2017年3月3日金曜日

体調回復準備万全(*^^*)

 節制のおかげでだいぶ体調は回復し、近々受ける手術にも耐えられそうな気がしてきた。

 昨夜の朝日新聞夕刊で、三谷幸喜さんのコラム(私は愛読者)を見ると、「ブレイキング・バッド」という米国ドラマが面白いと書いてあった。信じやすいたちなので観たくなった。



 Amazonビデオで捜すと、あった。初回は無料で観られるが、2回以降は有料(300円/回)である。どうしようかな?無料になるまで暫く待つか、病院の有料テレビ(1000円/カード)を使ったつもりで300円ずつ払うか?

 ともかく、新聞はインターネットとは違った雰囲気で情報を与えてくれるメリットが有る。トイレで読むのも簡便で、靴が湿ったときの乾燥にも使える。

 高額な購読料なのでこんなことがないとやめてしまいたくなる。資源ごみで出すときにも重いですしね。

 朝日新聞は小学生の時からだから60年近く読んでいる。昔ほどのステータスはなくなった。ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト社会主義が消滅したからかもしれない。
 こちらの見る目が変わったとも言えるけれど。

 昨日一日、iPhoneを外出で使ってみたが、便利だ。格安SIMを購入して入れてやることにしよう。

2017年3月2日木曜日

入院準備で忙しく、読書も確定申告も進まない(ToT)

 新宿のとある病院へ、昨春3月に撮った胆管の写真を借りに行く。冷たい雨が降っているので、最近得意の重ね着をして行く。雨でも花粉は飛んでいるそうなのでマスクもし、帽子もかぶる。どうも怪しげな様子だ。先週の胆石症の後遺症で足がふらつくので、100円ショップで買った杖も持つ。

 病院受付で来意を告げると、昨日の電話交渉の成果ですぐ話は通じた。が、3月に診察した内科医の了解が必要という。10分程話して、写真を借り出す。紹介状は丁重に断る。主治医の分で用は足りている。

 ところで、写真はCDにでも焼いてあるのかと思っていたが、なんと大きな透明の印画フィルムにしてある。ここは、まだ紙のカルテも使っており、古いシステムの病院らしい。

 こんど手術してもらう病院は先月電子カルテを導入したらしく、看護師さんが入力にえらく手間取っていた。採血や点滴は手早く上手にこなすが、薬品名のカタカナを入力すると漢字混じりのかなになってしまうと大騒ぎをしていたりする。

 CT写真はディスプレイで、連続変化させて見たり、3D化して担管の「リゾーム的」形状を回転させたりしている。これは進んでいると思う。



 歩き疲れて、丁度発車間際だったロマンスカーに飛び乗る。大きな写真の袋が邪魔で乗り遅れそうになる。素晴らしく空いている。一車両に二人しか乗車していない。私とどこかのおじさん。



 車内では、古いAndroidスマホでテザリングし、息子様から管理権を渡されているSIMなしiPhone6Pで、FacebookやTwitterをやってみる。入院時の予行演習。デジタルデバイドはやはり嫌というか、暇で死にそうになりそうなので、iPhoneでSNSと読書(Kindle)はするつもりになった。コインを入れるTVをみるよりいいだろう。

 音楽をきくにはiPodクラシックを持って行くつもり。昨日も言ったがWiFi環境がない(ToT)

 帰宅しても雨は降り続く。保険会社に電話し、入院通院と手術の給付金を請求するための書類を送ってもらう手配をする。

 確定申告の準備がなかなかできない。入院前に青色の帳簿付けは終わらせておきたいのだが。

2017年3月1日水曜日

病院ではいろいろ考える、リゾームのことも

 病院の待合室で、ドゥルーズの『千のプラトー』のKindle版サンプルを眺める。本は世界のイマージュでなくて、リゾーム(いりくんで複雑な組織としての地下茎)だという。世界もリゾームであるとも。ツリー構造で世界を見ようとしても不可能だと。
 このツリーとリゾームの関係は、伽藍とバザールの関係に相当するとWikipediaに書いてある。

