2020年3月31日火曜日

ヴァージニア・ウルフ『ある作家の日記』(神谷美恵子訳)の迫力はすごい

ヴァージニア・ウルフの『ある作家の日記』(みすず書房)を読みはじめる。


https://www.msz.co.jp/book/detail/07931.html
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I026586819-00

10頁から11頁にかけての、日記を書くことの意味の考察が面白い。素早く思考をメモしておくと、あとで読み返した時に、ゴミの山の中のダイヤモンドが見つかる。このとき彼女は36歳だが、50歳になったらこれを読み返すと。

11頁。
「ジェームス・ジョイス氏、ウィンダム・ルイス、エズラ・パウンドらの全著作を読んでディケンズやガスケル夫人の全著作と比較しなくてはならない。」

神谷の偉大な訳業だ。忙しかったはずなのに。病歴研究だけでなく個人的興味もあったにちがいない。

https://twitter.com/kato_shuichi/status/1244543951530373121?s=21

Twitterで見つけた加藤周一の手記も今後の参考にしようとメモした。

https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/2671055100

***

スペイン風邪のドキュメンタリービデオを観る。このときより医学は進歩しているが、政治は進歩していない。

https://youtu.be/9Tr0E2yHgKE

2020年3月30日月曜日

こんなときは「松柏図屏風」を見るに限る

志村けんさん(70歳=同い年)が亡くなった。COVID-19のため。いよいよ大変なことになってきたが、こんな時こそ冷静に対処し、自分を喜ばせるもので落ち着いて心豊かな生活を目指さなくてはならない。

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先日の沼野充義先生の最終講義のことを取り上げた文章を書いてみた。明日夜発信されるALL REVIEWSメルマガの巻頭言の原稿だ。お楽しみに。

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心を豊かにしてくれるサイトを教えてもらった。国立博物館所蔵品統合検索システム。
https://colbase.nich.go.jp/?locale=ja

長谷川等伯の「松柏図屏風」をダウンロードしてみた。
出典(ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)を明らかにすればOKなのでこのブログにも載せてみる。






いいなあ。

2020年3月29日日曜日

沼野充義先生の最終講義で言及された本のリスト(第2版)

昨日の興奮がさめやらぬまま、メモ形式で作ってみました。
遺漏があれあばご指摘くださいm(_ _)m
(ビデオはまだだれでも視聴できます。以下からたどってください。
https://allreviews.jp/news/4330



まず沼野充義先生の本。

『チェーホフ――七分の絶望と三分の希望』
https://allreviews.jp/review/2078

ここでためし読み出来ます .
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000189427


『徹夜の塊3 世界文学論』
近刊
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784861828010

『ユートピア文学論―徹夜の塊』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000004054256-00

『徹夜の塊 亡命文学論』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000003065069-00

『ソラリス (ハヤカワ文庫SF)』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I026282189-00

(後記:これももうじき出そうですね。)
『ハーバード大学ダムロッシュ教授の世界文学講義: 日本文学を世界に開く』
https://www.amazon.co.jp/dp/4130830805/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_jx.GEbCXM4TK9

プーシキン
『プーシキン全集 3 (民話詩・劇詩)」(「ペスト流行時の酒もり」)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001270641-00

チェーホフ
『サハリン島』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000010543940-00
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000945660-00

村上春樹
『1Q84 BOOK1前編 (4月-6月)』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I023491741-00

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方 』(文春文庫)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000009348428-00

『1973年のピンボール』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001461395-00

カート・ヴォネガット・(ジュニア)
『スローターハウス5』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001398952-00

大江健三郎
『幸福な若いギリアク人』(1961年)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000226768

おまけ
村上春樹のロシアへの紹介者、ドミトリー・コヴァレーニン
『スシ・ノワール――面白い村上食いの学』(露語)
(特別講義の記録)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~slav/special/sp20040514.html

平石貴樹
『アメリカ文学史』(村上春樹にも言及)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000011016738-00

『國文學 解釈と教材の研究』1985.3特集「中上健次と村上春樹』


ウラジーミル・サンギの本、田原佑子訳

『サハリン・ニヴフ物語 : サンギ短編集』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002851537-00

『ケヴォングの嫁取り : サハリン・ニヴフの物語 』(群像社ライブラリー ; 35)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I026848520-00

2020年3月28日土曜日

沼野充義先生の最終講義は涙が出るほどスバラシイ

沼野充義(東京大学教授)最終講義「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」について。

16時からのYouTubeビデオライブを視聴した。スバラシイ最終講義だった。以下、印象をメモしておく。もちろん私の独自の解釈によるもの。



予習として、沼野先生の『チェーホフ――七分の絶望と三分の希望』の第10章「サハリンへ!」を読み、『1Q84』と『サハリン島』を参照しておいたが、これが大当たり。
https://hfukuchi.blogspot.com/2020/03/blog-post_24.html

実際にはもっと素晴らしく、ニブフの作家ウラジーミル・サンギのインタビュービデオも見せて頂き、その内容に涙が滲んだ。
これはYouTubeで観ていただきたい。まだ、一般公開されているはず。
https://youtu.be/R4pZueSRP0g

***

極めつけは沼野先生の以下のお言葉。

「どんなに恐ろしい同調圧力のもとにあっても、心のなかではそっと不同意の姿勢をつらぬくこと。そして、大声を張り上げなくても良い、小さな大事なものをそっと守り続けること。それはおそらく文学に携わるわれわれ全員の仕事ではないかと思います。」

「これを教え子のみなさんに伝えられたら、それだけで充分……」
***


最後に質問の時間もあった。最終講義で質問は珍しいだろう。

たくさんの質問のなかから、なんと私の質問が最初に選ばれた。光栄だった。

私の質問は

「沼野先生の今後のお仕事の方向性は?」というものだった。

お答えは2つあった。

ひとつめ。東大は定年になったが、名古屋外国語大学に行く。学長は亀山郁夫さん。
ふたつめ。研究に関して。好きなことつまり「書くこと」を続ける。
世界文学論のまとめは一区切りついた。(この本が4月に出る。)



これから、日本文学についてとロシア・東欧映画について今までの文章をまとめたい。
そして新たに、広く現代世界文学について考えていきたい。今日も触れたが記録文学についてまとめてみたい。たとえばスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチや石牟礼道子や村上春樹について。

***

これはまた楽しみが増えそうだ。期待がふくらむ。

2020年3月27日金曜日

月刊ALL REVIEWS:「トヨザキ社長に質問したおす1時間」の速報

【月刊ALL REVIEWSフィクション部門第15回:「トヨザキ社長に質問したおす1時間」】を必ず観る予定だったが、来客があり、つい見逃してしまった。終わった直後にまず冒頭だけ観た。友の会会委員特典で録画版を観ることができるのだ。

最初の質問三つは私の質問。

(1)蔵書の数?

お答えの要旨:数え切れない。仕事部屋2LDKの壁は全面書棚。廊下には袋に入った本の山。地震の時トイレから出られなくなると困るので、トイレの前だけは棚を固定した。


(2)手もとで読み返す本は?

お答えの要旨:デイヴィッド・ロッジの『小説の技巧』(柴田元幸訳)。



(これはAmazonの内容紹介をみると、

読者を小説世界に引きずりこむために作家は書き出しにどんな工夫を凝らしているか。サスペンスを持続させるにはいかなる妙技が必要か。登場人物の名前がもつ意味は。「エマ」「ユリシーズ」から「ライ麦畑」「日の名残り」まで、古今の名作を題材にその技法を解明し、小説味読の楽しみを倍加させる一書。

とあり、面白そうなので速攻で図書館で予約した(*^^*)。)

(3)不要な本はどうするのか?

お答えの要旨:献本も含め、申し訳ないが売っている。本当ならお譲りしたいが、そのような場がない。ALL REVIEWSでそのような「場」を作っていただければうれしい。

(お、これは良いことを聞きました。この話は友の会やスタッフで以前から話し合っている、ぜひ実現したい。)

このあとも面白そう。これから楽しみます。

2020年3月26日木曜日

ガーンジー島へ行ってきた

ガーンジー島に行ってみた。このご時世なので架空旅行。

飛行機で到着
Landing at Guernsey Airport
https://www.youtube.com/watch?v=SYzE-LkrPH4

観光
VisitGuernsey: Welcome To Guernsey
https://www.youtube.com/watch?v=mqtJ-Q84wi0

短い歴史
A brief history of Guernsey
https://www.youtube.com/watch?v=-KDcZq_2kZw

第二次大戦中、ドイツ軍に占領された。
その事に関する、この映画は面白そう。役者をみると『ダウントン・アビー』感もただよう。
『ガーンジー島の読書会の秘密』
http://dokushokai-movie.com/
https://twitter.com/dokushokaimovie

原作:
ガーンジー島の読書会 (上)   メアリー・アン・シェイファー https://www.amazon.co.jp/dp/4781610986/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_v3aFEbXGEM0Y6

英語版(Kindle)を試し読み。最初から最後まで手紙なのだ。かえって読みやすそう。


Internet Archiveで借りることができた。ざっと読んだら返します。(便利!)



