2022年4月30日土曜日

国会図書館の「個人向けデジタル化資料送信サービス」の開始は一般読者にも大きな恩恵をもたらす

 国会図書館のプレスリリース:「個人向けデジタル化資料送信サービス」の開始について(令和4年5月19日予定) 」https://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2021/__icsFiles/afieldfile/2022/01/28/pr220201.pdf

と、

国会図書館のページ「図書館向けデジタル化資料送信サービス」https://www.ndl.go.jp/jp/use/digital_transmission/index.html
をじっくり見た。

上記2番めの記事には、

「図書 昭和43年までに受け入れた図書、震災・災害関係資料の一部 約56万点」の項に資料リストが掲載されている。

ただし、私の環境では、「分割1(xlsx: 30.3MB)分割2(xlsx: 26.5MB)」は大きすぎて表計算ソフトではオープンできなかった。そこで「分割1(zip: 11.6MB)分割2(zip: 10.1MB) TSV形式」の方をダウンロード。

それをエディターで開いて検索してみると、例えば、私のいままで読みたかった以下の本が読めそうだ。

(1)『欧州スクーター旅行』 桶谷繁雄 著 毎日新聞社 1958

(2)『岩手における転形期の群像』 三浦宗太郎著 鼓社 1962

(3)『金星の謎  少年少女世界科学冒険全集 ; 13』 ムーア 原作塩谷太郎 訳 講談社 昭和31

(4)『覚書 : マルジナリア』 アラン・ポー 著 吉田健一 訳 芝書店 昭和10

 ……

 古本屋さんを丹念に探せば見つかりそうだが、相当時間や金がかかる。特に(2)は、自分の義父の本だが、部数が少なかったということなので、たぶん古本屋さんには皆無と思える。

5月19日以降の国会図書館の措置は私のような金も時間もない老人読者には大きな恩恵だ。私の構想している自分専用ヴァーチャル図書館の重要なファクターとなろう。はやく構想をまとめて専用サイトを造りたい。

(実はPASSAGE by ALL REVIEWSの中にも図書館を併設したいと、個人的には思っている。実現可能性をこれから考える。ALL REVIEWSの書評家さんや友の会会員にご協力を願うとか……)

2022年4月29日金曜日

PASSAGE by ALL REVIEWSには付箋の付け方が素晴らしい本がたくさんある

今週火曜日夜に発信されたメルマガ、週刊ALL REVIEWSの巻頭言執筆は私が担当した。

先週私がPASSAGE by ALL REVIEWSで体験したことをもとにまとめてみた。文中にでてくる豊崎由美さんの付箋の付け方はこの写真の通り、素晴らしい。美しさも感じる。


巻頭言は以下の通り。まだの方はぜひお読みいただきたい。

貸し棚書店〈PASSAGE by ALL REVIEWS〉の棚のひとつ「豊崎由美の本棚」からカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を手にとってみた。前から気にはなっていたがまだ読んでいなかった本だ。この本は豊崎由美さんが書評をする際にお使いになった本そのものということだ。ご自分で加工されたと思われるごく小さな付箋が多数かつ整然とつけられている。その様子は芸術的と言っても良い。この美しさにも魅せられて本を購入した。奥付のページには豊崎由美さんの蔵書印が、手ずからと思うが、きちんと押されている。

『忘れられた巨人』の書評はALL REVIEWSですぐ読むことが出来るのだが、あえて読まないでおいて、まずは純粋に読書を楽しむことにする。付箋と少しの書き込みはいやおうなく目に入るが、その位置の意味の詮索も深くはしないことにする。2日かけて前半を読んだが、物語に引き込まれたので、後半は1日で読み終えた。

テーマを分析的に捉えて、結論を明確にする文章と、綜合的な記述で読者に考えさせる文章があると思う。『忘れられた巨人』は明らかに後者で、読み終えてから数日経ってもまだこの物語が何を言っているのか明確にならない。たとえば、題名の「忘れられた巨人」とは何のことか。主人公の老夫婦の遠い縁者かもしれない偉大なアーサー王なのか。彼らがくりかえす遍歴の原因となった深い霧を発生させるという竜のことか。戦乱や疫病の絶えない過酷な生活の中で人々が失った平和で安楽な暮らしなのか。