 それで物事の考慮が進むのかと、理性は警告するが、感情的には信じたくなる気がする。


 診察室に呼び込まれて、胆管や胆嚢や肝臓内の管の造影CT写真を見せてもらと、ツリーではなくてリゾームである。人によって構造もいろいろあるらしい。内視鏡で手術するにはこの構造を頭に入れておかないとできないと医師は言う。

 入院する際の注意を聞いたあと、数日間何を読書すべきか考える。物理的な本から選ぶ方が良さそうな気がした。長期間ではないので、この際思いきってデジタルデバイドで過ごすのも悪くない。古い病院なのでWiFiもないし。

 ブログの連続記録が途切れるが、あとでまとめて書けばいい。

  CTの形はこの方が先日の絵より正しい。ピンぼけですが。

 

2017年2月28日火曜日

「入院」の前なので、落ち着かない、まとまった読書ができない凡人の私

 いろいろ拾い読みしか出来ない。ビデオも「高い城の男(シーズン2)」などを「拾い観」する。

 『ドゥルーズの思想』、(27ページ〜)。
 「彼(ガタリ)には哲学者=生成変化と他の諸々の生成変化があった。彼は停止していることはなかった。絶えず動いている。変化するのではなく、毎度新たな組み合わせをひき出す万華鏡のように、…」

 「われわれは一緒に仕事をするのではなく、二人の間でする…」

 「(ガタリ)はブラックホールについて研究していた。…私の方はむしろ白い壁面について研究していた。…」

 読むとすぐなんとなく分かるが、じっくり真面目に考えるとわからなくなる。おもしろい文章だ。彼の文章は(翻訳しかみてないけど)、電子図書向きだ。あるいは、Twitterでやっている方が多いが、断片をBotでTweeetされるのに向いている。そのほうが絶対に「解る」思想を書き付けたのだと思う。Kindleではたくさん出ている。フランス語で読むのもいいかもしれない。

 こういう落ち着かないときに読むには最高の本だと思いましたまる



 クリフォード・ブラウンの曲もSP時代のレコードを聴いているので、短い。今の気分にピッタリ。
 Twitter、Blog、俳句、小説、ドキュメンタリー、プロット、ストーリーなどいろいろとりとめなく考える。妄想。

2017年2月27日月曜日

クリフォード坊やはいい子だったが、クリフォード青年もいい若者だった(稀有と言っていい)


 『クリフォード・ブラウン 天才トランペッターの生涯』(ニック・カタラーノ著 川嶋文丸訳 2003年 音楽之友社)

 ちょっとだけと思って読み始めたが、再読なのに覚えてないことが多すぎる(*_*)

 1930年生まれ、12歳で父親からトランペットを与えられる。
 母親が「己の欲するところを人にも施せ」と、教えられると、そのとおりに振る舞うような、典型的好青年に育つ。父母同様に、酒を飲まない。学校の先生にも愛される。ビリヤードやチェスが上手い。
 兄弟姉妹にも秀才が多い。

 ここまで褒めて書いてあると眉唾のような気もするが、本当に好青年だったらしい。人間とは思えない。音楽性だけでなく高い人間性の見本として興味が湧く。そんないい人はどうやって暮らしていけるのか??? 誘惑もあるはずだが。

 1840年台には、ワイヤースプール式やディスクカッター方式の録音機が一般に販売されており、彼はそれで自分の練習を録音して学んでいたという。(17ページ)

 ハイスクールでは数学の成績がよく、英語は駄目だったらしい。デラウェア州立カレッジでは、音楽コースがたまたまなく、数学コースに奨学金を得て入学。

 週末には近くのフィラデルフィアに通い、数多いジャズクラブに顔を出した。ジャズクラブには高校時代から行っており、16歳のときにはファッツ・ナバロと一緒に演奏もして、感心させたらしい。彼は後年になるまで、ファッツ・ナバロを尊敬していた。(60ページ)