放送局
Island FM
https://www.islandfm.com/


BBC Radio Guernsey
https://www.bbc.co.uk/sounds/play/live:bbc_radio_guernsey



2020年3月25日水曜日

神谷美恵子のように間違ってでもいいからガーンジー島へいってみたい

ガーンジー島の港
Steve Neville / Public domain
From Wikimedia Commons, the free media repository


Wikipediaによると、

ガーンジー(英: Bailiwick of Guernsey)は、イギリス海峡のチャンネル諸島に位置するイギリス王室属領(英: Crown dependencies)である。首都はセント・ピーター・ポート。

だそうだ。

神谷恵美子が『本、そして私』のなかの「『ポリテイア(国家)』今昔」という文章のなかで記述している。間違った渡航先として行ってしまったのがガーンジー島だった。英語もフランス語も得意だったのにどうして間違えたか、旅の伴侶として持参した『ポリテイア』をギリシャ語で読みながら、プラトンの語る世界に没入していたからだろう。

ガーンジー島という言葉に聞き覚えがあった。ユゴーがフランス第二帝政を避けながら、『レ・ミゼラブル』を書いた亡命先が、ガーンジー島だった。このことは、『世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生』(白水社)で読んだ。

その後、モネがこの島に行って《ガーンジー島の濃霧》という絵を描いたようだ。
https://www.musey.net/6734

***

神谷美恵子は幼い時、スイスの私塾に通ったがその時のことを『遍歴』という本の中で語っている。42頁から……

(デュプイ)先生はフランス文法、作文、文学等も教えて下さった。手もとに残っているノートをみると、文学作品としてはヴィクトル・ユーゴーの詩が圧倒的に多い。……ノートに写してあるおびただしいユーゴーの詩の中で、私の心に深い印象を残しているのは「良心(ラ・コンシアンス)」という長詩である。

ユーゴーを学んだのが幼いときでなく、もっと長じてからだったら、後年間違った行く先ガーンジー島のことを理解できたかもしれない。そうだったら、ユーゴーの滞在先を訪ねて欲しかった。

***

『本、そして私』の別の文章「V・ウルフの夫君を訪ねて」も、趣き深いものだ。

ヴァージニア・ウルフのことも知りたくなり、彼女の『ある作家の日記』を図書館で予約した。訳者は神谷恵美子だ。

2020年3月24日火曜日

「ニヴフ」とは昔で言う「ギリヤーク」のことでした

オリンピックは一年延期しようかと議論されているようだ。ウィルス感染の流行がそれ以前におさまるのかという見通しがあった上での議論なのかはわからない。原稿は一ヶ月後に完成するのかと聞かれたら、その間の他の仕事の込み具合を確かめて調整をした上で答えるが、それをやらないでやみくもに完成すると約束するような感じで物事が進められている。怖いことだが、文句を言える立場ではないので、遠吠えをするだけだ。

***

ALL REVIEWSのイベントで、【YouTube無料生放送】2020年3月28日(土) 沼野充義(東京大学教授)最終講義「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」というのがある。予習をしようとして、イベント名のなかの「ニヴフ人」とは?と調べてみた。「ギリヤーク人」のことらしい。
https://allreviews.jp/news/4330

ギリヤーク人とは?と思って、ググってみたら、こんなサイトが見つかった。
http://sakhalin.daa.jp/1q84/chekhov.htm

チェーホフの『サハリン島』と、村上春樹さんの『1Q84 Book1』を比べている。ほぼ偶然だが、両方読んだことがある。『サハリン島』は学生時代(50年前)に目を通したので、ほぼ忘れている。

『チェーホフ全集 13』(1969 中央公論社)の「サハリン島」から、『1Q84 Book1』(村上春樹 新潮社)はたくさん引用している。上記のサイトはその事をレポートしている。
書誌:
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001354201-00
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000010215237-00

ALL REVIEWSのイベントの前に、これらの本を再読すべきだろう。昔はこれらの本を買えたのだ(ため息)。

原卓也訳は、こちらのほうが今入手しやすいと思う。2009年版。


***

DeepLというサイトが人気のようだ。私もこれで翻訳をしてみた。なかなか良い(と思う)。昨日のブログの文章を英語に翻訳してみた。一部おかしな英文になっていたが、日本語(自分のだけど)に誤植があった。ブログを訂正した。面白いチェック方法と言えるだろう。

ほかに、マンションの理事長としてのレター文面も、英語に翻訳してみて、わかりにくいところを探して、元の日本語文章を直す。これもうまく行った。

さっきの村上春樹さんはいっとき、英文で書いた文章を日本語に翻訳しながら小説を書いたとおっしゃっている。皆がわかりやすい文章を書くには効果があったという。

私は翻訳は不得意なので、DeepLのような翻訳ソフトに手伝ってもらうのが正解なのかもしれない。少しでも達意の文章を書きたい。

2020年3月23日月曜日

「ものもらい」良くなってきた\(^o^)/

9時15分に眼科に行き、番号札を貰う予定だった。しかし部屋の掃除に手間取り、5分ほど遅れた。結果は8番。1番を狙っていたのに残念だ。
出直して10時5分に受付へ行ったら、待っていましたと招じ入れられ、待合室で待つ。土曜日とは違う男性の先生で、院長らしい。割と丁寧に見てくれて、これは「ものもらいの重症なやつ」と診断を下した。黄色ブドウ球菌という平凡な(皮膚のどこにもいる)細菌に感染するのが「ものもらい」とのこと。原因は寝不足や働きすぎによる、免疫力の低下。「寝不足」なら心当たりがあると自己申告しておいた。

セフジトレンピボキシルなる抗生物質錠剤は先日もらったものを飲みきればやめて良い。目薬はしばらくつけておいたほうがいい。まだ、膿が出ていないので、それが出るまでは。まぶたの真ん中に腫れたところがあり、これはなかなか出ない。週末まで持ち越すようなら切開してあげる……と物騒なことをおっしゃる。

診断がついてスッキリした。薬も効いたのだろう。帰ってきた時点で随分楽になった。左目で物がよく見えるようになった。「目は心の窓」とは良く言ったものだ。プラトンが言ったという説があるようだが、ほんとうか?

***

久しぶりで活字を読む。楽しい。
『本、そして人』(神谷美奈子)、『自省録』(神谷美恵子訳)、『古本探求』(小田光雄)など読み散らす。



『本、そして人』の31頁からの、「『ポリテイア(国家)』今昔」によると、古典は解説でなく原典を(翻訳でもかまわないので)読むのが良いとある。神谷美恵子が米国からパリ(兄、前田陽一がいた)へ旅行したときに、『ポリテイア』を読みながら行き、熱中しすぎてイギリスからル・アーブルにいく船に乗り損って、別の島に着いてしまう話が面白い。さすがに間違いのスケールが違う。

2020年3月22日日曜日

バッハ聴き倒し、やってみよう

目の状況は相変わらずだ。電子図書を含め本を読むことが困難なので、今日は音楽を聞くことにした。
最近読んだ、神谷美恵子さんの『若き日の日記』に触発されたので、バッハを系統的に聴いてみたいと思う。

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考えはじめたのは朝の寝床の中。手元のiPad上のアプリを眺めると、TuneInRadioというのがある。いくつかのインターネット放送局を紹介してくれるアプリだ。これで、CalmRadioとかKlassikRadioという放送局などでBach専門チャンネルがあった。両方で聴いてみた。CalmRadioの方が、曲目名表示が素早くて好ましいが、無料版だと頻繁にCMが入る。KlassikradioはCMが無いのがいいが、時々曲名が表示されなくなる。それにどちらもずっと聴いていると同じ曲が出てくる。

BGMとして使うには良さそうだが、すぐ飽きるだろう。

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食事後、別の手段を模索。
(1)YouTubeでバッハを検索して視聴する。
(2)図書館経由で聞かせてもらっているNAXOSオンラインでバッハを検索して聞く。
(3)バッハ専門のWebサイトに貼り付けられている音源で聴く。

https://imslp.org/wiki/List_of_compositions_by_J.S._Bach%2C_by_BWV_number

http://www.bach-cantatas.com/IndexBWV.htm

https://enc.piano.or.jp/persons/233

他にもありそう。

『バッハの生涯』(アルバート・シュヴァイツァー )も読みたいが、とりあえず国会図書館でしか見つからなかったので、元気になってから。

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000788893-00



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神谷美恵子だけでなく、森有正や須賀敦子などとバッハとの関わりを考えるのも面白そう。

あと、手元には入門的参考書が2冊ある(『J. S. バッハ』岩波新書と『バッハ』新潮文庫)が、これもあとで再読する。


2020年3月21日土曜日

どんな時でも読書は力になる(はず)

近所の眼科に行った。10時から受付だが、9時半に行ってみた。番号札を入口の前で自分で取るシステム。15番だった。10時5分前に受付開始。初診なので問診票を書き、保険証など提示して受け付けてもらう。順番がくるまで、感染防止のため外出しているよう促される。一時間後にまた来るようにとのことなので、一旦家に帰って休憩し出直すことに。

***

LINEで旧友から連絡が来て、会社員時代の先輩兼友人のI橋さんが亡くなったと言う。72歳。腎臓が悪かったようだ。定年後は年賀状のやり取りしかしていなかった。遠方(九州)なので仕方がない。優しく明るい性格でよく励ましてもらった。残念だ。お葬式は済んだらしいので、奥様にお悔やみ状を書くことにする。

***

11時になったので、あわてて眼科に戻る。すぐに診察室に呼ばれた。随分腫れていますねと言いながら、まぶたの裏を見ようとするが、痛いし腫れていてうまくまぶたがうらがえらない。一部固くなっているところもあるらしい。このような腫れは花粉アレルギーでなく、なにか細菌が入ったのだろうとおっしゃる。眼圧検査をしたが、こちらは正常。

