります。

(1)素晴らしかったりそうでもない絵がとにかくたくさん流れている。

 これは無視することにしました。Twitterと同じで無理やり追いかけてくることはありません。日本国内の特殊現象らしい。

(2)アカウントの削除機能がまだない。将来できるようにはなりそうですが。
 
 最初に自分がベースとすべきサーバー(インスタンスというらしい)を選ぶのですが、もしや悪徳個人情報横流しサイトではないか、その場合足が抜けないと困るなどと、不安になります。
 登録時のメールアドレスをダミーにするべきと言う説もありましたが、面倒くさい。
 一応、登録者の多そうなしかしトラフィック量が爆発していないインスタンスをエイヤと選びました。大丈夫でした。高校生女子と称する方が管理者でした。本当かな?

(3)友だちが少ない。まだフォロー数が一桁。

 全体(Federated)タイムラインを時々眺めて、「大丈夫そうな」人をぼちぼちフォローすることにしてます。その方からも「大丈夫そう」と思っていただき、フォローしてもらいます。このあたりの呼吸はTwitterやFacebookと同様。

(番外問題点)自分でサーバーじゃなくてインスタンスを立てるのが楽しそうだが、私には無理。
 はなから諦めてますが、面白そうではあります。

 私は 隠居老人@hfukuchi というiDです。Mastodonの世界にいらしたら、声をかけてください。フォローまたはリモートフォロー(インスタンスが違う場合)というらしいです。

 遊んでいたおかげで、読書はまたサボっています。夢枕版の空海さんだけすこし読みました。彼はまだ青龍寺にいかずに、白居易さんや柳宗元さんと「遊んで」います。唐時代のことも少し調べたくなってきました(*^^*)

2017年4月18日火曜日

Mastodonをはじめました

 FacebookもTwitterもはじめは手探りだった。Facebookは今でもよくわからないことがある。

 Mastodonも同じです。しかも、サービス(と言っていいのか?)の機能がまだ未発達でトラブルもありそう。特に注意すべきなのは、アカウントの削除機能がないこと(*^^*) 

 ともかく、午前中2時間ほどで、あるインスタンス(サーバーのこと)に、自分のアカウントを登録しました。二重認証はできるのでやや安心。自分でインスタンスを作ろうかという考えは自分で却下しました(*^^*)

 まだ、自分の発言(toot=吠える=されたコメント)と、目についたのでフォローした地震情報などの発言しか、タイムラインに無いので、まだ寂しい限り。

 これから、何の役に立つのかを見定めようと思います。

 夜来の風雨がおさまり、晴れてきました。


2017年4月17日月曜日

『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を読み続けてます

 面白いので全4巻の残り、2巻から4巻までを文庫本で購入。(スミマセン、すべて1円です。配送の手間を考えてすべて同一書店に注文。手数料配送料は割り引いていただけなかったが^^; )



 なので、安心して一巻を最後まで読む。この巻だけ単行本なので、読みやすい。

 青龍寺から来た僧の質問(何故早く密教を学びに来ないのか)に空海がやらねばならないことがあると、答える。

 「たとえば梵語…たとえば、筆の作り方です。たとえば、紙の漉き方です。たとえば、川の水を堰き止める方法です。たとえば、深い川にどうやって橋を架けるかという、その方法です。たとえば、唐の都の制度です。…そういうこと全てを含めたものが、わたしにとっての密なのです」

 この部分(420ページ)には、本の前の持ち主も印を付けている。これは意見が合った\(^o^)/

 一巻の最後(476ページ)には、意味深なことが書いてある。

 「あやうくおれは、賢しいことをしすぎて、しくじるところであった…」

 これがなにを意味するかは、2巻以降にわかってくるはずだ。単純に考えると、青龍寺に行く前の空海自身の売り込み活動が、やりすぎだったということだろうが、この後のお楽しみ。

 世の中は春爛漫であります。



2017年4月16日日曜日

マルチデバイスキーボードでブログ書きの環境整備(*^^*)

 新しいキーボード買いました。ロジクールK480



 これにより、スイッチひとつで、MacBookiPadiPhone3種を切り替えて使用出来ます。

 ブログは今までも(入院中以外)自宅で書くのみでしたが、自宅でブログ描くには便利。Macbookをメインとし、iPhoneで撮った写真を記事に取り込んだり、iPadKindle本を参照したりするのが、効率良く出来ます。

