2021年11月9日火曜日

物理学入門講義とPPMと幼年時代の自伝を懐かしむ

 朝寝床でのTwitter。


ここで紹介されている(数理)物理学入門の講義ビデオ、これから眺めたい。

https://member.ipmu.jp/yuji.tachikawa/lectures/2020-komaba/

最近物理、天文系のビデオが懐かしい。なぜ?

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以前(2017年7月5日)の私のTweetでフォークグループPPMのMaryのことを書いたものを発見してくださった方がいて、おかげで忘れていたブログ記事を掘り出すことが出来た。

https://hfukuchi.blogspot.com/2017/07/mary-traversof-ppm-ppmpeter-paul-and.html

この中で途中まで読んだと書いてあるMaryの自伝(正しくは彼女の遺した文章集で友人ジャーナリストが編集したもの)をもう一度見たくなって捜した。KindleUnlimitedで無料で読んだのだが、現在は経済的事情で駄目。最後の手はAmazonで買ってしまうことだが、その前にと思ってInternet Archiveで借りることにした。14日間借りられる。したがってあと2週間は貸出中になっているので、悪しからず。


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さっさとMaryの本を読めばいいのだが、その前に『内面からの報告書』(ポール・オースター)を手にとってしまった。書名と同名の第一章を読み終えた。12歳までの精神的自伝。裕福とは言えないがかなり幸せと言っていい生い立ち、しかし米国在住ユダヤ人であることの悲哀もつたわる。ポール・オースターは1947年生まれだし、ほとんど同時代の人なのだと思えるようななつかしい事柄が多出。

この本の次には、サルトルの『言葉』(人文書院)を読もうと心に決める。

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以下はメモ。星空タイムラプス動画作成方法。

https://youtu.be/Zj2cVWvEO-w


2021年11月8日月曜日

『文体の舵をとれ』の練習問題勉強会(合評会)の企画のために結局本全体と他の著作も読むことにした

iPhone7Pで空を撮った動画をYoutubeにあげてみた。限定公開。

https://youtu.be/j8VbvDIRSqk

https://youtu.be/x4YCJUyrkro

https://youtu.be/UbxlOe5Rlg8

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ル=グウィンの『文体の舵をとれ』の拾い読み。

「付録 合評会の運営」より、最後の言葉。

「技芸の修練は自主自由を旨とする。」

大久保ゆうさんの「訳者あとがき」で知った、読者とUKLとの対話のページ。面白い。誰か翻訳して……

http://ursulakleguinarchive.com/Index-NavigatingOceanOfStory.html

Navigating the Ocean of Story, an experiment by UKL. “...I miss being in touch with serious prentice writers. So in hope of regaining some of the pleasures of teaching and talking about writing fiction with people who do, I’m going to try an experiment: a kind of open consultation or informal ongoing workshop in Fictional Navigation, at Book View Café...”


『現想と幻実 ル=グウィン短篇選集』(青土社)を予約した。そして『文体の舵をとれ』は紙の本を借りてきた。全体を通して読むならKindle版よりこのほうが、読みやすいだろう。

ここを読むと感動する。

ル=グウィンの最後のBlog:

130. Poem Written in 1991
When the Soviet Union Was Disintegrating
by Ursula K. Le Guin

http://ursulakleguinarchive.com/Blog2017.html#New

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午後は『冬の日記』を読み終える。もちろん脚色されているのだろうだが、ポール・オースターは随分良く怪我をしたり病気をしたりする。考えてみると、過去の肉体的記憶で鮮明なのは体が不調な時であるのは、誰でもなのだろう。そして母親の痛みも感じやすいだろう。次は『内面からの報告書』に取り組む。

 

2021年11月7日日曜日

『文体の舵をとれ』の練習問題をやってみる勉強会の企画をより深く考える

ル=グウィン『文体の舵をとれ』の「はじめに」を読む。少し引用してみる。

引用1.

「対象となる読者は、語りの文体の基礎練習として考え方や論点や練習問題を求める、物語の書き手たちである。ここでは物語る文のひびき(句読点・構文・一文・動詞・形容詞)、声と視点、直接・間接の描写表現、含めるものと省くものなどを取り扱う。」

引用2.

「執筆の楽しみ、つまり言葉の一大遊戯を実際に満喫する感覚を伝えるものだ。」

引用3.

「物語という芸術の北極星――文体の働きとお話の動く流れ―」

引用4.