解らないという理由でこのような寓話的小説を嫌う人もいるかも知れない。しかし私はそうは思わない。この本を読んだおかげで、人間が生きるまたは死ぬという過程がいかに理不尽な出来事で左右されるか、その中で人間は翻弄されながらも他者と交渉を続けながらけなげに生き(死に)抜いていく、それこそ、正解のないのが人間の生涯であるということを深く考えることが出来た。しかも読み直さなくても物語のイメージは鮮やかに脳裏に残っているので、それを思い出してはまたいろいろ考えることが出来る。この考えているという過程が、読んでいる過程と同じように楽しい。

ALL REVIEWSサイトに行って、豊崎由美さんの書評を読んだ。ネタバレはしないように気をつけつつも、なるべく正確に物語の内容と展開を伝えて読者の興味をそそる、この豊崎由美さんの名人芸のひとつの源泉は、この本に精密につけられた付箋と書き込みであることが、実感できたような気がした。これを真似したいが何十年もかかりそうだ。『忘れられた巨人』については、ALL REVIEWSには古屋美登里さんの書評も掲載されている。古屋美登里さんはこの物語の良さは「すぐにはワカラナイ」ことだという私の未熟な意見を支持してくださるような気がした。

書評というにはおこがましく、せいぜい感想文を書くくらいが、私にできることだ。そんな稚拙な文章でも書いてみるということが、読書という行為をより深い意味の有ることに変えてくれる。「ワカラナイ」という霧のなかで、自分で考えながら手を動かして見るということは素晴らしい。ひょっとすると、この過程で私の中の「忘れられた巨人」が目覚めていくのかも知れない。(hiro) 

2022年4月28日木曜日

「生誕110年 吉田健一展 文學の樂しみ」をみてきた

みなとみらい線、元町・中華街駅6番出口のいくつものエスカレーターを登ると、突然「アメリカ山公園」に出る。16年ほど前に神奈川近代文学館に来たときにはこのルートは通らなかった。外人墓地を右手に眺めながら歩き、横浜地方気象台を左折、「港の見える丘公園」に入り、大佛次郎記念館の前の薔薇の咲いた広場を抜け、霧笛橋を渡ると目的地の神奈川近代文学館だ。歩くこと10分。少しずつ昔のことを思い出しながら、「吉田健一展」の会場に入る。以前は階上の会議室での集まりに出席したのだった。


65歳以上は安くて入場料は350円(証明書提示必要)。意外に盛りだくさんの展示品がある。自筆原稿や著作本、写真や、身の回りの品など。目を引き、内容に感銘を受けたのはケンブリッジ時代の指導教官ルカスに書き送った数々の書簡だ。一回り半しか年齢が離れていないルカスは吉田健一にとって先生というより話の合う先輩という感じだったのだろう。日本への帰途にも、日本に帰ってからも文学上の話だけでなく、細々とした悩みごとまで相談している。吉田健一が芸術と人生に専心する後押しをしたのはルカスだった。

自分もすでに年老いてはいるが、あらためて、好きな読書の世界を深堀りする努力をたゆまず続けていきたいと、思った。そのためには、効率だけを考えるのでなく、「ゆっくりと」シゴトをし続ける必要があるだろう。

このルカスへの書簡は(できればルカスからの返信も)まとめて読んでみたくなった。読む方策を講じてみたい。

著作の本は年代ごとに他の展示品に混じって並んでいたが、1960年代後半ごろから1970年代後半までの何冊かは、私の持っている単行本と同じ種類のものがあり、これを見ると懐かしさがこみ上げてくる。これらは今でも折りに触れ手にとって読むことがある。『書架記』は、文庫本で読んでいたが、その栃折久美子装丁・オリジナル版は最近神保町に通うようになってから手に入れた。

途中で体調が悪くなったので、後半・「翻訳」の展示はほぼ素通りした。出口で「図録」を900円で購入。これで展示内容をもっと把握して、また来月に「吉田健一展」に行ってみたい。


近代的・効率的な造りのみなとみらい線と横浜駅構内を通り、帰宅。午後1時40分。 

2022年4月27日水曜日

「一回限りの人生、とにかく、楽しく気ままに楽に生きること!」(城山三郎)


城山三郎『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』(新潮文庫)の後半を読む。

この本の「日録」部分には、1998年(著者71歳)から2007年1月に著者が78歳で没する直前までのメモが収められている。2000年に奥様の容子さんが68歳で亡くなられるのだが、その後のメモの内容は非常に弱気、体力もみるみる衰える。その後の仕事は容子さんのことを必死に書き綴った『そうか、もう君はいないのか』のみだった。この本は図書館システムで予約した。

