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2016年12月28日水曜日

大瀧詠一と寅さんで年が暮れそう

 昨日購入した『大瀧詠一 40年史』を読みふける。

 内田樹さんとの対談が秀逸。大瀧師匠の「どーだ感」が、好ましい。真の知識があるヒトは、説得力が違う。何かを研究するとはこのようなことだ。手本にしたい。虚空蔵求聞持法が入りそうだが。

 相倉久人さんとの「分母分子論」対談も面白い。日本の海外文化輸入とその矮小化の歴史がうまく説明されている。
 途中から、Youtubeにある、参考資料をさがす。

 「日本ポップス伝」は、「1995年8月7日~11日の5日間にかけてNHK-FM「夏の音楽特別講座」にて放送。」されたものだそうだ。貴重な音源が聴けるし、なにしろ大瀧師匠の語りが面白い。あと、四回分(各回90分(*_*))を聴かなければ。

 関連動画で紀の国屋バンドの「雨想」を聴く。スバラシイ。高崎昌子さんは今でも当時のようないや当時以上の歌唱力なので、もっとスバラシイ。

これは再発されたCD「STREET SENSATION」

 そうこうしているうちに、偶然Amazonビデオのサイトを眺めたら、「男はつらいよ」シリーズが、プライムでリリースされている。全巻ありそうだ。劇場でもTV放映でも何回も観たが、Amazonビデオで、手元のPCのp24インチハイビジョンで観るのも味があるので、また全巻観てしまいそう。

2016年12月27日火曜日

大瀧詠一特集誌の二割り引き販売は1月31日まで

 仲良し同士内輪の忘年会なので話がはずむ。皆トイレも近い。トイレに立つと、そこまで話していた内容に関連した別の話を思い出す。急いでもどり、その話をしてみる。連句の世界に近い。

 そんななか、「呼び水理論」というのを思いついた。ひところはどこにでもあった井戸のポンプ。しばらく使わなかったときには、乾いて水を汲み出しにくくなっている。バケツなどで、井戸ポンプに呼び水を与えると、また井戸水を汲み出せるようになる。

 われわれの頭の中の記憶を汲み出すポンプにも、呼び水的なものを与えると、深いところから記憶や知識が汲み上げられてくる。酒を酌み交わしながらの何気ない話の交換は、この呼び水になることが多い。

 ブログを書くという行為も、この「呼び水」になりやすい。一応は、何を書くかをはじめに思い浮かべて書き始めるが、書いているうちに、頭の中の記憶や知識が、汲み上げられ、最初の構想よりも深いことや全く違ったことが思い浮かぶ。それを逃さないように、手早く書き取る。

 使うキーボードやエディターは簡素なものがいい。これらの手段に関わっていると、せっかく思いついたことをわすれてしまう。
 外山滋比古先生はこのあたりの呼吸を、清流に棲む魚を捕らえることに例えていらっしゃったと思う。

 忘年会の前に、会場の近くの本屋さんに行ったら、こんな本を見つけた。



 『文藝別冊 大瀧詠一<増補新板>』(河出書房新社、2012年、1,200円の2割引き)

 この本が出た翌年に大瀧詠一さんは亡くなっている。ほぼ同年輩の彼の音楽への造詣は驚くほど深い。その情熱の理由をしりたい。これから目を通すのが楽しみだ。家人のママ友も本の中に出てくるといい。

 この本を買うという行為も「呼び水」であることに思い至る。