抗生物質の錠剤と点眼薬を処方してもらう。3日後再受診。そこまでに腫れが引けば来なくてもいいそうだが、今の感じだとやはり行くことになりそうだ。

帰りに、事務員さんに料金を払いながら、何時に順番カードを外に出すのか聴いた。9時15分頃らしい。今度は朝の散歩としてその時間にもらいに来よう。

***

せっかく近くまで行ったので、図書館に回って3冊借りてきた。
『古本探求』(小田光雄さん 論創社)をちょっと見ると、数日前にブログに書いた『圖解現代百科辭典』に「一種の新鮮な詩的情緒」を感じると書いてある。我が意を得たりだ。



もっと読みたいが、目のピントがあわず、疲れるので読書は諦める。NHKラジオの「聞き逃し」で「高橋源一郎の飛ぶ教室」の第0回を聞く。ゲストはヤマザキマリさんで、題材はカミュの『ペスト』。今のイタリアの状況と照らし合わせると怖くてたまらなくなる。ついでにケストナーの『飛ぶ教室』も引っ張り出したが、表紙を眺めただけで、あとは昼寝。

***

はやく良くなって思う存分本が読みたい。切実。

2020年3月20日金曜日

開花宣言したが遠くはよく見えない

「我が家の」桜、開花宣言。よく見ると左側の枝に数輪咲いている。
この写真は朝10時頃撮ったが、夕方見ると全体的に少しずつ咲いている。今年は一週間ほどはやく咲いた。



***

目の調子が悪いので、画面をあまり見たくない。文字入力するのに、音声入力を試してみた。

***

日本語での入力をGoogleキープに行う。うまくいった。最初にキーボードの設定が必要である。というよりキーボード画面でのオプションの選択が必要。その後はスムーズにできる。改行を入れるにはどうするんだろうわからない。「改行」とどなっていたら、改行したが、「改行」ということば自体が入れられない。はて。
次も、音声入力。(をちょっと編集。)

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NHK plusの確認IDが昨日葉書でしたので、iPhoneからアプリを動かして入力した。一見したところ特に画面上の変化は無い。ニュースを見た。かぶせ画面と言うのだそうだが時々見られない画面がある。著作権の問題なので仕方がないがちょっと興ざめ。4月1日からは時間も増え見逃し番組ももっと見られるようになるという。まだ未知数ではあるが楽しみなサービスである。

***

やはり、明日眼科に行くことにした。左目のまぶたが上下とも腫れてきた。

2020年3月19日木曜日

目がつかれたら耳が有る

花粉症のせいで(たぶん)、左目のまぶたが腫れた。目も充血中。なので、本の細かい字は読みたくない。
そこで神谷美恵子の番組の音声データをYouTubeでさがした。三つみつかった。(他にもあるかも。)

(1)最初は『100分de名著』で『生きがいについて』をとりあげたもの。2018年5月放送分。
オフィシャルではないようなので、アドレスは省略。若松英輔さん解説。島津有理子さんがMCのひとり。これで島津さんは神谷美恵子に傾倒したのか、前からか。

(2)ラジオアーカイブス。これはオフィシャルと思われるので、アドレスも紹介する。解説は保阪正康さん。アーカイブスなので、元の番組があるのだが、それには神谷美恵子と島崎敏樹が出ている。この二人の肉声が聞けるのが貴重だ。神谷美恵子の声は非常にソフト。もしかするとこの時期なので忙しくて疲れていたのかもしれない。

「1/2 声でつづる 昭和 人物史 神谷美恵子 生きがいについて(1)1966(昭和41)年10月30日放送 ラジオアーカイブス・NHK カルチャーラジオ」
https://youtu.be/FK1D5I3pKJ8

(3)その続き。そのまた続きは有るのかないのか。

「2/2 声でつづる 昭和 人物史 神谷美恵子 生きがいについて(1)1966(昭和41)年10月30日放送 ラジオアーカイブス・NHK カルチャーラジオ」
 https://youtu.be/NdnBB1YNIB8


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細かい字を読むとつかれるので、iPadで手習い。



そして、iPadでラジオを聞きながら昼寝。

2020年3月18日水曜日

『遍歴』(神谷美恵子)読了、結末は悲しいが老人にも勉強意欲を湧かせる本だ




『遍歴』残りを一気に読み終えた。

引用をやめて、メモだけを頼りに、印象を書く。

66頁。1927年4月から、成城女子部に入る。小原國芳の「全人教育」に触れ、「独学」の喜びを味わう。

68頁。決まりきった言葉で物を言うのに嫌悪感を覚える。

74頁。勉強法。あることを学ぶ場合、その歴史を一通り勉強することにした。兄のすすめでパスカルを学ぶ。その後、ギリシャ・ラテンの古典に親しむ。後に、プラトンを座右の書にする。この辺の記述は加藤周一の文章を思わせる。私に言わせると、「相対的」で冷静。

76頁。母方の叔父(無教会主義)のススメでハンセン病の療養所に赴く。

81頁。三谷隆正からハガキをもらう。終生の師。

90頁。結核。規則正しい療養生活。教員資格のカリキュラムを取り寄せて学び、その後すぐ資格をとった。

92頁。再発。療養に当たり、読みたい本(もちろん古典)を原語で読むことにした。
ここを読んで、自分もThomas Mannの『Tagebücher』を取り出してしまった。また、読もう。

94頁。たとえばマルクス・アウレリウス『自省録』。生きる意味を感じた。後に訳した。

102頁。米国へ。「ペンドル・ヒル」で学ぶ。スイス以来久しぶりにのびのびと学ぶ。

105頁。長いモラトリアム。やはり医学への道を歩もうと決める。

110頁。アナ・ブリントン(ペンドル・ヒルの寮監)を見て女性の役割は家を守ることだけでないと思う。

156頁。プラトンを読みながら倫敦へ。

160頁。(米国への)帰りの船でもプラトンの『ポリテイア』を読み、医学に賭けることの確信を得る。選ぶのは自分自身の責任だ。

164頁。理学部医学進学過程で猛勉強。夜遅く実験を終えて帰るときの充足感。

165頁。時局のため、日本に戻る。やむなく女子医専に入る。

このあと、「長島愛生園日記」。

226頁。戦災にあう。米国製とプレイエルのピアノが二台とも焼けた。

224頁。精神科医局へ。終戦。

228頁。「文部省日記」

文部大臣(前田多門)の懇請により、米軍との交渉時の秘書官的立場になる。1946年5月23日まで。

280頁。結婚。物のない生活の良さ……と強がりを書いている。

287頁。子供を預けた派出婦から子供が結核をうつされた。
その後、念願の長島愛生園で精神科医として働くが、無理がたたって病気になる。『遍歴』の最後の部分は、病床で書いているが、内容は未完成のまま終わってしまう。悲しい。

2020年3月17日火曜日

『遍歴』を読むと神谷美恵子の幼時のスイスでの教育経験は大きな意味を持ったとわかる

Netflixを解約した。解約理由のところでは「時間がないから」を選んでおいた。これは事実だ。10ヶ月以内ならアカウントは保存されているらしい。

ちょうど二ヶ月前に加入したことがブログを検索してみてわかった。
https://hfukuchi.blogspot.com/2020/01/netflix_20.html

***



『遍歴』(神谷美恵子 みすず書房)を借りてきた。
みすず書房の紹介ページ:
https://www.msz.co.jp/book/detail/08184.html

11頁。1923年。諏訪丸にてマルセイユ経由でジュネーブに旅立つ。まだ幼い前田美恵子は「アメリカ」に行くのだと思いこんでいたらしい。実際には父多門がILOの日本代表に就任したため家族帯同で赴任した。

16頁。新渡戸稲造が国際連盟の事務局次長としてジュネーブに先に行っていた。新渡戸は祖父的存在だと言っている。これは母親の母校普連土学園の顧問として、父母の結婚の世話も焼いてもらっていたため。ただし、新渡戸は前田多門に、小さい子供まで連れてくるのは……とたしなめたらしい。

19頁。「寺子屋」ならぬ、ジャン=ジャック・ルソー研究所」の一部の「学校」に入った。所長はピアジェだったが、もちろんそのことは後で知ることになる。学校の方針は「独学」、カリキュラムで縛るのでなく、子供が自由に学ぶように仕向けられた。言語はフランス語。日本語を話すよりフランス語のほうが得意になった。英語しかできない母親は言葉で苦労したらしい。

44頁。担任のデュプイ先生は素晴らしい地理の先生だった。後に、1960年代に、森有正や兄前田陽一とポール・ロワイヤルの「パスカル記念館」を訪れたら、その管理人はデュプイ夫人のお子さんだったという。

60頁。スイスの生活は3年ほどで終わったが、強い影響を受けた。「日本人らしくなく」なった。つまり自分の意見を持ち、自分の頭で考える。

2020年3月16日月曜日

国会図書館デジタルコレクションを楽しむノウハウをTwitterで得る

『フジ子・ヘミング 魂のピアニスト』(求龍堂)を読み終えた。
書誌:
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002956750-00



巻末に「絵日記から」という部分があり、絵と手書きの日記が収められている。絵は、本文に書いてあるが子供のころから、好きで手ほどきも受けていたという。確かに上手である。