 この際、iOSMacOSのメモ帳が活躍します。

 今もK480で入力してます。


 iOSで使う場合、”(”などの特殊文字の入力にすこし癖がある。うまい(頭が混乱しないような)やり方があるか模索してみます。

2017年4月15日土曜日

ベートーヴェン、ピアノ協奏曲第一番とレオナルド・ダ・ビンチ手稿(特に関係はないけど)

ベートーヴェンの主要(と思われる)作品を年代順に聴くプロジェクト開始。参考書は『ベートーヴェン』(平野昭 1985年 新潮文庫)



「ピアノ協奏曲第一番」 マルタ・アルゲリッチとバレンボイムがブエノスアイレスで2014年に演奏したもの。貫禄充分な演奏。

 1795年ごろに公開演奏会で発表されたと言われる。このころ、ウィーンで、ベートーヴェンは独立した音楽家としての地位を確立しつつあった。25歳。彼は1770年生まれ。18世紀末のヨーロッパで成人した。これが彼の生き方にどう関わるか。

***

 昨日はしばらく埃だらけだった車を洗った。機械で洗いに行けばいいのだが、面倒なので自分で簡単に水で洗ワックスがけ。疲れた。

 今朝は家人とご友人を洗車済みの車に乗せて、近場のDIY店での花苗の買い出しのお供。彼女たちの買い物中、広い店内を散歩。雑貨が山のようにあり見ていると妙に疲れる。

 車に戻り、居眠りしようとしたが果たせず、最近使い始めたiPhoneを車のコンソールの電話通話機能とBT接続してみた。なんとなくいじっていたら設定出来た。117番に掛けてみる。つながる。当たり前だろうが、自分でできると嬉しい。

***

 レオナルド・ダ・ビンチの手稿をブログ書きの参考にしようという考えが頭に浮かんだ。家に帰ってググってみると、そう考えている人はたくさんいるようだ。毎日書くとか、書いていると仕事が進むとか。

 今日の絵。ノートルダム。


2017年4月14日金曜日

ウィトゲンシュタインは何をしたかったのか

 『世界の名著 ラッセル ウィトゲンシュタイン ホワイトヘッド』(1971年 中央公論社)を本棚から掘り出したので、ホコリを払ってすこし読んでみました。



 発売当時はラッセルの平和運動に興味を持ち、科学者と政治活動の関係を知ろうかと買ったのですが、今回はウィトゲンシュタインという、チューリング以上の変人を知りたいと思いました。そもそもこの人は哲学者なのか論理学者なのか先生なのか?

 そこで、まず彼の経歴を知ろうと、巻頭にある解説を眺めます。こういう固い本は、自宅にいると気が散って読めないので、わざわざ駅前の喫茶店(「駅前事務所」と呼んでます^^; )に持っていって読みました。

 ベトナム珈琲とかいう妙に甘い飲み物をいただきながら、解説に書かれた、ウィトゲンシュタインの「身分呼称」に赤えんぴつで印を付けてみました。

 印をつけた単語を列挙してみます。38ページ以降。

 学部学生(トリニティ・カレッジ)
 志願兵(オーストリア)
 捕虜(1918年 モンテカシノ収容所)
 復員兵(富の放棄者)
 小学校教師(父兄に追い出される)
 僧院の園庭助手
 建築設計師
 研究生(ケンブリッジ)
 フェロー(トリニティ・カレッジ)
 教授
 病人運搬人
 教授
 隠者

波乱万丈というより変な人生。何を考えたのか想像がつかない。

 ちょっと気になる「着想」。「ことばは現実の「絵」である」(39ページ)

 彼の日記、とくに暗号で書いていたやつ、を読みたいが、まだ入手していません。

 調べると、面白くて嵌りそうだが、ほどほどにしたほうがいいと、良識(ラッセルのような)が言っている。どうするかな。

 空海にせよベートーベンにせよウィトゲンシュタインにせよ、一廉の人は複雑怪奇です。なのでみんないろいろな意見を言うのでしょうし、そこが面白いとも言える。

 桜はまだ綺麗だ!


 絵にしてみた!


2017年4月13日木曜日

『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』は面白い!

