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2017年2月1日水曜日

寺田寅彦を青空文庫で読み、健康についても考える

 昨夜は新年会に出たが、おちょこに一杯日本酒を舐めるだけにし、あん肝としらすおろしを少しだけいただく、あとはウーロン茶という、空前絶後の節制をした結果、帰りに寒風に吹かれて胃が少し痛んだ以外は、大丈夫でした。
 12月には同じように第一回忘年会を乗り切って、よし行けると2回目からはガンガン行って失敗したので、これからは程々にします。
 


 新年会の始まる前に、A駅の書店で『日々我人間(ひびわれにんげん)』(桜玉吉 2016年 文藝春秋社 900円)というコミック本を買いました。先週の失敗新年会で先輩に紹介いただいたもの。

 読んでみたら、面白い、そして泣かせます。オススメです。漫画喫茶や山小屋で暮らし、このコミックを書き続ける作者とまわりのおかしな人々が描かれています。山小屋でのムカデとの格闘がおかしい。でも都会人らしく虫を怖がっているところが...



 電車での往復時には、寺田寅彦先生の文章をスマホの青空文庫でいくつか読みました。いつもよむたびに感心するのが、寺田先生の文章の優しい力です。それはどこから来るのか?

 題材が明快であり、文章がわかりやすい。無理な論理を書かない。対象物への愛情と、優しい眼差しがある。などですが、もっとありそうだなあ。隠れたところに。

 こんなことを考えながら読むには青空文庫アプリで一つずつ文章を噛み締めながら読む必要があります。全部まとめた電子書籍もありますが、じっくりは読めません。



 カラオケ新年会は、メンバーに病人が多い(というより全員(T_T))ので、しばらく休止かなと思い話し合ったのですが、同病相哀れむでお互いに愚痴をこぼし合うのも気分転換によろしかろうと、無理のない範囲で続けることに決定\(^o^)/

 無理のない範囲とは、カラオケ部分をしばらく休むことです。すると呼び方にこまるなあ。ときどきカラオケ会かしら?


 仲間は同じことを考えているものです。「シンクロニシティ」、「既視感」、「共感」、「ひらめき」・・・これらが日常の生活にどう関係するのか、考えなくてはならないと思いました。

2016年12月1日木曜日

ラウエとX線回折とマンホールの蓋と日記には書いておこう

 ブログを毎日書くようになってから1ヶ月半たった。手書きの日記を書くのはその間お休みしている。ブログ記事のタイトルを転記しておこうと思っているが、まだやっていないので、空白のページが続いている。なんだかやましい気分。



 日記は、自伝を書くための、材料(ワインバーグ先生の言う自然石)の貯蔵場所だ、と考える。すると、手書き日記よりも参照しやすいブログが適しているかもしれない。

 最近ハマっている寺田寅彦先生の随筆。ベルリンでラウエ先生に会ったという記述を読み、にわかに、自分の学生時代にやった実験を思い出した。できの悪い学部生の卒業実験なので、今考えると、随分幼稚なことをやっていたとも思う。しかし、道具立てはいろいろ立派だったようだ。ラウエ先生の始めた、そして寺田先生が日本でも始めたX線回折の原理を使い、金(金属Au)の極超低温(液体ヘリウムで試料を冷却)での原子間距離を測定するというもの。ほぼ指導教官(当時助手をしておられた寺崎先生)に、教えられるままにやっていた。

 卒業前には、普段練習していた液体窒素でなく、高価な液体ヘリウムを使って、原子間距離を測定し終えた。

 純金は金属状態なら簡単な結晶構造をとっている。(面心立方格子構造だったかな。)粉末化した金にX線ビームを当てると、干渉を起こし、ビームはある方向に散乱される。この散乱の角度を測定すると、簡単な式に当てはめて、原子の格子間距離がわかる。試料を冷やしてやると温度変化とともにビームの角度が変わり、したがって格子間距離も短くなっていく。
 装置が複雑なわりには単純なことを実験していたことになる。でも、粉末試料を試料用プレパラートに塗りつけることとか、液体窒素を汲んできて装置を冷やすとか、面倒なことがたくさんある。

 今回、この実験を思い出し、「簡単な式」を思い出したが、その式の意味や導出の仕方を忘れてしまっていた。というより、当時は教科書の記述を鵜呑みにしていたと思われる。

 昨夜、YoutubeでX線回折の原理のビデオを捜して、2,3視聴してみたが、なるほど、わかりやすいというものがあった。シンガポール大学の教育用ビデオである。
 当時、これがあればもっと、楽しく実験ができたし、ひょっとすると学校に残って勉強を続けたかもしれない。と少し甘酸っぱい気持ちがしてきた。要するに甘えだが。
 
