2018年11月2日金曜日

内田百閒の文章にしびれる二日酔いの頭

 二日酔い状態の午前中は行動速度が半分になった。気分はそれほど悪くないので、ゆっくりなら普通の仕事ができる。と思って過ごした。

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 「けぶりか浪か」(内田百閒 1983年 旺文社文庫)を読む。これは9月にセンパイから頂いた百閒本のうちの一冊。



 ばつぐんに面白い。晩年の作品が多いのだが、飄逸味が濃く出ており、気軽に読み進められる。ただし、これを書くには百鬼園先生は一字一句精魂込めて書いていたことと拝察する。

 頂いた古本なので、自由にページを折ったりできるのが便利だ。折ったページには、「小豆洗いの狸」とか「教師をしていた頃の年額六千円の俸給」とか多分蔵書も焼けてしまって参照できない唄の歌詞が書かれ、「84日経ってやっと行った床屋の鏡に写った髭だらけの顔」とか上手に話を「散らして」最後に話題を冒頭のものと合わせてオチをつけることとか、関東大震災のあとに移転してしまい教師として行けなくなった海軍機関学校への郷愁などが、散りばめられた文章が心をうつ。

 長年百鬼園先生の文章を読んで、かなり感化されたところがあると自覚した。

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 今日も夕方の買い物ついでに図書館から本を借りてきた。八冊もあったのでまた、図書館員に「大丈夫か(重くないか)」と気遣っていただいた。ありがたいが、大丈夫だ。



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 昨日の夕刊に興味ぶかい記事が二つ。「ハッブル・ルメートルの法則」と「三十三間堂の版画」。デジタル切り抜きを行っておいた。



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 最後に極め付き「路面写真」。これも2009年のマカオ。セナド広場。


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