 面白いだけでなく空海に対する見方を拡げてくれそうだ\(^o^)/

 最近空海にハマったので、夢枕獏さん(このお名前もスゴイですが)の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の「巻ノ一」を、もちろん中古で注文してみた^^;

 その間、松本清張先生の『密教の水源をみる』を読んで、独特の調子で大師の虚飾をはぐ筆法に感心したり反発したりしていた。

 昨日夕方、夢枕さんの本(2004年 徳間書店)が届いたので、寝る前に読み始めた。すると、驚いた。全然読むのが止まらない。山本リンダ現象。



 さすがに、寝不足の用心で、200ページでやめたが本当は若い頃のように徹夜で読みたかった。ストーリーの語り口が秀逸。

 新本に近い状態で、1円で(送料は257円)出ていたのだが、理由があった。黒えんぴつの傍線書き込みが数か所。面白いので傍線箇所を調べたが、初歩的な場所に傍線が引いてあったのですこしがっかり。

 自分は赤えんぴつで、傍線を引くことにした。107ページ。

 「その空海の中に、様々なもの、時には互いに矛盾するものすらが、その矛盾を抱えたまま、同じこの男の内部に同居しているようなのである。智と野性。上品と下品。聖と俗。」

 空海の魅力は、まさにこの矛盾したところだろう。現代人はここに魅力を感じると思う。誰もがこの矛盾を抱えているから。

 この本は全四巻。まだ一巻しか手に入れていないので、残りも注文したい。単行本だとかさばるので文庫本で我慢するかなあ。大体1円です^^;

 昨日は快気祝いで天ぷら定食を、おごってもらった。家人にm(_ _)m

2017年4月12日水曜日

空海の悩みもそうだが、長谷川郁夫さんの「編集者 漱石」が面白い!

 徐々に読書が楽しくなりつつある。体調との関連があるのだろう。エンジンがかかってきた。

 空海熱はすこし冷めつつある。『密教の水源をみる』(松本清張)のちょっと突き放した記述が、今回のポイント。ただし、空海の人間性を考え得たというところが大きい。

 『三教指帰』で空海自身が若き自分を語っている。儒教をベースとした現実出世主義には、もちろん飽き足らない。道教の語る厭世主義もちょっと違う。仏教の語る、悩める人(まず自分)への救いに希望を持った。もちろん、悟りの境地そして理性主義はすでに身についていただろう。衆生を救う力を持たなければならず、そのための最新の知識や方法は、本場(中国本当はインド)に行かないと手に入らない。

 うまく手に入ったのが中国密教というツール。かれはそれを持ち帰り、空海自身の密教と言う形で花開かせて、嫌っていた権力も手に入れる事になってしまった。

 これは彼の本意だったのか?そうだと思う。しかし、長安の街歩きで発見した、自由な自分も懐かしかっただろうと思う。

 1000年以上前の人なのに、空海が皆に好かれいや話題にされる理由は、彼のこのような複雑性言い換えれば現代性だと思う。かれの俗物性をなじるだけでなく、彼の多様な側面を推測して、自分の身に置き換えて考えるのが、空海熱を楽しむコツだと思う。突っ込みどころが多いというのがスターのいや超人の超人たる所以だ。

 日曜に買った雑誌「新潮」を読む。長谷川郁夫さんの「編集者 漱石」が面白い。漱石の初期作品(幻影の盾や草枕や猫他)の成立の舞台裏が知れる。長谷川さんの評伝「吉田健一」も読みたくなった。

 キケンキケン(*^^*)

 昨日までの雨が晴れて、春らしい雲が浮かぶ空のもと、これから買い物に出かけます。デパ地下のカレイの塩焼きが楽しみ。


2017年4月11日火曜日

梵語の泰斗、榊亮三郎教授のご尊顔を拝したいのですが

 松本清張の『密教の水源をみる』を読んでいると、榊亮三郎という方の『大師の時代』が引用されている。青空文庫で眺めてみるとなかなか面白い。

 青空文庫の書誌事項で
 「底本:「大師の時代」宗祖降誕会本部 1913(大正2)年8月25日発行」
 となっているので随分古い本らしい。榊さんがどこかで講演したときの速記録のようだ。その中の記述。