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Twitterで竹田純さんがつぶやいたものを読み、「日本推理作家協会賞【評論・研究部門】候補  『舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』の本文がHTML化されているのを見た。参照された国会図書館デジタルコレクションや青空文庫の文献に関しては、リンクが埋め込まれている。これは便利だ。
紙の本で似たようなこと(参照本を探して読む)をすると、どうしても思考の流れが分断される。それと比べるとこれは抜群に便利だ。

デジタル化された書籍の強みと楽しさはここにある。WebいやHTMLに初めて出会ったときにも、似たようなことを感じた。



たとえば、こんな感じ。奥付を眺めていたら、昨年末に買った『古本屋探索』(論創社)を書いた小田光雄さんの「ドゥマゴ賞」記念対談でのことばを思い出した。「電子化された書誌情報だけでは、奥付の情報すべてをカバーできない(ことが多い)。」

思い出しついでに、『古本屋探索』を拾い読みする。竹内道之助の『わが生』という超貴重本の日記を何年もかかって手に入れた話が目についた。30冊の限定出版。結局あきらめかけた頃、竹内道之助の奥様が書籍を処分しようとして呼んだ古本屋さんが、小田光雄さんがこの本を探していたのを知っており、連絡してくれた。嘘のような本当の話。「望み」は諦めずに持ち続け、かつコミュニティーの助けを借りることが肝要ということらしい。

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Twitterではもう一つ読書猿さんの「国会図書館デジタルコレクションはすごいぞ。辞書など調べ物のツールだけでもこれだけあるぞ。」というツイートが役立った。
実際に紹介されているブログ記事をみると、国会図書館(デジタル)で読める辞書事典類がたくさん紹介されている。
https://readingmonkey.blog.fc2.com/blog-entry-763.html
どれを見てもすばらしく、眺めているといつまでも飽きない。
今日気に入ったのはここ。


2020年3月15日日曜日

『若き日の日記』を読み終えた

『若き日の日記』(神谷美恵子)を読み終えた。終戦直後に文部大臣だった父の補佐を若くして行ったが、周囲の高い評価とは裏腹に本人は静かな著作や研究の生活にあこがれ、すぐに辞めたという話が興味深い。ここでこの日記は終わっている。他にも出版されていない日記もあるそうだが、それも読んでみたい。

少し、前に戻る。

308頁。1945年6月12日。
トーマス・マンの『悩みのひととき』に共感している。天分とは辛いものだという点において。

310頁。1945年7月1日。
東京では焼け出されているので、医局に泊まり込む。一等病室の一室で自由に読書、研究、著述ができると喜んでいる。電気は通じていないが。

若いと言っても30歳前後で、医学部を出たところなので、日記の内容は非常に濃い。古今の書籍を読みまくり、考え抜くが、進むべき道を探ろうとする感性は豊かで、記述はみずみずしい。


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図書館に注文している他の本が届いているので、明日借りてくるつもり。

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Original source: http://www.mynetcologne.de/~nc-


ある人から紹介されたビデオドラマを見ているうちに、ドゥシーク(Jan Ladislav Dussek)という作曲家の曲が使われているのに気づいた。気持ちよさそうな曲だったので、調べてみた。この曲だった(かもしれない)。
Jan Ladislav Dussek: Piano Concerto No. 11 in E-flat Major, Op. 70 https://youtu.be/upaa1ACuBs0

2020年3月14日土曜日

『若き日の日記』(神谷美恵子)を読むと「若さ」のもつ可能性を感じられる



『若き日の日記』(神谷美恵子)をなおも読みすすめた。

213頁から214頁にかけて。1944年9月11日。
晩学の苦労は、暗記がつらくなることよりも、集中が出来ないことだと書いてある。

219頁。1944年9月28日。
成績一番で卒業ということになり、答辞を書く。

220頁。1944年10月10日。
東大精神科医局へ入局。

222頁。1944年10月18日。
早速だが、

「本を買うことと読むことに対する無限の渇きに苛まれる己を愚かなものに思う。」

231頁。1944年11月28日。
「久しぶりに警報も出ず暖かな平和な日であった。」

232頁。同。
「将来は、医師として、あるいは教師としてどこかで小さな業を為しつつ思索と読書と執筆の生活を送りたい。」

244頁。1945年1月7日。
新年のプランを立てている。過去の日記や書き物に目を通し、膨大(50項目以上)なリストを作っている。

252頁。1945年1月25日。
本を買い、読んで気晴らしに努める。

258頁。1945年2月11日。
前日に「島崎先生」の部屋に呼ばれて菊池重三郎などと会う。「バンビ」の訳者。後に『アラバマ物語』を訳す。うっかりしていたが、「島崎先生」は島崎敏樹だった。藤村の縁者。
文筆生活にあこがれる神谷美恵子の先生には最適だっただろう。

278頁。1945年4月16日。
「「トニオ・クレーゲル」、「ヴェニスに死す」、「ブッデンブローク」等が一字一字心に苦しいほどこたえて来る。」
精神科を選んだことによりこのことがより深刻化していると。

279頁。1945年4月17日。
「「表現」の神、美の神に真剣に仕えようと決心がつきかかっている。」

同日。朝5時半起床し、2時間ゆっくり書くという日課をたてる。でも戦時中なので続かないだろう。

296頁。1945年5月19日。
「フランス式随筆的でよい。どんどん題目をとらえて書いて行こう。読書も書くための勉強にしよう。そうすれば生きて来る。身につく。ディレッタントでなくなる。」

5月25日。空襲により罹災。

298頁。1945年5月29日。
軽井沢へ。

301頁。1945年6月8日。
父や弟が家事をまったくやらないのに、憤懣をいだく。独立を考える。
これには同情する。我が家はこの点では自慢できる。定年後はほぼ均等に家事を分担できている。

***

朝から雨。しかも午後ちょっとの間だが雪に変わった。いまはまた雨に戻った。

2020年3月13日金曜日

noteの日

しばらく前から手掛けていた原稿、「月刊ALL REVIEWS【特別対談】出口 治明×鹿島 茂 ―『論語』を読む―」(2月22日開催)のレポートを、やっと今日、noteで公開した。ぜひお読みいただきたい。
https://note.com/allreviewsjp/n/nadada4b0eae5

実は、noteには別の原稿の下書きもあげている。二三日中にリリースされると思う。
『友の会会員が選ぶ「別れと出会いの季節に贈りたい本』と題した文章で、友の会メンバー有志がそれぞれ書いた。私は辻邦生の『パリの手記』を取り上げた。要旨についてはすでにこのブログで書いてみたが、それを元に書き直した。

素晴らしい文章とはお世辞にも言えないが、読書に関する思いなどを盛り込んだものを発表できる場が、ALL REVIEWS友の会に入ることによって与えられた。これは私にとっては嬉しいことだ。これによって読書から得られる喜びが何倍にもなる。

ALL REVIEWS友の会、オススメだ。入会はこちらから。
https://allreviews.jp/news/2936

***

コロナ騒ぎのなかだが、読書は静かに続けたい。
『若き日の日記』(神谷美恵子)を、もうすぐ読み終わる。

『本、そして人 神谷美恵子コレクション』と
『遍歴 神谷美恵子コレクション』を、休館を3月31日まで延ばした図書館で予約。予約本の受けとりのみ、11時から20時までやっている。

***

今朝のソール・ライター風写真。


2020年3月12日木曜日

神谷美恵子も日記好きだった、たとえばマンスフィールドの

『若き日の日記』さらに読む。どうもこれ一冊では終わらず、神谷美恵子の著訳書はもっと読むことになりそうな予感がしてきた。

157頁。1944年3月3日。
「書くという私の能力を、学問と文学と、両方に使い分けしていいものだろうか、実際問題としてできるものだろうか。またどちらが本当に私に向いているのだろうか。」

158頁。
「学問か、文学か、論理か直感かと言えばやっぱり私の分野は後者ではあるまいか。」
大いに悩んでいる。当時の戦局を考えると、このような本質的問題で悩めるのはすごいことと思える。皮肉ではない。時代の流れに押しつぶされずに、よく考えている。大官の娘という立場がそれを強化していると言えなくもないが、それにしてもである。 父、前田多門はこのとき新潟県知事。翌年は貴族院議員そして文部大臣になる。

194頁。1944年7月29日。
「さてこの頃はニーチェだのマンスフィールドの日記――これは非常に参考になる――だのシュライエルマッヘルだのショーペンハウエルだの読み散らしていたが、試験後の反動もやっと納まったようだからここで少し秋までの方針を決めよう。」

このあとに、医学、心理学、文学に関する読書計画、創作の計画、音楽(ピアノ)の計画を書いている。

196頁。1944年8月8日。
「マンスフィールドの日記を読んでいると、書くものの苦悩と至福が胸に迫る。」

大分好きだったようだ。読んでみるか?

Internet Archiveにあるが、これでいいのか?



