『隠者の文学―苦悶する美―』(石田義貞 1968年 塙新書)の内容メモ。昨日の続き。
隠遁者の例として、西行、長明、兼好がかなりの頁を割いて論じられている。
西行。(112頁〜)
あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風たちぬ宮城野の原
さっそうたる詩人西行…詩人なのか隠者なのか…かれを出家させたのは…無常をするどくとらえた詩人性…
風になびく富士の煙の空にきえてゆくへも知らぬわが思ひかな
六十九歳で陸奥へ旅行したときの歌で、慈円の『拾玉集』によると「是ぞ我が第一の自讃歌」と、西行みずからが言った…
125頁。
隠遁者としての西行の内部生活…無常…さびしさ…従順…感傷性…自然との関係…美的安心…
140頁。
(西行の)内部的の研究に情熱が注がるべき…
長明(142頁〜)
153頁。長明的隠遁。
長明は、社会的・人間的なもののすべてをすてながら、自己個人の現実的生だけは固執した。自己の生物的生命と、それにともなう内的愉悦をである。
兼好(158頁〜)
中世的無の思索にたえる骨ぶとの哲学者であるとともに、繊細な直覚をもつ文学者…
162頁。
山林の隠者から市井の隠者に変わる…
164頁。
隠遁の第一の要件…その底に無常をもつこと…第二の要件…信仰と美とをもつこと…第三…孤独を愛し閑寂を求める…兼好は…十分すぎるほど具備…
170頁。
西行は自然だけを見、長明は自己だけを見、兼好は人間だけを見ていた。
*
残りは「連歌」と「茶」。
***
朝から大雨だったが、かえってその方が空いているだろうと、かかりつけ医のところに定期診断を受けに行ってきた。案の定、開始時間ぴったりに行ったが客は私だけ。薬はいつもより多く出してもらった。
雨は終日ふり続いた。しかも寒い。
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