日録最後の日、2006年12月17日。163ページ。これが最後のメモ。

「あれこれ苦労し、苦心してここまでやってきた。
もう、これからは楽しく、楽に、を最優先。
他はまァええじゃないか、一回限りの人生、とにかく、楽しく気ままに楽に生きること!」

「鈍々楽(どん・どん・らく)」と頻繁に書かれた手帳を、城山三郎の死後に初めて開く次女の紀子さん。

手帳見開きの左側は予定欄。右側にランダムに書かれたメモがこの本の元になっている。城山三郎の当時の正直な気持ちが書かれている。私の今のブログと違っててらいも強がりも知ったかぶりも書かれていない。遠くない将来にはこの域に達することができるのだろうか。

老いへの怖れも、老いの実態も書かれている。ここは私のブログと同じなのだが、それを書く筆はなんとも明晰。ただのメモ書きとは思えない。

この本はブログの参考にするには切実すぎるかもしれない。でもともかく、人間城山三郎の晩年を知り、自らのこれからの人生の生き方の参考になる。BOOKS HIROの日記本書棚に入れることにする。

PASSAGE by ALL REVIEWS内の猫町倶楽部さんの棚から購入したカズオ・イシグロの『クララとお日さま』(早川書房)を読み終えた。AIではなくてAF(人工親友)が主人公とは意表をついている。読んでいるとAFに感情移入してしまう。その意味でAFと人間の区別がない。また、人間のほうはこの未来の時代に人間性を失っているように思える。人間とは何かを考えさせる工夫が他にもたくさん。過酷と思える環境のなかで人間もAFも変わりなく動き回る。 

城山三郎『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』はBOOKS HIROの日記本書棚にぜひ入れたい


城山三郎『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』(新潮文庫)を図書館で借りてきた。扉の裏のページに、この本は城山三郎が仕事場に残した九冊の手帳の内容を編集部で整理したものという。九冊つまり晩年9年間、城山三郎が何を考え、どんな仕事ぶりだったかがうかがえるだろう。城山三郎は79歳で亡くなったので晩年9年というのは、ちょうど今の私の年格好にあたる。ぜひ自分のブログ日記と比べてみたい。(不遜?)

ということで、まだななめ読みの段階だが、PASSAGE by ALL REVIEWSのBOOKS HIROの日記本書棚に入れることにした。Amazonさんで中古のうち程度が良さそうなものを選んで発注をかけた。数日かかるが到着・書棚への入荷までのあいだに、この本を読んでおくつもりだ。たぶん推薦文も書けるだろう。

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他に借りてきた本の中にブローティガンの『ロンメル進軍』もある。これは、やはりPASSAGE by ALL REVIEWSに関連して読みたくなったもの。一棚店主の「考えるみっつ」さんにある日紹介いただいた本だ。高橋源一郎さん訳の対訳詩集。どの程度面白く感じるかはまだわからない。

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シゴト机周りの模様替え。コタツは布団を外して、27インチディスプレイを載せて読書兼インターネット閲覧テーブルとする。PCでの執筆はパソコンラックで椅子に腰掛けて行う。PC画面を使うのでエディターの文字表示サイズを大きくする。メガネ型拡大鏡の導入も考えたい。

これを実行し、午前中椅子でシゴトしてみたが、早速腰が張って痛くなった。やはりコタツに戻ろうかしら。

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昨日書いたブログである人に迷惑をかけてしまった。反省しブログの不適切な部分を削除した。そして書いてすぐ公開できるブログと、「個人的」日記とは違うものとして取り扱う必要があることを再確認する。ブログを公開するにあたっては細心の注意が必要で、毎日書いてすぐ公開するという今のスタンスはやめる必要がある。即時性を打ち出しすぎるのは良くない。数日間検討の上で公開するのがいいか。森鷗外の日記のような無色透明なものを目指すか、トーマス・マンの日記のように公開は25年後とすべきか。 「読書日記」の部分だけを公開ブログには書くのが良いかも知れない。