 レコードはいろいろ聴いているので、なにか映像を探そうとYoutubeを見始めたら、ビル・エバンスが4拍子の曲をワルツで演奏する方法とか、モード奏法とはなにかと言ったビデオがみつかった。タモリさんがマイルス・デイビスに緊張しまくりでインタビューするビデオもあった。マイルスは終始スケッチブックに絵を書きながら余裕綽々で応対している。

 モード奏法とは、旋法(たとえば日本の民謡の旋法とか雅楽の旋法)を中心に演奏するらしい。コードを元に楽器を鳴らすより、メロディーラインを重視するということらしい。(楽器の出来ない私には推測しかできないけど)

 ビデオの中で、「カインド・オブ・ブルー」はいまでも毎年40万枚売れているという。トータルにしたらどれだけだろう。

 ともかく、どの世界のことを「勉強」するにもYoutubeは有力な道具である。

 

2017年2月26日日曜日

マイルス・デイビスとクリフォード・ブラウンの生い立ちのちがい

 いまのところ胆石の発作は起きていない。脂肪分とコレステロールを避けた食事のせいだろう。でもなんだか、爆弾を抱えているような気がして、心の片隅に怖さを感じている。気分転換が必要。

 マイルスの自叙伝を読んで、感じたのは、同時期の(ただし一方は早死=事故死だったが)トランペッターなのに、クリフォード・ブラウンと性格がまるで違うなということだった。



 そこで、昔買ったクリフォード・ブラウンの伝記を捜してきた。少し拾い読みして違いの原因を探りたい。
『クリフォード・ブラウン 天才トランペッターの生涯』(ニック・カタラーノ著 川嶋文丸訳 2003年 音楽之友社)。

 ファンの片割れなので、発行時にすぐ買って読んでいる。しかし今回のマイルスの自叙伝ほど熱心に読んでなかったので、詳しいことは忘れている。

 生い立ちの違いがありそうだ。

 クリフォード・ブラウンはデラウェア州ウィルミントン生まれ。マイルスのような金持ちの家庭ではない。しかし、裕福とは言えないが、彼の家庭は暖かく結束していた。彼は8人の子供たちのなかの5人の男兄弟の末だが、彼がいじめられたりしないように兄たちはいつも弟をかばった。

 デラウェア州の共和党政府は黒人の差別にはできるだけ加担しないような政策をとったらしい。ウィルミントンの黒人社会は両大戦中には良いコミュニテイ意識があったようだ。家族内だけでなく黒人社会内でも民主的な空気が流れていたようだ。

 高校や大学(黒人専用カレッジ)に進学しても、好きなトランペット以外の勉強にも励んだ。教師たちも親切だった。

 こんななかでジャズ界にデビューして、順調に有名になり、26歳(1956年6月26日)でなくなるまで、挫折は経験していないだろう。クスリにも手を出していない。必要がなかったと思う。もし彼が何らかの形で、演奏に絡むところで差別を受けたらどうなっていたかを、マイルスの例と比べてこれから考えてみたい。

 体調が優れない朝は、マイルスよりも。クリフォード・ブラウンの底抜けに明るい音を聞きたくなる。今も「The Best of Max Roach and Clifford Brown in Concert」を聴きながキーボードを叩いている。

 マイルスの自叙伝にはブラウン死後の盟友マックス・ローチの落ち込みぶりとともに、ブラウンに対する賛辞がたくさん書かれている。『クリフォード・ブラウン』の本の索引を見ただけでは、マイルスの名は出てこない。本当に本文にもないのか、なければ、それはなぜかということも追求の対象になる\(^o^)/

2017年2月25日土曜日

胆嚢結石症闘病記

(承前)

 主治医と相談。経緯を話したら、即刻胆嚢摘出手術を進められた(T_T)