邦訳はこれでしょうか?Amazonにあるけど高いなあ。県立図書館には蔵書があるけど。



この後は、ここで『子供の科学』と『天文ガイド』を読む(*^^*)

https://www.kodomonokagaku.com/20200305/


2020年3月11日水曜日

『若き日の日記』中の神谷美恵子の読書の量と質に驚く

『若き日の日記』を朝、寝床で読む。メモ用紙が近くにないので、昨夜使った血圧管理手帳の余白に覚えを書き込む。



124頁。1943年10月21日。
「空襲に備えて大切な本や物は新潟に送れとの父上のお言葉に従い…ギリシャ古典のものを」木箱にしまうのだが、「できた空所には日本文学のものなど並べてよろこんだ。」…「私の本道楽も、いわば友人代りの話相手なのだから許してもらってもいい…」

125頁。1943年10月23日。
「哲学的思索も、心理学的分析も、医学的実験も、結局、人間の極く小さな部分を小きざみに刻むに過ぎなかった。…あるがままの人間の姿を如実に描きだ(す)…小説の意義は大きい。人間探求という課題に対して、たくさんの観察材料をうず高く積み上げていくようなものだ。」

128頁。1943年11月11日。ベルグソンMatière et mémoire(『物質と記憶』)を読み終えて、日仏会館図書館で返し、かわりにL'Energie spirituelle(『精神のエネルギー』)を借りている。さすがだ。

130頁。1943年11月18日。
「夜日響のバッハのマトイス・パッションを聴きに行く。」「イエスを単なる教義の具象として扱わず、熱いハートを持った人間として生かしているバッハの大いさ!」
ここには戦争に怯える姿は微塵もない。

150頁。
「私のような人間にいちばんアフィニテート(親和性)のある理想主義思想乃至文学は、ドイツにこそその最も純粋な形に於て見出さるるではないか。」

一方、
「咳のため仲々眠り就けないので、例のように源氏物語を床の中で長い間読んでいた。この言葉は実に美しい。」


***

『グッド・ワイフ』は昨夜、最後の2話を観た。やはり予想通り結末はついていない。シーズン8も作るつもりがあったのだろう。次のドラマを探したいところだが、少し休まないと体力が持たない(*^^*)

***

午後、決死の思いで(半分嘘)、少し電車に乗り青葉台のブックファーストで『永遠のソール・ライター』を受け取ってきた。
今夜はこれを眺めて悦に入るつもり。


***

帰ってきて、夕食支度前まで、「論語対談」の記事を下書きとしてnoteにアップした。


2020年3月10日火曜日

『グッド・ワイフ』(Netflix)を全部観終わるが、きっと大団円とはいかないだろう

『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』がテーマの月刊ALL REVIEWS対談は刺激的、というブログ記事を書いたのは1月18日。
https://hfukuchi.blogspot.com/2020/01/netflixall-reviews_18.html

このあと、すぐNetflixに加入し約2ヶ月経った。この間に視聴したビデオシリーズは2つ。最初は『サバイバー 宿命の大統領』3シーズン60話以上。ハンナの色香に迷いながら観た。もちろんなかなか面白い。
次に観始めたのが『グッド・ワイフ』7シーズン156話。長丁場だったが、やっと今日中に観終わることになった。(あと2話残っているのだが、今9時過ぎなので多分観終わる。)

Netflixの戦術を知りたいという知的(?)な目的で、始めたのだがその戦術にうまく載せられた。三週間ほどかかったが、のべ120時間を飽きずに見通した。次はなにを観るべきか考えている。寝不足になるので、少し間を置かなくてはならない。読書もしたいし…

新型コロナウィルス騒ぎで閉じこもっている身には、このようなビデオ・ストリーミングサービスは大変に便利だ。多分業績は伸びていることだろう。



さて、ラストを楽しんで、作品の評価レポートを考えたい。ネタバレをしないように書くのは難しいだろう。

2020年3月9日月曜日

やらなくてはならないのが仕事で、やりたくてならないのがシゴト

「論語対談」のレポートの材料としてはもう遅いかもしれない。



最近借りてきた『四季芳書―読書人の日常』(紀田順一郎)を拾い読みしていたら、「めずらしい、作家による孔子伝」という記事を見つけた。産経新聞に1989年か1990年に掲載されたものらしい。
井上靖『孔子』(新潮社)はこのときベストセラーだった。
諸橋轍次『如是我聞孔子伝』上下(大修館書店)もこの時期に出た、執筆は21年前。
戦前の、武内義雄『論語之研究』。
戦後は、津田左右吉『論語と孔子の思想』。
貝塚茂樹『孔子』(岩波新書)。
桑原武夫『論語』(ちくま文庫)。
藤堂明保『論語』(学研)。
下村湖人『論語物語』(講談社学術文庫)。
そして、極めつけ(?)は金谷治『論語』(岩波文庫)。
なお、戦後すぐは『論語』は全くの不人気だったそうだ。

***

『若き日の日記』で、神谷美恵子はついに念願の「長島愛生園」の訪問にいった。1943年8月。この後、反対する家族を説得しながら「長島」にいく準備を始める。

***

先週の土曜日にマンションの管理組合理事長に選出された。今日は理事長印の受け渡し。これからはこのハンコが活躍しそうだ。電話連絡も多そうなので、リビングの食卓兼用の事務机上に、電話機の子機を設置する。書類を眺め、パソコン画面を見たり、電話をかけたりしていると昔やっていた仕事を思い出す。

***

仕事といえば、Netflixビデオの『グッド・ワイフ』。主人公は独立して自宅のリビングの大机、実は外してきたドア、に向かって仕事の注文を受ける。宮仕えの身では出来なかった「本当にやりたい仕事」をし始めるが、すぐに経済的に行き詰まる。結局古巣の事務所に戻るが、パートナーだった身分はアソシエイトに落とされる。しかも仕事は選べず意に染まない仕事ばかりやらされる。もとの木阿彌なのだが、このあとなんとか打開策を見出してもらいたい。それでないと157話も観る甲斐がない。ガンバレ。

2020年3月8日日曜日

神谷美恵子さんはバッハが大好きだったらしい

『若き日の日記』(神谷美恵子)を読みすすめる。

95頁。1943年5月25日。「バッハのヨハンネス・パシオンを聴きに青山会館に行く。……プリングスハイムという人物は好々爺であった。……聴き入ると一日の長い放浪のあと家に帰ったような温かさと、涙のにじむようななつかしさに包まれた。」
プリングスハイムとはトーマス・マンの奥様の双子の兄のことだろう。バッハを聴いて思い出したのはスイスでの幼時の思い出だろうか。もっと抽象的なものか。

97頁。1943年6月4日。「昨日(見学した手術で)切取った胃癌を生のまま見せていただいた。」
臨床の修行は続く。そんななかで、
6月14日。「自らの本性の足りないところを補おうとして努力するのはよいが、それも程度問題である。……私も、日本的教養を得んがためにあまりに多くの無理をせぬ方がよいと考えはじめた。哲学的に、倫理的に、情操的に、日本の文化は到底私を充たしてくれはしない。」
たしかにこの直前には日本の古典・近代文学をたくさん読んでいた。

6月24日。「バッハの奥さんの書いたバッハの思い出を読了。」バッハの勉強にも勤しんでいた。

7月3日。「「平均律」を弾いている中に涙が出て来た。バッハの深い、やさしい声!……きよらかな愛を思わせる。私の一生の目標はこれであらねばならぬ。」
きっとシュヴァイツァーが頭にあっただろう。

***

午後は、『パリの手記』を題材にしたnote記事を書いた。元ネタはこのブログからとった。今週中には発表できるだろう。

***

一日中冷たい雨が降った。夜は豚肉と青梗菜の炒めものを作った。安上がりだけど美味い。


2020年3月7日土曜日

神谷美恵子はどんな机を使っていたのだろうか

神谷美恵子の『若き日の日記』を読み始めた。一応読んでおこうか、という軽い気持ちで読み始めたが、かなり引き込まれた。



9頁。1942年4月26日。「母上はフレンドへ出かけ、私はひとりうららかな陽を浴びて庭のデージーを植えかえる。」とある。「フレンド」という単語でもしやと思い、神谷美恵子のことを調べると、母親が普連土学園の関係者だったらしい。私事になるが私の亡くなった姉が昭和30年代にここの数学の先生をやっていた。
神谷美恵子は旧姓前田、前田多門の娘、兄は前田陽一で、ふたりとも幼いときはスイスで学校に行っており、帰国してからも日本語よりフランス語での会話のほうが楽だったという。

11頁。1942年4月30日。「父上は七月頃第二船にて御帰朝のことと殆ど確定せる由、」とあるが、第一船なのか第二船なのかは私には疑問。調べなくては。神谷の書き間違いかもしれない。

31頁。「「柿の種」をひもといて巻頭のいくつかの文に強く惹かれた。」とある。寺田寅彦の文章は医学を学び、臨床医学を志しており、それを家族に反対されていた神谷美恵子が寺田の「科学随筆」に惹かれたのは、さもありなんというところか。

63頁。1943年1月4日。「この頃はすっかり文学少女にかえって長与善郎や志賀直哉や田山花袋を読んでいる。きょう明治大正文学全集の中に木下杢太郎の劇が三つ入っているのを発見してよろこぶ。」。木下杢太郎(太田正雄)は神谷の指導もしたことがある。東大医学部皮膚科学講座の教授だったとき神谷に助言もしていたという。



『100分de名著 神谷美恵子“生きがいについて”』で島津有理子さんは司会をしていた。

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マンション管理組合の理事会第一回開催。理事長になってしまった。今年の課題はマンション内の自主管理公園(遊具)の改善。それと、防音工事の建具機能改善申し込み。


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『四季芳書』(紀田順一郎)も拾い読みしているが、700ページの本のほとんど全てのページで、面白そうな本が紹介されている。少なくとも100冊くらいは読むべき本が増えそうだ。困るが楽しい。

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『グッド・ワイフ』第7シーズン。個人で事務所を始めた主人公が、自宅で仕事を始める時、ドアを外してきて机代わりにするのが興味深い。自分の思い通りに、(金のためだけでない、)仕事をする喜びに溢れるエピソード。真似をして、私もシゴトはダイニングの大きな食卓でやることにした。弁護士ほどではないが、パソコン以外に参照する資料は多く、机の上にならべると効率が良い。

