三島由紀夫の自殺が隅のTVで報じられている大学の学食で、クラスの皆が驚いて騒いでいたが、私は冷静に『僕は散歩と雑学が好き』を読んでいた。
なので50年近く、植草甚一さんの本を読み続けていることになる。刊行された著書は99%持っているし、全部読んだ。
最近(昨日ですが)、1960年台の米国文化について調べていたが、植草さんの『カトマンズでLSDを一服』を参考書にした。もっとも、植草さんは一回もLSDなぞ飲んだことはないだろう。にもかかわらず、迫真の記事を書いてしまう。
ニューヨークに行ったことがなかったのに、誰よりも街の情報に詳しかったし、晩年に本当に行ったときには、案内がいらなかった。
雑誌や本に頼るだけで、マニア顔負けの情報を手に入れて、ものを書く。森鴎外(『椋鳥通信』)よりこの点では勝っている。
昨夜、ついでに読んだ『植草甚一の研究』(1980年 晶文社)にも、おもしろい日記風のエッセイが掲載されている。
「シドニーの本屋を覗いた九日間」は、2000豪ドルを握りしめて、シドニーに行き、観光はそっちのけで、古本を買い漁るおはなし。そういえば、ニューヨークに行ったときも、本屋さんに入り浸っていたようだ。
「昭和二〇年に買ったり読んだりした本」は、新宿文化劇場の主任をやりながら、空襲のさなか、やはりまめに古本屋通いを続けるお話。ドサクサの中洋書も交え、生活の役には立たない本を買いまくる人も凄いが、商売とはいえそれを売っている古本屋さんも凄い。文化の層の厚さを感じない訳にはいかない。
生き方として、この姿を若いときに学んでしまったので、もう治らない。小遣いはすべて本につぎ込む覚悟。
ところで、この『研究』にも、植草さんの手書きの日記が掲載されている。會津八一先生のおっしゃるような、技巧を凝らさず読みやすい、大きめの正方形の字が印象的。これも見習うべきだろう。
お許し願って、一部の画像を、掲載してみよう。
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