2021年10月25日月曜日

吉田健一の「終活」作品群は非常に充実している

12°C曇り、室内21.9°C。

明け方に、口を開けて寝ていた。当然口が乾燥した。テープ買うか?

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キーワード「ブログ 書き続ける」で私のブログを検索して出てきたブログ記事たちをもとにして、「執筆研究部」のお題アイテムにすることを考えついた。

検索したブログ記事に含まれているものは以下の通り。

(1)朝日新聞木曜夕刊に連載されている三谷幸喜さんのエッセイ「ありふれた生活」
(2)リルケの著作、手紙と日記と……
(3)『トーマス・マン日記』
(4)「天文雑学」メルマガは4200号!「なつ子☆です!」さんが毎日出しておられるが、2009年から10年以上続いているわけだ。頭が下がる。
(5)「百鬼園戦後日記」
(6)ウルフ『ある作家の日記』(神谷美恵子訳)
(7)「70歳の日記」(メイ・サートン)
(8)マーク・トウェイン『完全なる自伝』
(9)アシモフの年代記でない自伝「I, Asimov」
(10)『闘う文豪とナチス・ドイツ』(池内紀)
(11)村上春樹『職業としての小説家』2016年 新潮文庫版
(12)『いま生きる「資本論」』(佐藤優 新潮文庫)

たとえば、次のような記事を「執筆研究部」チャンネルに投稿する。(実はこれを書いた直後に投稿した。)

朝日新聞連載の三谷幸喜さんのエッセイ「ありふれた生活」で書き続ける「苦労」を考える

(2017年1月6日金曜日の拙ブログ記事より。)

朝日新聞木曜夕刊に連載されている三谷幸喜さんのエッセイ「ありふれた生活」は愛読しています。たまに読み忘れるけれど、それでも読者に後ろめたさを感じさせないという、このユルさ。ある意味で名人芸ですね。

2017年1月5日掲載回には、17年間の連載の苦労話が載っている。(カッコ内は私の補足。)

(1)400字詰めにすると2,600枚(どーだ)だし、16冊の本になっている(買ってよ!)。
(2)話の重複は、このコラムに関しては編集者がチェック(どーだ)。
(3)他の雑誌等の原稿との重複(どーだ)は、狐狸庵先生(遠藤周作)だってやってるので勘弁して。
(4)和田誠さんにずっと挿絵をお願いしてる(どーだどーだ)。
(5)和田誠さんの画も字もかきかたが好きで真似している(どーだ)ので今回は自分で描いてみた(どーだ)。

これを読むと、連載エッセイもブログ書きも似たようなものとわかります。(勝手に一緒にするなといわれそう。)

ただし、挿絵の件は羨ましすぎる。(今でも和田誠さんの絵は使用されています。)

私のブログも現在のペースで10年くらい続けると(その保証はどこにもないが)、1日400字としても、トータル3,650枚となる。堂々たる長過ぎる長編になる。

なお、私は新聞連載でいまでも読んでいるので、結局買っていませんが『三谷幸喜のありふれた生活』という題名でシリーズ書籍化されています。

このあと、チャンネルでは、「ル=グゥインの『文体の舵をとれ』の練習問題をやる会」を発足させた。少し躁状態になっているようなので、ひとまず落ち着こうと思う。

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このあと、最初に書いた「ヒント」に対する反応があったので、一安心。

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『吉田健一ふたたび』を拾い読み。

156頁。

長篇(大長編ではなく200頁前後)小説の系譜がまとめられている。

1970年(万博の年 #この皮肉) 『瓦礫の中』 
1971年 『絵空ごと』1972年 『本当のような話』
1973年 『金沢』
1973年 『東京の昔』
1974年 『埋れ木』

全部すでに読んだが、また一から読み直そうと、今回『瓦礫の中』を借りてきた。あとは全部書棚にある。

なお、『埋れ木』のあとは『時間』という随筆か論考とでも言うべきものを1976年に書いて、翌年吉田健一はなくなる。

157頁で、樫原辰郎さんはこれらの作品執筆は吉田健一の「終活」だという。 

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