 今度は、興味を持って、X線回折や固体物理学の勉強をしてみたい。教科書を紐解くだけでなく、いろいろな情報源を使って。

 そして(X線回折とは全然関係ないが)、日本マンホール蓋学会、というページを発見したので、ここを起点にいろいろ情報を仕入れながら、散歩の時マンホールの蓋を鑑賞することも始めたい\(^o^)/
 交通事故には気をつけよう。

2016年11月30日水曜日

社会主義はどうなるのか考えたり、連句の読めるサイトをさがしたり


 フィデル・カストロさんが亡くなった。90歳。遺体は火葬された、つまり、他の幾つかの国のようには偶像化されないということか。彼の生涯を調べるとともに、社会主義の行末を考える切っ掛けにしたい。資本主義諸国では指導者の右傾化が心配されているが、これからはどのように情勢が変わるのかも。

 カラオケを唄いながら、連句に興味がわき、久しぶりに読んでみたいと思った。家で本棚のうち目で確認できるところを捜したが、昔の蕪村や去来どころか芭蕉の本さえ見つからない。そもそも何を持っていたかすら忘れている。

 仕方がないので、Kindleにあたってみたが、読み放題サービスでは適当な本が見つからない。というのは嘘で、「連句雑俎」(寺田寅彦著 青空文庫版)が、あった。早速読むことにした。
 すでにiBooksでちらほら読み続けている寺田寅彦全集にも「連句雑俎」は収録されている。ところで俎(そ)とはまな板の意味らしい。雑俎はいろいろ書くので批判していいよという意味か(^O^)

 寺田先生は正岡子規にも面会しているくらいなので、俳句に関するエキスパートといえる。したがって「連句雑俎」は、実例無しでどんどん議論が進んでしまう。
 先に、連句とはこんなもんだという観念が欲しくなったので、連句、特に一番有名そうな「猿蓑」くらい目を通そうと捜した。

 インターネット上に、「芭蕉七部集(連句の訳・釈)」という格好のページを発見。しばらくはここをじっくり読むことにした。ちなみにここは「俳諧」という素晴らしいサイトの一部です。Google様教えてくれてありがとう。


 連句についてはこれで勉強ができそうだが、「連歌はどうなんだ、カラオケの連想的曲選びなら、句じゃなくて歌だろうが。」という内野の声も聞こえたので、連歌も一応調べますよ。

 連句と社会主義の関連性も考えよう。

2016年11月28日月曜日

ルクレチウスと、ラウエと、興味の対象ははてしなく増える

 寺田寅彦先生の「ルクレチウスと科学」を斜め読みする。ここでは原子論(物質の基本単位は原子。寺田は現代の原子と区別するため元子と表記している)の、嚆矢としてのルクレチウスを紹介するとともに、広く自然哲学者としてのルクレチウスを紹介している。
 途中に「しかし無限の空虚の中にいかにしてある「中心」が存在し、かつ支持されうるかという論難は、ニウトン以前の当時の学者には答えられなかったであろうのみならず、現在においても実は決して徹底的には明瞭に答え難いものである。」という一句がある。(iBooks版、寺田寅彦全集)

 この文章が発表されたのは昭和4年(1929年)であるらしいから、ハッブルが島宇宙の光の赤方偏移から、宇宙の大きさとその拡大を唱える以前に書かれた。寺田寅彦はこのへんの論争をもちろん知っていたので、「徹底的には明瞭に答え難い」と表現したのだと思う。

 ルクレチウスの言説は自然一般に渡っているが、寺田寅彦は現在の学者の専門に閉じこもりがちな傾向をやんわりと批判しようとして、この随筆を描いたと思われる。
 このあたりのことを、科学論文ではどう書いているか知りたい。寺田寅彦全集科学編を買うのもいいが、高いのでまずは現物を見てから。とりあえずは、インターネットで論文をあさる。



 寺田寅彦先生がベルリンでであったはずの、X線回折のラウエ先生。実際の生涯のことは知らなかったが、少しだけググってみたら、波乱万丈(もちろんナチスへの反抗)であることに驚いた。これも調べてみます。うーん。ドイツ語をもっとしっかりやっておけばよかったなあ。ドイツ語通訳をやっている友人に相談しようかしら。