「少なくとも練習問題の範囲では、フィクションを書こうがノンフィクションを綴ろうが構わない――語りは語りだからだ。」

練習問題をやってみる勉強会を企画しているが、どうもこの本と練習問題はムツカシイという意見がある。

引用1.を読むとたしかに難しく感じるかも知れない。ただし、一連の「講義」を開始するときに講師ははりきって全体のレジュメを述べる。いってみればセールストークなので、あまり気にしないようにする。

引用2.これには完全にアグリーだ。

引用3.「北極星」は「極北」のたとえであり、目指すところはこうだが現実に我々は眼高手低で行かなければならない。

引用4.これは勉強会メンバーには良いお話で、様々な種類の文章を書くないしは読む人がいるという現実にマッチしている。

トータルとして受ける、「大変そう」という印象を払拭しないといけない。昔の企業内教育の経験からすると、受講者はかならず単一の「答え」・「解決策」を求めてくる。実は正解というものはこのような種類の学びごとには存在せず、教育効果を上げるには課題を「失敗しながら」実行することが不可欠ということを、最初にわからせなくてはならない。

「研修」や「教育」でなない、勉強会であっても、人は正解を求めたい、そして「間違った」答えをして叱られたくないという、過去の悪しき教育の呪縛にとらわれる。それでは効果が上がらないことは、この本の中でもかなり述べられている。対面のセッションであれば、これをリーダーが言葉で説明できるが、オンラインセッションでは難しいかも知れない。工夫のしどころだ。アイスブレーキングを意識して上手に行わなくてはならないだろう。本文は自習に任せ、セッションでは最初から練習問題を実行すればいいと思っていたが、これは考え直したい。本文を読んで意見を言い合うようなセッションが必要かもしれない。『参加の手引』を書いてみたが、その内容は簡単な本の紹介オフラインセッション手順の説明だけなので、不十分だ。書き直そう。そして、そもそも本を全部読むべきだ。

参考文献 G.M. ワインバーグ『スーパーエンジニアへの道』(共立出版)


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『銀河考古学入門 ~銀河の形成と進化を辿る~』の受講登録をしてみた。講師は東北大の千葉柾司先生。11月10日開講。

2021年11月6日土曜日

子供の成長には驚く

 タイムラプス動画、5時35分~6時45分。快晴につき凡庸な動画ながら、時を映す。

朝読書。『冬の日誌』。

母親の死の後のパニック発作。2002年

126頁。
デン・マザーだった母がカブ・スカウトの君の仲間達とやった野球でレフトオーバーのホームランをかっとばす。誰が読んでも印象的なシーン。

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孫が父親と10時半に到着、以降19時半まで私がトイレに行く時間以外は一緒に遊んでいただいた。

今日は一週間ぶりに会ったのだが、うまく歩けるようになった。一歳1ヶ月で早いのかどうかわからないが、10メートルは歩けそう。足取りもしっかりしている。これからは、一緒にいて肝を冷やすことが多くなりそうだ。

2021年11月5日金曜日

オースターは64歳で『冬の日誌』を書いたが、72歳の「君」は「また来た春」の日誌を書くのか

日の出は6時7分。起床は5時30分。薄明は既に始まっていた。1時間前に起きるべきだった。途中からでも、とタイムラプス画像を撮る。

雲がまったくないので、凡庸な動画となった。

吉田健一『酒肴酒』(番町書房、昭和49年刊の昭和50年27版)、196頁。「酒を飲む話」

「犬が寒風を除(よ)けて日向ぼっこをしているのを見ると、酒を飲んでいる時の境地というものについて考えさせられる。そういうふうにぼんやりした気持が酒を飲むのにいいので、自棄酒などというのは、酒を飲む趣旨から言えば下の下に属するものである。」

198頁。

「犬は日光に体をまかせているともいえるので、われわれも酒を飲むときに、その意味では酒に体を預けてすこしもかまわない。」

この極意を読んで実行したら、その後は悪酔いをすることが減ったようだ。体調や飲む相手が悪い場合はしかたないが、そうでないときは気持ちよく酔えるようになったと思う。会社に入ってから10年ほど経っていた。学生時代も含めると10数年の修行が実ったのだろう。吉田健一の書き物が禅寺での座禅の警策の役割を果たしたと言っても良い。酒の飲み方を悟ったのである。気分としては水泳をするときに水に身を預けて力を抜くと自然に浮くという感じ。


ポール・オースター『冬の日誌』の再読を開始した。72頁まで。その後、訳者あとがきを覗き見すると、このとき作者は64歳。つまり冬の時代。『内面からの報告書』は心理的な記述であるのに対し、『冬の日誌』は身体的な記述であるとのこと。そして、ジェイ・マキナニ―『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』と同様、自己を語るのに「君」を使っていることも。数年ぶりで『冬の日誌』と『内面からの報告書』を借りてきたのは、数ヶ月前に『ブライト・ライツ・ビッグ・シティ』を読んだからかも知れない。潜在意識の影響力は馬鹿にできない。