2022年4月24日日曜日

PASSAGE by ALL REVIEWSの見習い店員の手記😅

 ある理由で探してスコット・ラファロを聴いてみた。


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PASSAGE by ALL REVIEWSへ行き、店長代理を務める。店長のYさんご一家がお子様の誕生日に合わせて小旅行をしてお休みのため。雨の日曜で客の出足は鈍い。棚主さんはシステム上のご配慮により26日(火曜日)に誘導していたため、大きな混雑はなかった。一日店長のFさんは展示台のレイアウト、(高価な)人形をかざるなど、創意工夫が行き届く。何点かは開店直後にすぐ売れた。

私の持っていった『河岸忘日抄』も2時間ほどで売れた。セールス力。


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アルバイトの知識だけでは、まだ応用が効かない。オンライン販売商品の処置など。

マジメに勉強しよう。システムの動き。

言語習得の王道は時間と集中

土曜日は孫のお世話に行く日。今日も11時から20時まで一緒にいたが、言葉をかなりしっかりと発音できるようになっていて感心した。同じ言葉を何回と無く言って、それへの周囲の反応をみることにより、自ら修正しているようだ。こうして学習した言葉=日本語は忘れようにも忘れられないのだろう。時間をかけしかも集中することが大切なこととわかる。


(備忘)大人向け夕食は、肉野菜炒め、小蕪の味噌汁。

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彼が昼寝しているあいだに、『クララとお日さま』を読み続ける。朝の電車の中とあわせて1時間20分くらいで136ページまで。著者は意識して「わかりやすく」物語を展開しているようだ。大部分の描写がくっきりと頭に入ってくる。円熟の筆。

まだ、同著者の前作『忘れられた巨人』の謎を解く記述はみつからない。最後までゆっくり集中して読めば解るであろう。


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明日と明後日は店主不在(私用)のPASSAGE by ALL REVIEWSへお手伝いに行く。うまくできるように応援いただきたい。 

2022年4月23日土曜日

今回のメルマガ巻頭言執筆の準備はPASSAGE by ALL REVIEWSの本購入で全部済んだ

「カズオ・イシグロは私の中の「忘れられた巨人」を蘇らせる」という題名で来週のメルマガ、週刊ALL REVIEWSの巻頭言の第一稿を書いた。

途中の一節は以下の通り。

ALL REVIEWSサイトに行って、豊崎由美さんの書評を読んだ。ネタバレはしないように気をつけつつも、なるべく正確に物語の内容と展開を伝えて読者の興味をそそる、この豊崎由美さんの名人芸のひとつの源泉は、この本に精密につけられた付箋と書き込みであることが、実感できた(ような気がする)。これを真似したいが何十年もかかりそうだ。『忘れられた巨人』については、ALL REVIEWSには古屋美登里さんの書評も掲載されている。古屋美登里さんはこの物語の良さは「すぐにはワカラナイ」ことだという私の未熟な意見を支持してくださるような気がした。

https://allreviews.jp/review/1307

https://allreviews.jp/review/1308

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夕方、PASSAGE by ALL REVIEWSに行く機会があったので、カズオ・イシグロの次回作『クララとお日さま』を購入。新品で税込み2,750円。イギリスの7世紀の話の次はAIロボットの話。イギリスの7世紀の霧を晴らすのに役に立つだろうか。まあ、それより純粋に読みたくて買ったのだが。


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終電で帰宅。久しぶりだ。

2022年4月21日木曜日

PASSAGE棚主オンライン交流会に参加


 PASSAGEの

  • バルザック通り
  • マルセル・プルースト通り
  • ポール・ヴェルレーヌ広場
  • ステファーヌ・マラルメ大通り
  • アンドレ・ジッド通り
  • ジョルジュ・サンド通り
  • テオフィル・ゴーティエ通り    

の棚主の皆様との棚主オンライン交流会に参加した。高遠弘美先生をはじめ十数名の方が参加された。私のような「素人」はおられなかったのだが、それだけに皆様のお話を伺うことにより、得るところが多かった。

結局本を動かす(売る、手にとってもらう、読んでもらう)には、まず書棚とその中の本の存在を知らせるのが、重要だとあらためて気づいた。そこで、明日から、頻繁に、本のリスト(短い紹介つき)、本の書影、書棚のコンセプトなどをつぶやくことに決めた。

もう一つ、今後のPASSAGE by ALL REVIEWSの展開として、ブックカフェと図書館の要素を取り入れることを、提案していきたい。これは他の棚主さんもおっしゃっていた。

