机以外では何を使うか迷っていた。今回は少し考えて、iPad上の「メモ」アプリに手書き入力(Mazec)で書き、ブログに流し込むことにした。机代わりにはトーマス・マンに倣って60cm×36cmの板を使うことにした。特製でなく実はアイロン台である。家人がアイロンがけする時は取り上げられる。
いまは、2冊の本を並行して読みはじめた。『国家と神とマルクス』(佐藤優)と、『マイルス・デイビス自叙伝1』(中山康樹訳)。
それぞれ昨日は100頁ずつ読んだ。
『国家と神とマルクス』。29ページに、獄中で読んだ220冊の本のうちの愛読書30冊のリストが掲載されている。数冊は、読んでみたくなるが、残り大部分は難しそうである。しかし、だからと言って『国家と神とマルクス』自体を投げ出したくなるわけでなく、かえって興味が増す。
35ページには、『獄中記』も『国家の罠』も(どちらも国策捜査を受けた経験を書いたもの)よく売れたと書いてある。佐藤優の知的能力が評価されたのだろう。
43ページのメディア論がおもしろい。活字メディアはイメージを思い浮かべるときに思考を要求するが、テレビはイメージが同時に届くので思考停止を招くとしてある。なるほど!
有償の講演は引き受けていない。l回60万のオファーが良く来るが、これになれるとコツコツ本を書くのが馬鹿らしくなり、書かなくなってしまう(つまり勉強しなくなる)からという。(44ページ)
これはすごく頷ける話だ。
48ぺージのマルクス経済学の方が近代経済学よりもこれからのシステムを説明でき、政治で言うとドイツ社会民主主義の知的遺産が重要としてあるところも気になる。イギリスの社会主義とあわせてこれから勉強したい。
『マイルス・デイビス自叙伝1』。
東セントルイスを出て、ニューヨークに来たマイルス青年は、親の手前一応ジュリアード音楽院に入る。しかし本当の目的は、「ミントンズ・プレイハウス」で武者修行することである。最初は気後れしていたが、すぐに頭角をあらわす。もちろん先輩プレーヤーのあとおしも重要だった。
先輩の中に、あのチャーリー・パーカー(バード)がいた。彼の演奏はピカ一でとても真似はできない。しかしいつかはあの境地に達したいとマイルスは思ってきいている。バードも「お前なら大丈夫」と太鼓判を押してくれた。バードは演奏の時はシャンとしているが、その前後は、つまりほとんどの時間は飲んだくれているか、ラリっている。あるきっかけでマイルスの部屋に連れて来たら、そのまま居つかれてしまった。
ここは推測だが、この修業時に、バードと生活を共にした事がマイルスのこのあとの生き方に、良いことも悪いことも大きく影響しているのだと思う。
バードは演奏時以外はそんな状態なので、具体的な教えはディズ(ディジー・ガレスピー)とモンク(セロニアス・モンク)に受けた。
105ページに重要なことが書いてある。「ビバップの頃は、みんなとにかく速く演奏していたが、オレはやたらスケール(音階)をたくさん吹くのは嫌いだった。オレはコードの中から、一番重要な音を捨おうをしていたんだ。」
この後のマイルスの方向を定めるような決定を彼はすでに下していた。
えーと、そうなると、チャーリー・パーカーの生涯にもあたっておかなくてはならない。宿題増えた\(^o^)/
バードについては参考書持ってます。↓
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