 「文部省の留學生となつて、佛國巴里に赴き、前後二年滯在して居つたときは、殊に、此の感が深かつた、「プラース、ド、ラ、コンコード」の廣塲から「ジヤンゼリゼー」の廣衢が、「ナポレオン」の建てた凱旋門を貫きて、「ブーローンヌ」の林につらなつてあるが、そこを午後三時から、夜にかけて輕車肥馬の來往が、織るがやうで、夜に入ると、車につけた燈火が、旁午入り亂れて、流星の亂れ飛ぶかと怪まるゝさまであつて、東海の一遊士たる自分は、此の光景を見るたび毎に、大師の長安に居られた時は、長安の大道は、坦として砥のごとく、佳人才子が、銀鞍白馬春風を渡つて、慈恩寺の塔の邊に行樂したさまは、かゝるものであつたらうと感じ…」

 と、随分入れ込んでいる。これを読むとたしかに空海も人の子だし、都会のロマンを感じていただろうなと同感する。

 この、榊さん、どうも大学教授らしいが、経歴がよくわからない。ググってみると息子さんやお孫さんは学者だったりして、しかも電子顕微鏡にも関連していて面白いのだが、ご本人の記述があまりない。謎だ、もう寝よう…

 今朝、思いついてGoogle Scholarで引いてみるとある記事が見つかった。「學苑」という昭和女子大学光葉会 [編]の雑誌記事。「博言学」って単語ははじめて見た(*^^*)

これによると
 「榊亮三郎は和歌山出身で、明治25年に東京帝国大学博言学科に入った。」とある。要するにサンスクリットをやった、後には京都帝国大学での博言学科開設時に立ち会い、パリにも留学したようだ。その後同大学教授。学識豊かで厳しく学生指導も行ったそうだ。

 桑原武夫さんによると顔がすごく怖かった。ともある。『榊亮三郎論集』とやらに顔写真が載っているそうだ。買おうかな? 
 国会図書館デジタルライブラリに『梵語学』がある。これは覗いてみよう。

 ま、あまり長くないので『大師の時代』をさっさと読み、松本清張「刑事」のやや不機嫌そうにも思えてしまう報告『密教の水源をみる』の写真を見て、本文を斜め読みするほうが先ですね。

 で、空海さんには夢ででも会って、長安の感想を聞きたい。夢枕獏さんの空海文庫本は安かったので第一巻を注文しておいた。

2017年4月10日月曜日

松本清張は刑事のごとく空海を追いかける

 『密教の水源をみる』を久しぶりに紐解く。他の空海賛辞本にくらべ、辛口な推測が書かれている。

 「空海は私的な通訳として遣唐使藤原葛野麻呂に雇われて行った。正式な留学僧の立場でなかったが、持ち前の押しの強さで唐の朝廷や長安の仏教界に取り入った。帰国時にすぐ京にいけず大宰府に滞在したのは、身分が正式でなかったせいだ云々。」

 松本清張さんご本人の推理小説の泥臭い刑事のように、ゲンバに足を運び、自分の感覚で大胆な推測を述べる。



 ロマンという人もいるし、強引すぎるという人もいるだろう。私も読んでいるうちに微妙な気持ちになってきた。

 ともかく、20年ぶりくらいに読んでみると、彼の読んだ資料の幾つかは青空文庫や国会図書館デジタル文庫などで簡単に読めるようになっており、嬉しい限り。

 もっとも、ご本人は現地滞在中も本屋に行き資料の収集に余念ない。

 大宅壮一さんや司馬遼太郎さんや松本清張さんは、あるテーマを書こうとすると、そのテーマに関する本を「トラックいっぱい」買ったと言われる。インターネット時代の今でも、いわゆるスニーカーネットを大規模に金の力で行うこのやり方は有効と思う。

 夏目漱石が倫敦で「ほそぼそ」と、生活を切り詰めて大量の本を買ってきたらしいが、それはその後の日本の文化の発展に対して、彼の目論見以上に非常に有効だった。

 森鴎外はシベリア鉄道を有効活用しヨーロッパの新刊書物や新聞を数日で入手していたらしい(『椋鳥通信』=これは当時のTwitterだ(*^^*) )が、情報を早く大量に握るのが勝敗の分かれ目だ。

 クロード・シャノンも読みたくなってきた。でもその前にウィトゲンシュタインを何とかしないとね^^;

 我が家の桜はまだまだ綺麗!