『本当のような話』を読み続ける。オモシロイのだが、人物の来歴を語る部分が冗長であるような気がしてきた。この描写は社会批判の役割を果たしているのでやむをえないのか。ミーハー的小説ではない。またそこを期待するような読者は最初の数ページでふるい落とされている。

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夕方、かかりつけ医に行って、40日ぶりの受診。とくに変化はない。いつもどおりの投薬(高血圧薬、高脂血症薬、抗アレルギー薬)。薬局の前の通りで、横断しようとしたら自転車が飛び出してきて急停車し、すごい顔で睨まれた。気をつけないといけない。渡るかどうかの判断力は確実に鈍っている。

2021年11月4日木曜日

『本当のような話』(吉田健一)は「本当」とは思えない、つまり小説らしい小説


吉田健一「終活」シリーズの三作目、『本当のような話』を読み始める。

題が前作『絵空ごと』に呼応。

4頁。
「時間」の描写。目覚めの時間。

12頁。
素馨(そけい ジャスミン)の香りの中国茶。ジャスミン・ティーとは違うのか。

22頁。
民子は日記が好き、セヴィニエ夫人、クローデル、ジード。
一方、「トーマス・マンとトルストイを神棚に」上げない。

39頁。
バレーの名手を歓迎する麹町区三年町での大使館のパーティーから帰って、昼寝するらしい。良く昼寝する人なのだ。そして、夜もよく寝る。理想的な時間の過ごし方か。

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美しい日だ。私にとって「美しい」日は暖かくて晴れている今日のような日だ。『時間』を思い出す日。なので雲や空のタイムラプス動画を撮って、なにが「時間」の観念をもたらすかを解明したい。

いつもお世話になっている

https://archive.org/

に5USDを寄付。

ということで、少し安心して、これを聴いている。

Piano Concerto In A Minor, Op.85 / Double Concerto In G Major Op.17
by Johann Nepomuk Hummel; Martin Galling; Susanne Lautenbacher
Turnabout (TV 4028 / TV 4.028)
Publication date 1966


民子さんを見習って、『冬の日誌』と『内面からの報告書』(ポール・オースター)を借りてきた。どちらも再読だ。

2021年11月3日水曜日

吉田健一の『瓦礫の中』と『絵空ごと』は同じテーマを追求しているようだ

[http://www.jk-cinema.com/]

ジュネス企画? ここの映画は、AmazonPrimeVideoで観ることができるらしい。

Kindle Unlimited 『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』をCMの教科書として読んでみる。尾原和啓著。他の著作もチェックしてみる。

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『絵空ごと』読み終えた。

104頁。
「4」の英国風紳士育成施設の話からがガラリと変わる後半部だろう。時代批判色が強まる。

130頁。

「英国で飲んでいるといいな」……「何もすることがないって、あすこなら何もしないでいられる。」

出てきた吉田健一節!

そして……

「東京は壊しに壊して来たからね。……まだしも戦争の後で日本に戻って来た時の焼け跡の方がこれなら区画改正でも道路拡張でも何でも出来ると思ったものだった。」

これで、この本が『瓦礫の中』とつながった。

共通のテーマは「敗戦後の社会のあやうい繁栄」だ。これは『日本沈没』の小松左京に受け継がれる。

135頁。

「自分の方が酒に呑まれて行く気がするその酒の舌触り」

これだ、他の本だがこのような酒の飲み方を読んで、実際にできるようになったのは10年ぐらい修行をした末だった。ただし、その間の酒席での時間が無駄になった感じはしていない。

155頁。

吉田健一は渋江抽斎や伊沢蘭軒も読んで、日本語を勉強したのだろう。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2058_19628.html

https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/2084_17397.html

#こう言うともっと吉田健一の文章を嫌いになる人がいそうでオモシロイ。

219頁。

「天地有情春合識、今年今日又成歓……漱石の(晩年の)生活も流れていた……」

#吉川幸次郎『漱石詩注』(岩波新書)143頁参照。) 

225頁。

モンテーニュへの言及。

結局建った「立派な偽」西洋館は時代への反撥からかそれとも象徴なのか。

次に読むのは『本当のような話』。『絵空ごと』の「牧田さん」が「民子」になるのかしら。

1973年刊 集英社
私のは1976年三版

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ARCMの目指すところは「書評を通じて読書を楽しめるように、会員がそれぞれのできることを好きなだけやれる環境・インフラをつくること」、だ。その手段としてCMを段階的に普及させていく。