2020年3月6日金曜日

紀田順一郎さんに書斎人の愉しみを教わろう(『四季芳書』実業之日本社)

図書館は、インターネットでの予約本の貸し出しだけやってくれている。
今日は2冊受け取ってきた。

『四季芳書―読書人の日常―』(実業之日本社)。700頁!
書誌:https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002249471-00



『若き日の日記』(みすず書房)。島津有理子さんのお話で触発されて借りた本。
書誌:https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I025813496-00




紀田順一郎の一冊目。
396頁。作詞家、西沢爽さんの四万冊の蔵書がすごい話。「十年ほどまえから作詞のほうは一休みして、いまや読む、調べる、書くという書斎人の愉しみを満喫中なのだろう。・・・本当の充実した人生をいま生きているのではないかと思う。」
これは紀田順一郎さんご自身のことも一緒に語っているのだろう。
真似したい。

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『グッドワイフ』はシーズン6の後半まできた。
「終りのない戦い、人生は過酷」と語る登場人物。業の深い人々をうまく描いた作品だ。

2020年3月5日木曜日

早起きは得意、 「論語対談」レポートもほぼ完成

私としては早起きして、風呂、朝食、掃除を済ませて、9時半にでかけた。行く先は駅前スーパー。トイレットペーパー購入のため。9時45分から並んで、10時開店をまち、すぐ入店して無事に1パック入手。開店5分で売り切れた。


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「論語対談」レポートを以下にまとめた。
明日、整形してnote記事にする。



「論語」をとりあげたきっかけ

鹿島:出口さんは『哲学と宗教全史』( https://allreviews.jp/isbn/4478101876 )や、『人類5000年史』( https://allreviews.jp/isbn/4480069917 )など「通史」にチャレンジされている。日本では珍しい。私はフランスの通史を訳した。出口さんに書評していただいた。(『フランス史』(講談社) https://allreviews.jp/review/3256 )
私は少し前に澁澤榮一の伝記を書いた。( https://allreviews.jp/review/3104 )その時、澁澤榮一自身が書いた論語の注釈本も読んだ。(筆者注 『論語講義』でしょうか。)

渋沢がいかに論語を読んだか。それをいかに事業展開に生かしたか。それを話す前に…論語をとりあげたきっかけを述べてみる…
例えばバルザックの理解には当時の社会や歴史の研究が必要だ。歴史家があつかっていないところ、たとえばサン・シモン主義(20年代後半から30年代にはやった。)が重要。ユゴーの『レ・ミゼラブル』もそうだし、バルザックもそうだ。ナポレオン三世の第二帝政もそうだ。(出口さんは大きくうなずいている。)サン・シモン主義はモノ・ヒト・アイディアの3つが循環して利益を生み出すとする。フランス人はメンタリティに平等が入っているので、競争を嫌う。ロシアもそうだ。アングロサクソンは競争一本槍。当時、澁澤栄一は欧州に行きサン・シモン主義を取り入れたかもしれない。しかしそれだけでなく、一方で論語のエートス(倫理観)も取り入れた。この二つで出来たのが澁澤榮一の日本的資本主義である。

ふたつめのきっかけ、最近凝っている、「家族人類学」のキーポイントは直系(父―子―孫三世代が同居する)家族類型だ。エマニュエル・トッドによると発達の一定時期に成立する。論語も直系家族を基にしている。そもそも中国は共同体社会で思想は平等である。ここから共産主義が生まれる、強い独裁者がいて下が平等でないと成立しない。ここがトッド理論のサワリ。その中で、直系家族の哲学である論語の時代はBC500年、ユダヤ民族を除けば非常に古い。この事を世界史の文脈で考えてみたい。

出口:私は「保険屋」なので素人の観点で申し上げたい。

ナポレオン三世はたしかに面白い。『世界史の10人』( https://allreviews.jp/isbn/4167911469 )で取り上げた。第二帝政では社会主義であり労働者階級を大事にするというサン・シモン主義と皇帝制とが共存していた。フランスの為政者には珍しく、英国と仲が良かった。第二帝政は王制とも共和制とも言えない。私はパリが好きだが、「今の良きパリ」はほとんど第二帝政でできた。トッドも好きだ。彼によると日本は男女差別による少子化をなんとかしないといけない。差別の原因の一つは長子単独相続制。職業も固定化し、社会の流動性はない。これは一般にはヨーロッパの特徴でもある。
これに対しては中国は不思議に社会流動性が高い。相続が均等に分かれていく。財産が細切れになるので、流動性が高くなる。中国を考える上で大切なものは、漢字と紙と始皇帝という天才。中国の特性は封建制がなかったこと。始皇帝の統一によって一君万民の中央集権社会ができた。官僚が紙に書かれた文字で広い中国社会を統治している。文書行政の「一君万民」の社会であり、中間に「やさしい殿様」はいなかった。中国では上に政策があり下には対策がある。市民は互いの人間関係を使って自分で自分の身を守る。わかりやすいのは「秘密結社」。

そのような社会で諸子百家、ここでは孔子のような人がどうして現れたのか。孔子の時代(知の爆発の時代)にはプラトンもアリストテレスもブッダも現れた。天才の現れる時期だった。なぜか。地球温暖化と鉄器の普及で農業がうまく行きだした。余剰生産物を使って威信財交易もはじまった。社会の余裕のおかげで勉強する人が現れた。威信を表すものは例えば周では玉器や青銅器だった。後に周が滅びてそれら青銅器の文字を読み書きできるようなインテリ職人が他の地方に分散した。こうして中華思想の走りをインテリが地方に伝える、漢字の魔力である。インテリは各国で宮仕えするが、宮仕えが嫌な人は浪人する。それが諸子百家となる。


「論語」のおもしろさ

鹿島:私なりに易しく言ってみる。論語には「礼」という言葉が頻繁に出てくる。「礼」とは宮廷の儀礼と考えて良い。すると孔子は礼儀作法の指導者だった。今で言うとブライダル・マナーやセレモニー・マナーそして宮廷マナーの塾長だった。母親はシャーマンだが、その母方の祖父にいろいろ学んだのだろう。賢い孔子の学び方はブッキシュだった。「詩」(詩経)と「易」(易経)をオタッキーに勉強した。ただし「論語」ではシャーマニズムを嫌っており、その要素の部分は哲学的に変えて理論武装している。
したがって勉強好きだった孔子は弟子にも「考えろ」、勉強しろと教えている。つまり知識を覚えるだけでは駄目と。そして孔子は勉強し考えることが本当に好きでそうしていると幸せを感じていたらしい。

いろいろな弟子がいた。なかでも顔淵は勉強好きだったので非常に可愛がっていてその死の時のなげきは激しい。
別の弟子、子路は駄目生徒だった。何回教えても身につかない。でも孔子は目をかけた。

いろいろな弟子によりかかれた論語なので、なかで孔子のことばの受け取りかたがちがう。そこが論語の面白さでもある。

勉強好きの人が現れるのは直系家族の特徴だ。直系なので祖父母の教育力が大きい、したがって勉強好きの子供が成長する。

出口:年寄りを手厚く扱って老年まで養う。おばあさん仮説が有名だが、群れ社会全体での生存率が高くなる。これは差別化戦略だ。差別化された群れの秩序を守るのは血統と礼儀。王権や君主権を安定させる。

平清盛と頼朝は福原と鎌倉に引っ込んで、(儀式まみれのうるさい旧権力から離れて)政治を行った。

孔子は「礼」のかなりの部分を自分でも創った。周の大物の夢を見たとして「礼」を記述。こうして作り上げた体系を諸侯に売りに行こうとした。

鹿島:土地私有制のもとに代々続く直系家族が成り立つ。祖先崇拝が出てくる。相続だけでなく、他のことで孔子はフィロソフィー(一般原理)に従った。

出口:戦国の七雄などがあり、中国は欧州より広大なので、一般化した原理でないと諸国に通用しない。中華という国が昔あって、そこに伝説の人がいたと仮定して理論武装した。ともかく孔子は勉強が好きだった。

鹿島:孔子が好きな勉強のために引用した文献は今では分からないものが多い。今の文献学でやってもわからない。論語は詩とか易とか古いものと新しいものを見分ける文献学にもなっている。ニーチェの『道徳の系譜』に通ずる。(聖書には新旧の話が含まれており、それを見分ける。)

文献学は見分けのルールを体系化する。なぜ「古い方」がいいのかなど。これはフィロソフィー(哲学)すなわち「考える」ルールである。孔子は文献学好きであり哲学好きである。

出口:孔子はそのルールを知っていた。昔の文章を集めて整理する。他国に通用するものができた。(でも)総理大臣にはなれなかった。仕方ないのでルールを体系化して弟子に教えた。プラトンにも似ている。プラトンも政治家をあきらめてアカデメイアという学校を作った。

鹿島:確かに孔子とプラトンは似ていますね。ギリシャが急に勃興したのは都市国家ではあったが、直系家族的なところがあって、知識の受け渡しが出来たからと言われている。

「論語」と中国、「論語」と日本

鹿島:中国史をやってみると孔子の論語は中国と全然関係ないではないか、真逆ではないのかという気になる。

出口:孔子の言っていることは立派。立派すぎて毎日言われると嫌になる。中国の面白いところは諸子百家という豊富なヴァリエーションがあること。マジメな儒家よりも、皮肉で自由な老荘思想のほうがインテリには好かれる。