2017年4月9日日曜日

空海本を発掘し新刊雑誌も購入、ウィトゲンシュタイン本まででてきた

 腹痛が治り、足腰に力が入る様になったので、納戸部屋のガラクタを踏み越えて空海本を掻き集めてきた。



 意外にたくさんある。全集には「東陽堂書店」のラベルが貼ってあった。神保町まで行ったのか。拾い読みすると、松本清張さんが「密教の水源をみる」(1994年 講談社文庫)で、恵果との初対面の場面を冷静に分析しているのが、面白かった。たしかに皆、空海を褒め過ぎるので、本来の(?)空海像がわかりにくいと思う。ただし、調べていくと皆圧倒されるのだろう。

 「新潮」5月号に円城塔さんが、やはり空海のことをテーマにした短編「種字」を書いているらしいので、駅ビルの書店まで行き、立ち読みし結局買って帰る。奇想天外。ただし、短編連作の一つなので、他も読みたくなり、すこし読後感が薄い。単行本出版を待つか。
 こういった文芸雑誌を買うのは久しぶりだ。若くなった気分(*^^*)




 空海本の横に、ラッセルとウィトゲンシュタインの本(世界の名著)があったので、これも拾ってきた。これから哲学を勉強してもいいなと思う。花咲く春はいろいろ気が多くなる。

 土日とも雨で、せっかく満開になった桜が散り始めている。

2017年4月8日土曜日

空海は文明の中心長安にとどまらず何故帰ってきたか

 Audibleで松長有慶先生の空海のお話を聴く。約2時間。

 空海のあまりの天才ぶりに呆れる。
 本棚から、司馬遼太郎の『空海の風景』を取り出して来た。著作中で一番好きと著者が言ったらしいが、私もこの本は大好きだ。入社したての窮屈な仕事の合い間に読んで、その自由な書きぶりの文章に憧れた。

 読み始める前に、NHKスペシャルの「空海の風景」ビデオをYouTubeでみる。約2時間。
 今日はもう、本を読む時間がなくなってしまった(ToT)
 明日読もう。
 円城塔さんの空海に関する新作(雑誌 新潮に掲載)にも興味ある。とりあえず明日本屋で立読みして、面白そうなら買います。
 「定年オーパ」の山荘付近を空海は通ったのかしらん。

2017年4月7日金曜日

あこがれが芸術に昇華する

 手術1ヶ月後。CT撮影で経過を診断してもらう。検査結果が出るまで病院待合室でiPhoneKindleのロマン・ロランの『ベートーベンの生涯』を読む。
 ベートーベンが第六番交響曲「田園」に自然の物音を取り入れたのは、聞こえることへの彼のあこがれだったという説が書いてある。もっともな話だ(>_<)

帰って来て、ちょっと疲れたので岡倉天心の『茶の本』をAudibleで聞きながら眠る。目覚めるとき、茶人のふるまい(完璧には掃除しない)のくだりを聴く。これもいい話だし、夢うつつで聴けるところがいい。

 ところで術後の経過は良好だった(^o^)/

 大先輩のブログ「定年オーパ」をもっと宣伝したい。でもとりあえずは、絵の取り込み品質を上げないと。今のは、波打った紙の凹凸が画面上で見えてしまっている。スキャナーで取り込む際に紙のうらに別の紙をはさむべきだろう。

 近所の駐車場の舗装工事がはじまった。部分的にアスファルトを敷くところが興味深い。

2017年4月6日木曜日

花粉症から腹のカゼヘ移行した

かも知れない。ともかく腹痛で午前中はトイレ通い。ようやくおさまった後は疲れて寝てしまう。
夕方は、買物に出られる位回復。
本を読むどころの話ではない(ToT)
Twitterを眺めていたら、「Twitter Lite」というWebブラウザ上のアプリを見つけた。軽量版という所にひかれたので入れてみた。
 入れるといっても、mobile.twitter.comにアクセスするだけだ。
確かに通常使っていたTwitterアプリより速い。暫く使って様子をみることにします。
Twitter公式アプリを削除しても大丈夫かしら?他のアプリとの連携ができなくなるのはイヤだ。念のためiPadのみで公式アプリを削除しておいた。iPhoneでは残しておいた。
大先輩の絵日記ブログのプロトタイプができた。「定年オーパの四国山日記」。このブログと同じアカウント下に置いた。

2017年4月5日水曜日

理性だけでなく感性も働かせるという事か

花粉症ひどい!