 無痛性胆石症ならいいが、痛みが出たらすぐに切るべきですという。手術のできる病院はどこがいいか相談したが、結局こちらの案通り、近くの病院、しかも救急車で駆けつけた病院へ行くことにした。
 紹介状を頼んで帰る。昨日の今日なので少し体がふわふわする。膵臓は大丈夫だったのか?少し心配。来週行く病院で聞いてみよう。

 食事を考える。

 脂質と糖分は当分((^o^))いや、将来に渡り控える。
 好物だったロースとんかつや天ぷらやビフテキは諦めたほうがよさそうだ。肉は鳥の胸肉、魚は白身魚(T_T)牛乳は無脂肪乳か豆乳に切り替える。バターはもともと食べない。チーズはやめる。ヨーグルトは無脂肪にする。このあたりは今週の発作で身にしみた。
 野菜を多く摂る。米飯はほどほどに。

 アルコールも本当は駄目だろうが、舐めるだけにする。これはかなりつらい。なにか変わりの楽しみを見つけなくてはならない。麻痺性の娯楽が必要だろう。パチンコかな?



 朝届いた村上春樹さんの新作小説を読み始める。身を入れて読むと疲れそうだし、もったいないので少しずつ読む。 

 例によって気になるアイテムがいくつか出て来る。

 音楽では、シェリル・クロウのデビューCD、メンデルスゾーン16歳若書きの八重奏曲、M.J.Q.のピラミッド。これらを全部聴いてみる。まだ、その必然性がわからない。必然性など無いのかもしれぬ。あとは、オペラや室内楽のLP類だが、ここはこれから研究します。題名とは関係ありそうだ。

 タンノイのオートグラフとかプジョー205というのもあり、これらも調べていくと、ゆっくり楽しんで読めるだろう。筋書きはまだ(1巻のはじめなので)単純だからアイテム研究が欠かせない。ひょっとするとアイテムの方が筋より重要かもしれない(嘘)。

 眠くなったのでここで2月24日の日記は終わり。

2017年2月24日金曜日

救急車乗車記

 目覚めて、寝床中でブログ原稿書く。(このあと具合がわるくなる予感がしたらしい)
 起きて、部屋掃除を簡単に。風呂掃除して、湯を入れてはいる。

9:00 朝食。サラダ少々。紅茶。ミルクパン粥。チーズ一片。リンゴ。
 気分すぐれず、床をとって休む。
9:30。便通。少量。

10:00。腹部に不快感。ガスがたまった感じ。トイレに行くが、生唾が出るのみ。

10:30。朝食のパン粥とチーズを吐く。不快感に発熱と疝痛加わる。足が動かず洗面所から寝床に戻れなくなる。

11:00。救急車を呼んでもらう。5分程で到着。ありがたい。病状は自分で話せた。右側を向いていないとみぞおちと背中中心が痛い。そのままの体制で毛布で運んでいただく。少し意識が朦朧とする。

11:15。病院着。状況をなんとか話す。痛みは少しやわらいだ。腹部CTをとる。幸い上向きの体制がとれるようになっていた。処置室で心電図。採血。寒いので病院の衣類を借り、着せてもらう。点滴。(後できいたらいわゆる生理的食塩水)
 処置室は、多数の患者さんと看護師さんなどで賑やか。隅のベッドで少さくなっている。眠ろうとしたがトイレに行きたくなり、途中で連れて行ってもらう。車イスはことわった。



3:00。医師から説明を受ける。血液検査とCT像から胆嚢結石が胆管に詰まったという診断。膵臓管も腫れている。
 症状を数ヶ月繰り返しているので癒着前に胆嚢ごと腹腔鏡手術でとりなさいとの事。

3:30。家人に付き添われ徒歩で帰る。杖を貸してもらってついた。5分の距離なのですぐ戻り、そのままにしてあった寝床へ戻る。

19:00。夕食。野菜スープ。トマト寒天。蒸したとり胸肉一片。幼児用米せんべい。

 ともかく、今までずっと胃の痛みと誤解していたものの原因が判明してよかった。食べ物はコレステロールや脂肪の多いものを避け、野菜と魚中心とする方針をたてた。主治医に相談し胆嚢結石治療をする病院を紹介してもらう。

 夜は久しぶりに安眠した。

2017年2月23日木曜日

変化を恐れず、ブログやTweetを!