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『忘れられた巨人』に関する書評はALL REVIEWSに2件、豊崎由美さんと古屋美登里さんのものが、存在することに気づいた。これから両方読んで見る。古屋美登里さんが読まれた本もPASSAGE by ALL REVIEWSに出ているといいのだが……調べたが、残念ながらなかった。そのかわり「Books みつばち」さんに、『忘れられた巨人』の文庫本があることに気づいた。今度行った時購入してこよう。

「忘れられた巨人」は何のメタファーなのか? アーサー王か、あるいはアーサー王の掲げたであろう建国の理想か、もしかすると竜のことか、まさか古代民主国家のことか。そんなことを考えさせる好著だ『忘れられた巨人』は。

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『百歳までの読書術』(津野海太郎 本の雑誌社)を半分ほど読む。やはり「忘却」を防ぐために日記を書く話が含まれており、興味深い。「忘れ方」も(たとえば、身近なものの名前がとっさに出てこない、など)親しみが持てる。

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定期診断とPSA検査で医者に行った帰り、薬局が混んでおり、その待ち時間にTwitterで発見した本を購入することにした。駿台予備校の鈴木長十師の『CD付新基本英文700選 (駿台受験シリーズ)』。多分50年以上前に習ったテキストの内容が思い出せるだろう。



2022年4月20日水曜日

サリンジャーは自らのためだけの執筆という道を選ぶことでPTSDを乗り越えられたのだろうか

なんだか、最近サリンジャー界隈がにぎやかになってきた気がするのは気のせいか。軽いところから行くと、まず、「サリンジャーと過ごした日々」(ジョアンナ・ラコフ 井上里訳 2015年 柏書房)が映画化された。シガニー・ウィーヴァーが助演している。😍

『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』(原題:My Salinger Year)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC

『サリンジャー ――生涯91年の真実』も先に映画化されていた。知らなかった。

『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』 https://amzn.to/3rDDP6z

AmazonPrimeで観られる映画。追加料金無しで観られるのは4月23日まで!

なので、今日、急遽観た。まずまずの出来か。原作よりも「エージェント」の役割が強調されているような気がする。そして、戦争によるPTSDが当時こんなにも認識されていなかったことに驚く。サリンジャーは独力でそれに立ち向かい、克服とまではいかないが、共存する道を選んだ。それが出版を前提としない自由な自分だけのための執筆活動だったのだ、というのがこの映画の、サリンジャーの後半生の「沈黙」への解釈なのだろう。ほぼ同意。

誰か、庄司薫氏に関してもこういった(なぜ4部作以降作品をほとんど発表していないのかについて)論考を書いていないだろうか。調べたい。

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『忘れられた巨人』の読後感。

雌竜の吐き出す霧が「世界」を覆い、そのせいで主人公夫妻を始めとして皆の「記憶」を奪っている。この設定はうまい。当然、悪の根源である雌竜を退治しようと言うストーリーになる。それで話が進むが、進むにつれてわれわれの解釈も曖昧になっていく。雌竜は悪者なのか。「記憶」を失うことは悲劇で、取り戻すとハッピーエンドになるのか。「記憶」をとりもどすことが、たとえば夫妻にとっては耐えきれないことを思いだし、仲違いの原因になるのではないのか。そのために、最後には西の島(アイルランド?)に、別れ別れに連れて行かれるのは救いなのか新たな悲劇なのか。騎士や老夫婦そして馬に至るまで、彼らの霧の中の遍歴そのものをカズオ・イシグロは書きたかった。この遍歴は英国や日本にかぎらず世界中で通用する、普遍的な思想と物語の源泉であり、そのため2015年にこの小説が発表された直後の2017年のノーベル文学賞を、著者は得ることになった。

豊崎社長の付箋や書き込みは、「曖昧」な物語を読んでいく上での良い道標となった。登場人物やストーリーの転機などが、わかりやすかった。今後小説を読む時の参考になる。明日はこれらと豊崎社長の書評(ALL REVIEWS掲載)との関連を考えてみたい。

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今日のツイートなどを見ていると、PASSAGE by ALL REVIEWSへの新規棚主さんの登録が順調に進んでいるようだ、冗談で言っていた「棚がすべて埋まる」状態が近々実現するのかも知れない。スゴイことだ。


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これ、申し込んだが、本当に行けるかな。調整しないと。
『特別展「鹿島茂コレクション2 『稀書探訪』の旅」関連講座 天使はほほえみ、悪魔はささやく/終わりのない古書探しの旅 Ⅱ』

https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/information/20220703-post_472/