昔、上司をマネジメントしないとシゴトは進まないと教わったのも思い出した。

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"Emperor" Concerto No. 5, In E-Flat, Op. 73
by Ludwig Van Beethoven; Vladimir Horowitz; Fritz Reiner; RCA Victor Symphony Orchestra
RCA Victor Red Seal (LM 1718 / LM-1718)
Publication date 1954

https://archive.org/details/lp_emperor-concerto-no-5-in-e-flat-op-73_ludwig-van-beethoven-vladimir-horowitz-fri_0 


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今夜は35ミリレンズで星空インターバル撮影を試みたが、ピントが外れていて失敗。レンズの設定と調整不足。 

2021年11月2日火曜日

吉田健一の『絵空ごと』の内容は見事な「絵空ごと」

 ここがオモシロイ。

http://honyakumystery.jp/category/review/review9

「『文体の舵をとれ』の「練習問題」をたのしくやってみる会参加の手引」を改訂した。「練習問題」の例を追加した。

https://hirosbookreviewstudy.blogspot.com/2021/10/blog-post.html

ここを発見!エッシャーの絵がたくさん閲覧可能だ。

https://www.wikiart.org/en/m-c-escher

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さて、『絵空ごと』を読み始めるとしよう。途中14時から15時はARの打ち合わせで中断するが。

『絵空ごと』114頁まで読んだ。題名通り物語が「絵空ごと」であるのに感心した。取り上げられた小道具も偽の絵である。前作『瓦礫の中』よりも主人公の生活は格段に改善されている。「庶民」の生活ではもちろんない。戦後の苦労が終わったと誤解している世相への皮肉か?

明日までに後半も読んでしまいそう。

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ちょっとイタズラしてみた。QTPで作ったのですが、これはタイムラプス動画ではないのかしら。雲の動きはオモシロイ。上空と低空の動きが違っている。




2021年11月1日月曜日

吉田健一「終活小説」の2冊目にとりかかる(『絵空ごと』)

 朝読書で吉田健一の『瓦礫の中』を読み終える。

最後はそっけなく終了。ベートーベン的にこれでもかと畳み掛けるのでなく、バッハやハイドンのようにさっさと終わる。このほうが余韻をを楽しめるので、好みである。高踏的すぎるという批判はありそうだが気にしない。

次のように、最近のブログで書いた。

『吉田健一ふたたび』を拾い読み。
156頁。
長篇(大長編ではなく200頁前後)小説の系譜がまとめられている。

1970年(万博の年 #この皮肉) 『瓦礫の中』 
1971年 『絵空ごと』
1972年 『本当のような話』
1973年 『金沢』
1973年 『東京の昔』
1974年 『埋れ木』

全部すでに読んだが、また一から読み直そうと、今回『瓦礫の中』を借りてきた。あとは全部書棚にある。なお、『埋れ木』のあとは『時間』という随筆か論考とでも言うべきものを1976年に書いて、翌年吉田健一はなくなる。

157頁で、樫原辰郎さんはこれらの作品執筆は吉田健一の「終活」だという。 

このリストに従って読破するプロジェクトをやはり実施することにして、2番めの『絵空ごと』に取り掛かった。1976年に再販された本だ。

すると、人より遅れて会社員になって2年目に買って初めて読んだことになる。若かったがこの物語も同様に若かった、そして1970年代の時代の文脈に乗っていたので読めたのだろう。渋谷の鶯谷町の安アパートの一室で、誰の邪魔もない状態で思う存分本を読めた日々が懐かしい。


後で再刊された単行本の裏表紙のカバー
紹介文を苦労して書いたらしい


2021年10月31日日曜日

今日のオシゴトは投票だけでした

これは懐かしいアルバムだ。ダイジェスト版(17センチLP)を持っていたはずだ。

Bach's Greatest Hits
by Les Swingle Singers
Philips (PHM 200-097)
Publication date 1963

疲労回復のため、のんびりしようと考えていた朝に、偶然巡り合った音楽。Internet Archiveで。

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『瓦礫の中』を最後まで読む。終戦後の一部の知識人を寓意的に描いた作品と言っていいのだろう。その生活のニュアンスは内田百閒先生のものに通じるものがある。どこか楽しい上の空のようなところがある。よく言えば余裕、悪く言えば傲慢。知識人が知識人を描くとこうなるのか。今のような余裕のない時代に、このような小説を発表したら、総スカンを食うこと間違いない。逆に江戸時代なら問題ないだろう。世の中は単調に発展するものと思っている単純な人には通じない知的諧謔。


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夕方、衆議院選挙の投票に行く。最高裁判事の審査も同時に行われた。夫婦別姓に反対するご意見の方にバツをつけてきた。

開票を見ていると、神奈川13区のわれわれには良い結果が出そうだ。全国ではまだまだ。