流動化する庶民の世界は互いに助け合う、任侠団体の助けなどで、実利的に生きる。

役人はクールに法家思想でいく。一方、人民は助け合いで対抗する。このようにいろいろな選択肢があることで、中国社会は安定して存続してきた。永久平和の世界連邦はいまやディストピアと思われている。諸子百家はその逆を行ったものだった。いろいろな人がいることが中国社会の強みだった。

鹿島:そうですね、1対1では中国人は日本人に勝つ。10対10なら日本人が強い。なぜなら中国人は「諸子百家」だから。リレーのような団体競技なら日本人が強い。
共立で30年、明治で12年教師をやったが、共立は直系家族大学で、ルールがあまりなく運営がファジー。たとえば教授と事務の間に副手がいてうまく問題を調整する。明治は巨大で、副手はいない。教師と事務は直接交渉する。法家思想で統治される。なんでもルール化され文書化してある。始皇帝の中央集権制に似ている。

日本で直系家族が生き残ったのは、規模が小さかったから。中国は中央集権で、共同体家族だった。族長のもとでは多数の核家族があって、それらは平等だった。平等ということは財産平等で、遺産は全部平等に分ける。農地でなく羊や牛馬は分けやすい。

フランスでは数え方は60進法。これは遊牧民の数え方で、この数え方なら財産も分割しやすい。遊牧民は平等であり、牛や羊は分割して相続しやすい。英国も似たような12進法。直系家族と共同体家族の接点がどこかにあった。始皇帝は遊牧民だのなかに直系家族の父親が入り込んで生まれたかもしれない。

出口:四大文明は独自に発生したのでなく、メソポタミア文明が徐々にエジプトやインダスや中国文明に伝播した。たとえば、商や周の戦争では戦車(チャリオット)が使われた。宦官制度も。岩波の『シリーズ中国史』で読める。今5分冊のうち2冊めまで出ている。中国は草原文化と海域文化の出会いで生まれた。

鹿島:最初の話題で、いま、女性進出が日本では遅れているが、一旦始まると早くなる。なぜなら、日本は世界では最も辺境。辺境の社会は男女平等。卑弥呼のいた日本は実は双系制家族で、少し女性に傾いていた。それが基底にあるので。

出口:明治期に国民国家をつくろうとした。天皇制をそのツールとしようとした。その儀式のロジックに家父長制を基本としている朱子学を使った。そして、戦後の製造業の工場で男性の長時間労働を推進するために男尊女卑の社会が作られた。その結果少子化現象が起きている。

鹿島:男性社会で子供など生みたくないという女性の拒否反応が起きている。ただし、辺境社会なので、変わるとすると早いだろう。

司会:そろそろ時間です。

質問:澁澤栄一の論語解釈の分析をお願いします。

回答:鹿島:暴利を貪らない金儲けは正しい。二松学舎の三島中州について、論語を読み直し、ギブとテークの釣り合いをとれば良いと考えた。サン・シモンの社会民主主義に通じる。英米型の暴利を貪ってもいい資本主義とはちがう。

出口:ルターが聖書に立ち戻ったように、澁澤栄一は朱子学ではなく原点である論語の理想そのものに立ち戻った。(ここまで)

***

昨日の「レ・ミゼラブル対談」も記事にしてみたいが、別の原稿も書きたいので、タイムリーには出来ないだろう。
https://www9.nhk.or.jp/kaigai/les-miserables/column/column_1.html

2020年3月4日水曜日

「別れと出会いの季節に贈りたい本」=『パリの手記』の原稿の準備

「別れと出会いの季節に贈りたい本」=『パリの手記』の原稿のための材料として、辻佐保子さんの
『「たえず書く人」辻邦生と暮らして』(中公文庫)と
『辻邦生のために』(中公文庫)に目を通す。


https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000011219373-00


https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I023194555-00


***
『…暮らして』

24頁。昼間は図書館での読書かドイツ語と日本語の交換授業、夜はウルム街のシネマテーク、日曜日は美術館か近郊の散策といった規則的な暮らし…。

25頁。言語の構造を自分なりの方法で分析、解明するのが好きなのは、たしかに〈文学〉の根拠探索にも繋がっていた。

32頁。基礎的な理論の構築を終えるまでは小説を書き始められなかった…。

159頁。『小説への序章』(河出書房、中公文庫)の源となった模索を続けていた最初の留学時代、森先生は文字通り辻邦生の思索生活の導き手であった。

179頁。もっとも本質的な意味で創作の原動力になったのは、最初の留学時代の列車の〈旅〉だった。

『…のために』
124頁。私たちのパリ留学時代には、東欧からの亡命者など、語学に堪能な人たちと国立図書館の読書室でよく隣りあうことがあった。そうした常連の中には、何語か分からない誰かの詩集を、罫線から文字の配列までそっくりに、毎日数ページずつ丁寧に写している人もいたし、漢文(中国語)の書物を、一字、一字写しながら、私たちが何げなく書いている文字をため息まじりに覗く老教授もいた。

タイプライターの話。

135頁。「タネ帳」…小さな手帳…

147頁。書評をする方がたにお願いしたいのは、本のつくり、装幀その他の点について、一言でも言及して頂きたいということである。…書斎の…品位。

*

日記の書き出しの比較。『パリの時』はファーストクラスのエールフランスの旅立ち。『パリの手記』はカンボージュ号の船底部屋。『モンマルトル日記』は突然本文。パリ滞在の日常化を物語る。

『パリの時』のあとがきでは、エトランゼでなくパリで働こうとする意志を述べる。生活を組織化する意志のコントロール。


***

「論語対談」書き直し。これで最後。


17時。

鹿島:確かに孔子とプラトンは似ていますね。ギリシャが急に勃興したのは都市国家ではあったが、直系家族的なところがあって、知識の受け渡しが出来たからと言われている。

中国史をやってみると孔子の論語は中国と全然関係ないではないか、真逆ではないのかという気になる。

出口:孔子の言っていることは立派。立派すぎて毎日言われると嫌になる。中国の面白いところは諸子百家という豊富なヴァリエーションがあること。マジメな儒家よりも、皮肉で自由な老荘思想のほうがインテリには好かれる。

流動化する庶民の世界は互いに助け合う、任侠団体の助けなどで、実利的に生きる。

役人はクールに法家思想でいく。一方、人民は助け合いで対抗する。このようにいろいろな選択肢があることで、中国社会は安定して存続してきた。永久平和の世界連邦はいまやディストピアと思われている。諸子百家はその逆を行ったものだった。いろいろな人がいることが中国社会の強みだった。

鹿島:そうですね、1対1では中国人は日本人に勝つ。10対10なら日本人が強い。なぜなら中国人は「諸子百家」だから。リレーのような団体競技なら日本人が強い。
共立で30年、明治で12年教師をやったが、共立は直系家族大学で、ルールがあまりなく運営がファジー。たとえば教授と事務の間に副手がいてうまく問題を調整する。明治は巨大で、副手はいない。教師と事務は直接交渉する。法家思想で統治される。なんでもルール化され文書化してある。始皇帝の中央集権制に似ている。

日本で直系家族が生き残ったのは、規模が小さかったから。中国は中央集権で、共同体家族だった。族長のもとでは多数の核家族があって、それらは平等だった。平等ということは財産平等で、遺産は全部平等に分ける。農地でなく羊や牛馬は分けやすい。

フランスでは数え方は60進法。これは遊牧民の数え方で、この数え方なら財産も分割しやすい。遊牧民は平等であり、牛や羊は分割して相続しやすい。英国も似たような12進法。直系家族と共同体家族の接点がどこかにあった。始皇帝は遊牧民だのなかに直系家族の父親が入り込んで生まれたかもしれない。

出口:四大文明は独自に発生したのでなく、メソポタミア文明が徐々にエジプトやインダスや中国文明に伝播した。たとえば、商や周の戦争では戦車(チャリオット)が使われた。宦官制度も。岩波の『シリーズ中国史』で読める。今5分冊のうち2冊めまで出ている。中国は草原文化と海域文化の出会いで生まれた。

鹿島:最初の話題で、いま、女性進出が日本では遅れているが、一旦始まると早くなる。なぜなら、日本は世界では最も辺境。辺境の社会は男女平等。卑弥呼のいた日本は実は双系制家族で、少し女性に傾いていた。それが基底にあるので。

出口:明治期に国民国家をつくろうとした。天皇制をそのツールとしようとした。その儀式のロジックに家父長制を基本としている朱子学を使った。そして、戦後の製造業の工場で男性の長時間労働を推進するために男尊女卑の社会が作られた。その結果少子化現象が起きている。

鹿島:男性社会で子供など生みたくないという女性の拒否反応が起きている。ただし、辺境社会なので、変わるとすると早いだろう。

司会:そろそろ時間です。

質問:澁澤栄一の論語解釈の分析をお願いします。

回答:鹿島:暴利を貪らない金儲けは正しい。二松学舎の三島中州について、論語を読み直し、ギブとテークの釣り合いをとれば良いと考えた。サン・シモンの社会民主主義に通じる。英米型の暴利を貪ってもいい資本主義とはちがう。

出口:ルターが聖書に立ち戻ったように、澁澤栄一は朱子学ではなく原点である論語の理想そのものに立ち戻った。(ここまで)

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月刊ALL REVIEWSの島津有理子さん出演回を生中継で観た。後半だけだが、おもしろかった。彼女は神谷美恵子さんを目標にしておられるようだ。素晴らしい。

