2011年5月31日火曜日

Leavittさんをめぐる人たち

これから、Leavittさんゆかりの、この方々について調べて書いていきます。
以下、お名前、生没年、彼女との関係

(1)E.C.Pickering 1846-1919 上司かつ先生
(2)A.J.Cannon 1863-1941 先輩
(3)S.Bailey 1854-1931 先輩
(4)W.Fleming 1857-1911 先輩
(5)H.Shapley 1885-1972 Pickeringの後任
(6)C.Payne-Gaposchkin 1900-1979 英国より来た後輩
(7)E.D.Leavitt 1836-1916 おじさん

2011年5月27日金曜日

Leavittさんの上司ピッカリングの弟とダーウインの関係

また、Leavittさんに関する調査中です。
上司であり、大学時代の教授にあたるE.C.Pickeringにはやはりハーバードで天文学をやったW.H.Pickeringという弟がいました。12歳ほど年下。1858年生まれ。兄貴と協力して写真を使った天文学の発展に寄与。
この人は兄さんよりかなり破天荒というか大胆で、ローウェルより過激な宇宙の生物存在説を述べています。火星にはオアシスがあるとか月にも生物がいるとか。冥王星の存在をプラネットXとして予言もしたらしい。逆行軌道の衛星も発見。60歳代後半には引退してジャマイカの私設天文台で観測三昧。羨ましい。
月の起源も論じていますが、その時一緒に研究したのがGeorge Darwinで、この人は有名なCharles Darwinの息子なんですね。
するとLeavittさんのおじさまの名前のよしみでE.C.Pickering氏も彼女を喜んで雇ったのかもしれません。

2011年5月6日金曜日

Leavittさんの給与

 Leavittさんのことを昨年書きました。
 ハーバードの天文台に正式に雇われたときの時給が30セントというのは、安いのか高いのかと思っていました。
 最近読んだ本によると1914年のアメリカの一人当たり所得は年間377ドル、ちなみにイギリスは244ドル日本は36ドル(「大国の興亡(上巻)」365ページの表)ですし、星新一さんの「明治・父・アメリカ」によると1896年にソーダファウンテンでコーヒーが5セントだそうです。
 すると、時給30セントは、少ないがまあまあと言う気がしてきました。米国から欧州への船賃は10ドル前後だったようですし、Leavittさんは独身で親からの援助も何らかの形であったでしょうし、仕事に専念することはできたのだろうと想像しています。お金が多すぎるとかえって好きなことをやる時間がなくなるし、仕事以外の趣味はなかったと想像します。
 欧州旅行で誰とどこに行ってどんなことを考えたのかは知りたいですね。資料が見つからないのですが。