 NASAが系外惑星系(地球サイズ惑星7つ)発見。そのうち3つは確実にハビタブル・ゾーンにあると発表。距離40光年の「トラピスト」星のまわりに。素晴らしい。



 自叙伝を読み終えたばかりで、余韻が冷めやらず、マイルス・デイビス関連のものを読んだり聴いたりしている。

 「Black Prince」という本の序文に、「これだけ複雑な人の伝記は私(著者)には書けない。」とあり、彼を理解するための最大の手がかりは彼の残した膨大な演奏録音だ、というのは正しかろう。

 マイルスも、俺は一時一時変化しようと努力している、と言っている。

 ドゥルーズも似た意味の発言をしている。

 変化することを恐れてはならない。アジャイルに生きよう、発言しよう。首尾一貫性よりも、時々の精神の動きを大切に記録したい。

 ブログやTwitterはその時々の心の動きを記録するのに有効だろう。電子書籍は、拾い読みによって、書かれたものをより深く理解するツールとして使えるだろう。

 坂口さんの「ドゥルーズ本」も手に入れたくなってきた。

  トーマス・マンが変節したと非難するのは馬鹿げている。彼がその折々に書き残した「断片」が大切だ。虚心坦懐に読まなくてはならず、読んだ時の自分なりの感懐を大切に、書きとめたい。

 今朝は起き上がる前に寝床でこれを30分間書いた\(^o^)/

 ところで最近年代別に写真を眺めているアメリカ車は、1950年頃の素朴な恰好良さを50年代末以降捨てて、無意味と思えるテールフィンなどのゴテゴテした飾りをつける。
 Jazzやロックの音楽の変遷と関連づけて学びたくなりました。

 実はこのあと腹痛で、救急車に乗りました。この件はあとで書きます。変化を恐れない

2017年2月22日水曜日

『マイルス・デイビス自叙伝 2』紹介(最終回)



 1987年、「ツツ」がグラミー賞をとった。
 欧州や日本へ公演に行く。米国と違い、俺を尊敬してくれる。
 1988年、大親友のギル・エバンスが死んだ。音楽のアプローチが似ていた。金儲けはへただった。
 ジェームス・ボールドウィンも死んだ。
 年末に気管支肺炎にかかった。シシリーと離婚。

 1989年。ワーナーから「アマンドラ」を出した。コロムビアは1985年に作った「オーラ」を出した。

 自分はこの時にも芸術家として成長していた。従来通りにだ。

 成長という目でみると、ウェイン・ショーターやトニー・ウィリアムスやハービー・ハンコックとやることにより、高音域で音楽をとらえられるようになった事が大きい。感謝している。

 ジャズ・ミュージシャンは常に成長し、変化しなくてはならない。批評家は面倒くさがるが。

 黒人は日本人と似ているところがある。笑うのが好きで、型にはまらない。

 コカインもタバコもやめた。

 俺の人生で創造的だったのは、1945年から1949年まで。1954年から1960年。1964年から1968年も悪くはない。そして現在。絵も描き、作曲もし、すべての知識を活用している。

 毎日の演奏のたびに一歩前進するように頑張る。(原本は1989年に出版された。マイルスは1991年65歳で亡くなった(T_T) )

 自叙伝を読んで、今まで敬遠していたマイルスのCDをきちんと聴けるようになった。ジャズとは何かについて、少し解るようになった。

 この自叙伝には数多くのミュージシャンの名前があがっている。主要な人々については、別途勉強したい。その意味で良いものを読んだ\(^o^)/ 息子様が彼のCDを大量に所有していて、助かった。