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By Nikolay Karazin - http://az.lib.ru/img/d/dostoewskij_f_m/text_0020/index.shtml, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=56759443 |
私の読んだテキスト (と翻訳文のサンプル)
(1)つんどくさんからの紹介
小笠原豊樹訳の新潮文庫版→大和市立図書館で借用(S48)
「昨年三月二十二日の夕方、私の身にきわめて異常な事件が起った。その日一日、私は町を歩きまわって貸間を探したのだった。それまでの住居は湿気がひどく、不吉な咳はその頃からすでに出はじめていた。」
(2)小沼文彦訳の岩波文庫版(S28)→古本(Amazon)で購入
「昨年の、三月二十二日の夕刻、しごく奇妙な出来ごとが私の身におこった。その日一日じゅう私は町を歩きまわって、家を探しもとめた。それまでの家はひどくじめじめしていたし、それに私はもう性の惡い咳が出はじめていたのである。」
(別版)
小沼文彦 訳『ドストエフスキー小説全集』3,筑摩書房,1976. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12575988 (参照 2026-06-25)
(3)全集
米川正夫 訳『ドストエーフスキイ全集』第3巻,河出書房新社,1969. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12575972 (参照 2026-06-25)
「去年、三月二十二日の夕方、わたしは世にも奇妙な事件にぶつかった。その日一日、わたしは街を歩き廻って、貸家をさがしていた。今までの住居はひどく湿けて、それにわたしはその時分、もうたちの悪い咳をし始めていたのである。」
(4)神西清, 中沢美彦 共訳
ドストエーフスキイ 著 ほか『虐げられた人々』上巻,角川書店,1951. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1690399 (参照 2026-06-25)
「」
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今回、個人的事情から、以下を読書会の参考書にして少しでも読んでみたいもの。
(1)大学教養部時代の「ならわなかった」幻の恩師、漆原隆子さんの著書。
漆原隆子 著『ドストエフスキー : 長篇作家としての方法と様式』,思潮社,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12575693 (参照 2026-06-25)
冒頭(ドストエフスキー論のはじめ)から引用
芸術の目的は美の創造にあり、この美が人間を変えたり、いろいろ有益な働きをするのであって、そのためには芸術性が必要である。芸術性を確保するためには「霊感と創造の自由」が必要である。
〈かりに小説家を例にとってみれば芸術性とは、作家が作品を書くときに、自分の思想を理解していたと全く同じように、読者が作品を読むときにそれを理解するよう明晰に、人物や形象の中に自分の思想を表現する能力のことである。〉
〈美はすべての健康な人、すなわち、最も多く生きている人間に生来そなわっているものであって、人間のオルガニズムに欠くことのできない要求である。美は調和であり、(……)人間の理想を具体化する。〉
要するに、ドストエフスキーは「芸術のための芸術」を是としていると言えよう。
ドストエフスキーの論文による彼自身の芸術観(127ページ)
(2)もう一冊。
森有正のなかで読んでいないもの。今回はかならず読むつもり。
『森有正全集』8,筑摩書房,1978.10. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12407926 (参照 2026-06-25)