数日前から鼻水は出ていた。昨日からは、頭がぼうっとして困っております。

こういう時は、他律的に動くしかない。毎朝7:00からのドイツ語初歩のラジオ講座を聞くのはピッタリだ。
 今夜11:15からの放送大学の天文学の講義を聞くのも良いだろう。でも、これは毎週(水曜日)一回しかない。

Audibleで過去の名作を聞くのも良い。聞いていると眠気が襲うが、遠慮なく眠って、聞き漏らした分を再度聞く。何回も眠るので、何回も聞きなおす。一時間のコンテンツでも十時間ぐらい楽しめる。


覚醒して聞いた部分からは文章のリズムが伝わってくる。知っている筈の文章も、新しい意味を帯びてくる。「方丈記」や「奥の細道」などは、何回聞いても新しい発見があるし、はかり知れない意味構造を持って耳に迫ってくる。

「平家物語」や「源氏物語」、「古事記」もこうして、繰り返し聞くべきだろうし、そうすることが楽しみでもある。

外国語のコンテンツも、こうして聞いていると理解が進みそうだ。

2017年4月4日火曜日

格安SIMカード交換顛末とAudibleの小さな感想

 ゆっくりベートーベンを聞こうと思ったが、土曜日に電話で頼んだ、SIMカードが届いてしまった。UQモバイルのnano(LTE)SIMカード。

 今までは以前のプロバイダで購入したHTCのAndroid端末だったので、MicroSIMカードを使っていた。月額料金が1,800円程度なのに結構速いので気に入っていたが、端末のカメラの調子が悪くなった。
 出先で写真を写して、Twitterでアップする技が使えない。困ったなと思っていたら、息子様がiPhone6Plusを下げ渡してくれた\(^o^)/

 早速SIMカードをMicroからnanoに変えようとしたが、ちょっと待った。AU版iPhon6Plusには使えないという。残念がりながら半年ほどたったら、最近のニュースでSIMカードの仕様が変わり、使えることになった。テザリングも出来る。

 さっそく、電話で申し込み、手数料3,000円はかかるが、送られてきたnano(LTE)SIMだ。SIMの交換なので手続きは簡単。要するにiPhoneの電源を落とし、SIMカードを入れ替えるだけ。立ち上げて、UQのサポートページで切り替えボタンを押すだけだった。

 回線の表示はUQ mobileとなったが、なにかおかしい。大きなデータがダウンロードできない。1Xという表示になっているので、LTEでつながっていない(*_*)

 あわてず、症状をインターネットで検索してみた。すると、ネットワークリセットで直るかもという記事を発見。やってみました。ビンゴ!



 めでたく、交換作業終了です。

 ここまでは機械的に出来るが、そのあと、いろいろなしがらみ(Googleの認証やLINEの移行)を整理するのに半日かかった(*_*)

 現在は快適に運用中。Android派には申し訳ありませんが、やはりiPhoneは使いやすい\(^o^)/

 いままで息子様とだけつながっていたLINEもこの際ということで、奥様にも加入していただき、家庭内のメッセージ交換や電話は無料でできるようになりました。

 でもまだ、LINEを他人様とやる気にはなれない。土足で家に入ってこられるような気がする。

 申し訳ありません。他人様達。

 以上昨日。

 今朝は、Facebookでの広告につられて、Amazonで扱っているAudibleの無料試用3ヶ月に入ってみた。

 部屋の片付けと入浴をしながら、『おくのほそ道』を聴いてみた。悪くないです。本を読むのとはまたちがった味わいだし、「ながら」聴きができるのがいい。

 しかし、月額1,500円は、コンテンツの量を考えると高すぎる。3ヶ月後にどうするかは未定。それまでに今あるコンテンツは全部聴いてやろう。

 英語版Audibleがもっと聴ければいいのだが、少ないなあ。と思っていたが、よく考えると、Youtubeには、AudioBookがたくさん転がっている。これでいい。日本語版は今後の充実を待ちたい。老人が増えると需要は増すと思う。

 じぶんでコンテンツを録音するという手も考えたが、過去の経験からすると、大変すぎるのでやめました。

2017年4月3日月曜日

ベートーベン研究をはじめよう!

 三日坊主という褒め言葉をよくいただきます。材木屋とも。(気=木が多い)

 昨年度(今年の冬)はマイルス・デイビスに凝ってApple Musicのアルバムをほとんど聴きながら、『マイルス・デイビス自伝』を読みました。おかげで、マイルスへの変な偏見はなくなった、つまり虚心坦懐に彼の音楽を聴けるようになったかもしれません。気(木)のせいかもしれないが。

 そこで、クラシックなら当然ベートーべンだべ、ということであります。

 文学的アプローチしかできない(音楽的アプローチはもとより出来ない)ので、なにか参考書が必要です。マイルスのように「自伝」があればいいのですが、ベートーベンの自伝ってありましたっけ?

