2022年4月29日金曜日

PASSAGE by ALL REVIEWSには付箋の付け方が素晴らしい本がたくさんある

今週火曜日夜に発信されたメルマガ、週刊ALL REVIEWSの巻頭言執筆は私が担当した。

先週私がPASSAGE by ALL REVIEWSで体験したことをもとにまとめてみた。文中にでてくる豊崎由美さんの付箋の付け方はこの写真の通り、素晴らしい。美しさも感じる。


巻頭言は以下の通り。まだの方はぜひお読みいただきたい。

貸し棚書店〈PASSAGE by ALL REVIEWS〉の棚のひとつ「豊崎由美の本棚」からカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を手にとってみた。前から気にはなっていたがまだ読んでいなかった本だ。この本は豊崎由美さんが書評をする際にお使いになった本そのものということだ。ご自分で加工されたと思われるごく小さな付箋が多数かつ整然とつけられている。その様子は芸術的と言っても良い。この美しさにも魅せられて本を購入した。奥付のページには豊崎由美さんの蔵書印が、手ずからと思うが、きちんと押されている。

『忘れられた巨人』の書評はALL REVIEWSですぐ読むことが出来るのだが、あえて読まないでおいて、まずは純粋に読書を楽しむことにする。付箋と少しの書き込みはいやおうなく目に入るが、その位置の意味の詮索も深くはしないことにする。2日かけて前半を読んだが、物語に引き込まれたので、後半は1日で読み終えた。

テーマを分析的に捉えて、結論を明確にする文章と、綜合的な記述で読者に考えさせる文章があると思う。『忘れられた巨人』は明らかに後者で、読み終えてから数日経ってもまだこの物語が何を言っているのか明確にならない。たとえば、題名の「忘れられた巨人」とは何のことか。主人公の老夫婦の遠い縁者かもしれない偉大なアーサー王なのか。彼らがくりかえす遍歴の原因となった深い霧を発生させるという竜のことか。戦乱や疫病の絶えない過酷な生活の中で人々が失った平和で安楽な暮らしなのか。

解らないという理由でこのような寓話的小説を嫌う人もいるかも知れない。しかし私はそうは思わない。この本を読んだおかげで、人間が生きるまたは死ぬという過程がいかに理不尽な出来事で左右されるか、その中で人間は翻弄されながらも他者と交渉を続けながらけなげに生き(死に)抜いていく、それこそ、正解のないのが人間の生涯であるということを深く考えることが出来た。しかも読み直さなくても物語のイメージは鮮やかに脳裏に残っているので、それを思い出してはまたいろいろ考えることが出来る。この考えているという過程が、読んでいる過程と同じように楽しい。

ALL REVIEWSサイトに行って、豊崎由美さんの書評を読んだ。ネタバレはしないように気をつけつつも、なるべく正確に物語の内容と展開を伝えて読者の興味をそそる、この豊崎由美さんの名人芸のひとつの源泉は、この本に精密につけられた付箋と書き込みであることが、実感できたような気がした。これを真似したいが何十年もかかりそうだ。『忘れられた巨人』については、ALL REVIEWSには古屋美登里さんの書評も掲載されている。古屋美登里さんはこの物語の良さは「すぐにはワカラナイ」ことだという私の未熟な意見を支持してくださるような気がした。

書評というにはおこがましく、せいぜい感想文を書くくらいが、私にできることだ。そんな稚拙な文章でも書いてみるということが、読書という行為をより深い意味の有ることに変えてくれる。「ワカラナイ」という霧のなかで、自分で考えながら手を動かして見るということは素晴らしい。ひょっとすると、この過程で私の中の「忘れられた巨人」が目覚めていくのかも知れない。(hiro) 

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