2016年11月27日日曜日

寺田寅彦の勉強をつづけよう。大池昭二先生のことも。

 初冬の薄ら寒い曇り日。読書に最適。
 最近ハマっている寺田寅彦先生の周囲を調べる。

 リーゼ・マイトナーを主題に、核兵器開発にのめり込む科学者群像を描いた『二億電子ボルト』は読み終えた。リーゼは核兵器開発には手を染めなかったが、彼女の周囲の科学者の多くは、ナチスやソビエトへの対抗手段という名目に騙されて、結果として熱・冷戦の戦争協力をしてしまう。科学者の戦争協力についてはもっと調べる必要がある。
 一方、寺田先生の学問的な業績についての知識が少ないので、これに関しても調べを始めたいと思った。

 まずは弟子の中谷宇吉郎さんや坪井忠二さんのご意見を伺おうと彼らの著作をあたる。(もちろん、KindleやiBooksで無料本を手始めにする。)
 iBooksで多分青空文庫をベースとした、中谷さんの随筆があったので読んでみる。そのなかに「指導者としての寺田先生」という文章がある。1935年になくなった直後に寺田寅彦を悼む文章だ。寺田寅彦がいかに辛抱強く弟子を育成したかを繰り返し記述している。

 このなかに、「形の物理学」というコトバが出てくる。火花放電の形状をじっくり見ることにより、まだ良くわからない放電現象への知見が出てくるだろうというお話。これはもう少し突き詰めて勉強してみたいことである。分析第一主義に陥りやすい「科学」者への戒めなのだが、科学者でなく一般の現代の人々にも、ためになる話となるだろう。森有正先生の「体験」にたいする「経験」の重要性の話にも通じる(と思う)。寺田先生の「ルクレチウス」に関する文章も関連しそうなので、調べよう。すると、ルクレチウスの本も発掘しないといけない。うーん。辛い(つまり楽しい)!

 そういえば、ベルリンで会ったと思われるラウエの業績(結晶のX線回折)を紹介し、発展させようとしたのも寺田先生であった。X線回折像には学生時代魅了されていたし、卒業実験でも回折現象を取り扱ったのだが、その後はご無沙汰していた。これを機会にまた勉強し直すのも一興であろう。

 坪井忠ニさんについてだが、岩波全書の『地球物理学』の序文に、この本の前身の『地球物理学』の著者の寺田先生の回想が載っている。



 『地球物理学』を読んでいたら、突然、高校時代の地学の恩師でクラス担任をしていただいた、大池昭二先生のことを思い出した。ニックネームは「皇太子」、これは先生の人柄の良さを表していた。地学のていねいな講義はいまでもありありと目に浮かぶ。若くしてお亡くなりになられたと聞いていたが、詳しいことは知らなかった。

 思い立って、調べたら、訃報記事がすぐ見つかった。やはり、われわれが思っていたとおりの、優しいそして学問への情熱を背中で生徒に教えてくれる先生だった。

2016年11月25日金曜日

読んで調べて読んでまた読んで〜♫

 電子版全集本の編集の仕方を批評するのは本意ではありません。やはり、読書の世界にとびこんでもがくのが面白い。もがくとは以下のような狂態をいう。

 寺田寅彦先生の1909年のベルリン大学への留学記を読む。途中に「“若くて禿頭の大坊主で、いつも大きな葉巻を銜えて呑気そうに反りかえって黙っていたのはプリングスハイムであった。」とある。トーマス・マンのファンとしては、これはカーチャ夫人(旧姓プリングスハイム)の親戚ではないのかと思いたい。いろいろ調べたがなかなか証明はできない。ドイツ語が読めればベルリン大学の資料を調べるという手があるが…

 調べているうちに、このプリングスハイム教授は、『二億電子ボルト』なる自費出版本(著者は重山康祐氏)の55ページにちらっと登場されることを発見。リーゼ・マイトナーの先生だったらしい。(『二億電子ボルト』はGoogleプレイブックスで無料で入手可能。)

 これで、リーゼ・マイトナーと原爆のことなど調べたくなる。まず、この『二億電子ボルト』を読まなくてはいけない。

 ついでに寺田先生が留学するときの客船を調べた。日記(岩波四六版全集第一三巻)にルドウィッヒ号となっているが、これでしょうね。
1万トンの堂々とした船。第一次大戦後、英国籍になったようで、名前は変わっています。