2020年3月3日火曜日

「論語対談」書き直しの続き。明日には終わるだろう。



「論語対談」今日の書き直し部分。2/3にあたるところ。

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16時36分。
鹿島:私なりに易しく言ってみる。論語には「礼」という言葉が頻繁に出てくる。「礼」とは宮廷の儀礼と考えて良い。すると孔子は礼儀作法の指導者だった。今で言うとブライダル・マナーやセレモニー・マナーそして宮廷マナーの塾長だった。母親はシャーマンだが、その母方の祖父にいろいろ学んだのだろう。賢い孔子の学び方はブッキシュだった。「詩」(詩経)と「易」(易経)をオタッキーに勉強した。ただし「論語」ではシャーマニズムを嫌っており、その要素の部分は哲学的に変えて理論武装している。
したがって勉強好きだった孔子は弟子にも「考えろ」、勉強しろと教えている。つまり知識を覚えるだけでは駄目と。そして孔子は勉強し考えることが本当に好きでそうしていると幸せを感じていたらしい。

いろいろな弟子がいた。なかでも顔淵は勉強好きだったので非常に可愛がっていてその死の時のなげきは激しい。
別の弟子、子路は駄目生徒だった。何回教えても身につかない。でも孔子は目をかけた。

いろいろな弟子によりかかれた論語なので、なかで孔子のことばの受け取りかたがちがう。そこが論語の面白さでもある。

勉強好きの人が現れるのは直系家族の特徴だ。直系なので祖父母の教育力が大きい、したがって勉強好きの子供が成長する。

出口:年寄りを手厚く扱って老年まで養う。おばあさん仮説が有名だが、群れ社会全体での生存率が高くなる。これは差別化戦略だ。差別化された群れの秩序を守るのは血統と礼儀。王権や君主権を安定させる。

平清盛と頼朝は福原と鎌倉に引っ込んで、(儀式まみれのうるさい旧権力から離れて)政治を行った。

孔子は「礼」のかなりの部分を自分でも創った。周の大物の夢を見たとして「礼」を記述。こうして作り上げた体系を諸侯に売りに行こうとした。

鹿島:土地私有制のもとに代々続く直系家族が成り立つ。祖先崇拝が出てくる。相続だけでなく、他のことで孔子はフィロソフィー(一般原理)に従った。

出口:戦国の七雄などがあり、中国は欧州より広大なので、一般化した原理でないと諸国に通用しない。中華という国が昔あって、そこに伝説の人がいたと仮定して理論武装した。ともかく孔子は勉強が好きだった。

鹿島:孔子が好きな勉強のために引用した文献は今では分からないものが多い。今の文献学でやってもわからない。論語は詩とか易とか古いものと新しいものを見分ける文献学にもなっている。ニーチェの『道徳の系譜』に通ずる。(聖書には新旧の話が含まれており、それを見分ける。)

文献学は見分けのルールを体系化する。なぜ「古い方」がいいのかなど。これはフィロソフィー(哲学)すなわち「考える」ルールである。孔子は文献学好きであり哲学好きである。

出口:孔子はそのルールを知っていた。昔の文章を集めて整理する。他国に通用するものができた。(でも)総理大臣にはなれなかった。仕方ないのでルールを体系化して弟子に教えた。プラトンにも似ている。プラトンも政治家をあきらめてアカデメイアという学校を作った。(続く)

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あと残りは1/3。

2020年3月2日月曜日

論語対談のレポート書き直し中(まだ30%)



対談で聞いて、「!」と思ったのは、孔子は弟子に「考えろ」と教えたということ。知識を得るだけではだめで、その知識の本質を考え抜かなくてはならないのであると。これは、我々の年代(団塊の世代)の物理学系の学生のアイドルだったファインマン先生の言葉に通じる。問題の解決を学ぶのでなく、問題を見つけるほうが重要だという言葉。

最初の部分を見ながら、ビデオをも観て、意味の通らないところを修正した。ただし、メモの流れを崩さないように、部分的に直す。直しすぎると臨場感がなくなって読みにくくもなり、伝わるものが少なくなる…ような気がするだ。

***





16時開始。
鹿島:出口さんは『哲学と宗教全史』( https://allreviews.jp/isbn/4478101876 )や、『人類5000年史』( https://allreviews.jp/isbn/4480069917 )など「通史」にチャレンジされている。日本では珍しい。私はフランスの通史を訳した。出口さんに書評していただいた。(『フランス史』(講談社) https://allreviews.jp/review/3256 )
私は少し前に澁澤榮一の伝記を書いた。( https://allreviews.jp/review/3104 )その時、澁澤榮一自身が書いた論語の注釈本も読んだ。(筆者注 『論語講義』でしょうか。)

渋沢がいかに論語を読んだか。それをいかに事業展開に生かしたか。それを話す前に…論語をとりあげたきっかけを述べてみる…
例えばバルザックの理解には当時の社会や歴史の研究が必要だ。歴史家があつかっていないところ、たとえばサン・シモン主義(20年代後半から30年代にはやった。)が重要。ユゴーの『レ・ミゼラブル』もそうだし、バルザックもそうだ。ナポレオン三世の第二帝政もそうだ。(出口さんは大きくうなずいている。)サン・シモン主義はモノ・ヒト・アイディアの3つが循環して利益を生み出すとする。フランス人はメンタリティに平等が入っているので、競争を嫌う。ロシアもそうだ。アングロサクソンは競争一本槍。当時、澁澤栄一は欧州に行きサン・シモン主義を取り入れたかもしれない。しかしそれだけでなく、一方で論語のエートス(倫理観)も取り入れた。この二つで出来たのが澁澤榮一の日本的資本主義である。

ふたつめのきっかけ、最近凝っている、「家族人類学」のキーポイントは直系(父―子―孫三世代が同居する)家族類型だ。エマニュエル・トッドによると発達の一定時期に成立する。論語も直系家族を基にしている。そもそも中国は共同体社会で思想は平等である。ここから共産主義が生まれる、強い独裁者がいて下が平等でないと成立しない。ここがトッド理論のサワリ。その中で、直系家族の哲学である論語の時代はBC500年、ユダヤ民族を除けば非常に古い。この事を世界史の文脈で考えてみたい。

出口:私は「保険屋」なので素人の観点で申し上げたい。

ナポレオン三世はたしかに面白い。『世界史の10人』( https://allreviews.jp/isbn/4167911469 )で取り上げた。第二帝政では社会主義であり労働者階級を大事にするというサン・シモン主義と皇帝制とが共存していた。フランスの為政者には珍しく、英国と仲が良かった。第二帝政は王制とも共和制とも言えない。私はパリが好きだが、「今の良きパリ」はほとんど第二帝政でできた。トッドも好きだ。彼によると日本は男女差別による少子化をなんとかしないといけない。差別の原因の一つは長子単独相続制。職業も固定化し、社会の流動性はない。これは一般にはヨーロッパの特徴でもある。
これに対しては中国は不思議に社会流動性が高い。相続が均等に分かれていく。財産が細切れになるので、流動性が高くなる。中国を考える上で大切なものは、漢字と紙と始皇帝という天才。中国の特性は封建制がなかったこと。始皇帝の統一によって一君万民の中央集権社会ができた。官僚が紙に書かれた文字で広い中国社会を統治している。文書行政の「一君万民」の社会であり、中間に「やさしい殿様」はいなかった。中国では上に政策があり下には対策がある。市民は互いの人間関係を使って自分で自分の身を守る。わかりやすいのは「秘密結社」。

そのような社会で諸子百家、ここでは孔子のような人がどうして現れたのか。孔子の時代(知の爆発の時代)にはプラトンもアリストテレスもブッダも現れた。天才の現れる時期だった。なぜか。地球温暖化と鉄器の普及で農業がうまく行きだした。余剰生産物を使って威信財交易もはじまった。社会の余裕のおかげで勉強する人が現れた。威信を表すものは例えば周では玉器や青銅器だった。後に周が滅びてそれら青銅器の文字を読み書きできるようなインテリ職人が他の地方に分散した。こうして中華思想の走りをインテリが地方に伝える、漢字の魔力である。インテリは各国で宮仕えするが、宮仕えが嫌な人は浪人する。それが諸子百家となる。
(続く。)

2020年3月1日日曜日

澁澤榮一の『論語講義』

国会図書館デジタルコレクション。澁澤榮一の『論語講義』。これを出口さんがおっしゃっていたと思う。


ところで、表記の問題だが、「渋沢栄一」と書くべきか、「澁澤榮一」と書くべきか決めないと。


***

昨日借りてきた本、『印刷・紙づくりを支えてきた34人の名工の肖像 文字/組版/紙/製版/印刷/製本/加工』の最後に紹介されている、ミズノプリンティングミュージアム。行ってみたい。
http://www.mizunopritech.co.jp/04_museum/top.html

キーワード:
『四十二行聖書』
『百万塔陀羅尼』
「ケルムスコット・プレス刊本」と『フロワサール年代記』
ハンドプレス
平野富二
『カンタベリー物語』フルカラーファクシミリ版
六百線
羊皮紙

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今日も疲れたと称して、Netflixで『グッド・ワイフ』を観た。第5シーズンの5話まで来た。相変わらずだが毎回どんでん返しが続く、タフな脚本だ。

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NHKプラスに申し込みしてみた。BSの番組もやってくれるといいのだが。交渉してみよう。