 ま、ロマン・ロランの『ベートーヴェンの生涯』に遺書や手紙なども入っているし、これにしましょう。#島正は名古屋の飲み屋さん^^; おでんの写真は島正さんのHPより。



 手塚治虫のもありますが

 青空文庫やKindleを使えばほぼ無料で読める。ありがたい\(^o^)/

 『ベートーヴェンの生涯』を読み進めながら、やはりApple MusicとNAXOSで彼の楽曲の大部分を聞いてみるつもりです。実は昨年からバッハやモーツァルトと同様にベートーベンも聴き続けてますがこれにはほとんどいきあたりばったりでした。彼の生涯にそって系統的(?)聴いてみたいのです。

 今朝の夢で、『ビル・エバンス研究』を研修でおこなうというところを見ました。前説が終わりかけたところで目が覚めた。やはり、ベートーベンが影響しているかもしれません(嘘!?)

 若い頃と違って、老人力が増しているので、読むだけや聴くだけだと、すぐにわすれてしまいます。読んだり聴いたりしながらそこで考えたことを書き留めないといけません。それが日記であり、遺書にもなる。その意味でブログは偉大な発明ですね。
 ベートーベンがブログやTwitterを使っていたら、あっという間に炎上しただろうなと思います。一方本当にそうなのか?を知りたい、いや知る方向にすこし近づきたい、と思っています。

 今朝から新学期となり、懸案の「ドイツ語」のラジオ講座も聴き始めました。明後日は放送大学の天文学の新講義も始まります。

 四季感が薄れたという昨今ですが、心の中にははっきり四季がやってきます。そして心の春は、何かを始めることで味わい深くなることでしょう。

2017年4月2日日曜日

銀ブラは楽しいな!

 絵日記書いてみます。

 息子さんが用事があるとかで、つきあいで銀座に行った。ついでに食事もすることにした。なにしろ久しぶりだ。歩けるのかちょっと心配。

 息子さんご用事中、石川啄木の歌碑を見に行った。昔の朝日新聞社の跡らしい。意外に小さな碑。歌は聞いたことあるような。



 12時になったので、食事場所を捜す。いろいろ迷ったが此処のランチにしました。



 まず、スペイン風卵焼き。うまい。「重口」ビールも行ける。



 次は、カサゴのグリル。最高にうまい。



 最後はどんぐりのムース。いける。



 サービスもよく気分良く店を出ました。イケメンのおもしろウェイターもいる。おすすめです。

 歩行者天国には中国の方々がたくさんおいでになってました。木村屋でアンパンを土産に買い、三越のデパ地下で惣菜とせんべいを買い、格安SIM購入の用事が地元である息子さんのために早めに帰宅。

 とりあえず、疲れずに戻ってこれたので、銀座行テストにも合格いたしました^^;

 これは銀ブラ中にいつももらうPR誌です。昔は池波正太郎先生の日記が載っていて、手に入れると嬉しかったものです。




 

2017年4月1日土曜日

理想の書斎の主のその後は。

書棚は壁に片寄せて、間の高さを九尺列ねて戸口まで続く。組めば重ね、離せば一段の棚を喜んで、亡き父が西洋から取り寄せたものである。いっぱいに並べた書物が紺に、黄に、いろいろに、ゆかしき光を闘わすなかに花文字の、角文字の金は、縦にも横にも奇麗である。(虞美人草 青空文庫より)

 鬱屈した主人公は、手紙と日記を暖炉で焼き、虚飾に満ちた家を出ようとする。その後友人の活躍により、事態は急を告げる。そこの緊張に満ちた叙述がたまらないのだが、プレストの前のアダージオのような書斎中のシーンの記述も捨てがたい。

 書斎の良し悪しよりも、書斎の持ち主の気持ちが重要であると漱石は言っているわけだが、自分も同様ながら気の毒なのは、書斎貧乏(>_<)

 ところで、はやく終わらないかなあ、エイプリルフール。落ち着かないこと夥しい。

 よく考えると自分は毎日がエイプリルフールなのですが。