 ここで妄想がムラムラ湧く。この船に、作中人物だが世界漫遊帰りのフェーリクス・クルルがのっていたらどうだろうか?時代は少し違うが、妄想なのでいいだろう。ついでに、寺田寅彦がヨーロッパで卒業旅行中のリービットさんにあっても、面白い。すくなくともブログ記事のネタにはなる。

 このように読んだり、調べたり、関連するものを読んだり、それらから得たトリビアを組み合わせて空想にふけったりするのが、私の読書法で、この泥沼にはまると、特定の一冊の読書スピードはおちるけれど構わない。楽しいから\(^o^)/

 昨夜はNHKBSでハッブルをとりあげていた。一応全部見た。今朝のTwitterで、ハッブルはアスペルガー症候群だと決めつける発言があり、反論されていた。人間にある種類のラベルをはるのは慎重であるべきだ。人間は多種多様な側面をもち、多種多様な場面で、予測できない行動をとる。ともかく人類の宇宙への認識を飛躍的に拡大させたハッブルの業績は大きい。ノーベル賞のレベルを超えている。

 もっとも、ハッブルの業績を支える礎は当時も今もめだたないリービットさんの仕事である。これを番組でも取り上げてほしかった😢

2016年11月24日木曜日

読書のやり方に光をあて、改善するのはお年寄りの仕事

全集本の一部。これを読むのは楽しみです。

寺田寅彦全集は1960年ころ、岩波書店からでた四六版十七巻クロース装版を持っている。非常に瀟洒な造りで、読むときに手に取る楽しみもある。寺田先生のエレガントな文章にピッタリの造本といえる。随筆は400くらい掲載され、他に日記(抜粋)や手紙や雑纂も収められている。普通に楽しむには十分な内容。

 青空文庫ではかなり(三百点くらい)の寺田寅彦の文章が電子化されている。それを個別にダウンロードして読んでも良い。「寺田寅彦全集」と称してこれらの電子テキストをまとめたものも何種かある。Kindle版もあるが、安いけれど有償。編集料ということか。目次が本文最初にあり、それから各文章に飛べるようになっている。目次は50音順。安易。Kindleの目次機能をなんで使わないのかわからない。

 出処はおなじだろうが、「寺田寅彦全集」はiBooksでも読める。こちらは無料である。内容はほとんどKindle版と同じ。これは目次はきちんとしている。ただし作品掲載の順序は不明。大雑把には年代順?ハイライト機能やしおり、メモ機能などはKindle版と大差ない。

 寺田寅彦の電子版全集としては、iBooks版に軍配が上がる。ただし、掲載順については改善の余地あり、ただだからいいでしょうと言われそうだが、それはちがう。

 どうすればもっと読みやすいのか朝風呂に入って考えた。目次と作品の配列がフレキシブルであって欲しい。つまり読者の好きな序に読めるようにして欲しい。いまのプラットフォームの上でもこれは簡単にできそうだ。電子図書の編集料をとるならこのあたりを充実させて欲しい。多少高くなっても払います(^O^)

 風呂であたたまりながらもっと考えた。書棚の整理は読書家にとって永遠の課題だ。本の配列も固定化されていてはだめで、読者の状況によって自由に配列が変わるのが望ましい。物理的本棚でも多少は行えるが、多数の本を入れ替えるのは肉体的に辛くなってきた。

 電子本ならここは自由自在にできる、はずである。しかし、まだ未開拓の分野なので、実際にはうまく出来ていない。Amazonのオススメ機能はほんの少しこの理想へ近づいたといえるだろう。ここはAIの助けが必要だし、従来の司書やそれ以上に読書のエキスパートのノウハウを活用したシステムを創るべき場所と思う。個人の嗜好や状況は時々刻々かわるので対応できるシステムにする必要がある。
 
 松岡正剛先生の『知の編集工学』という本がある。文明とは編集であるという、大風呂敷を拡げている本。松岡先生の活動の原点みたいな本。

 読者の立場からすると、どのように読書を進めるかのノウハウも編集技術の範疇に入ってくる。この読書のノウハウは経験を積んだ老人でないとうまく発揮できないし、発揮の仕方を社会に還元するべきと思います。

 夢中で力任せに読む若者のやりかたではなく、抑制されたやりかたで、読書を粛々とすすめる。そのためには経験から来るノウハウとそのノウハウを助けるツールの活用が大切になる。