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2017年9月4日月曜日

「闘う文豪とナチス・ドイツ」を読了、次はカフカとアラビア語かしら

 残念ながら読み終えてしまった。今朝読んだ部分は、実際には「トーマス・マン日記」を読んでいない時期に関する部分なので、「残念」というわけだ。

 「トーマス・マン日記」の「主要な」部分は、1933年から1945年までのナチス・ドイツからの亡命生活の部分だし、「闘う文豪とナチス・ドイツ」もこの部分に多くのページを割いている。

 第2の亡命、マッカーシズムからのがれてスイスへの移動、が今朝読んだ部分のクライマックス。ただし、この二回目の亡命の内幕については、マンは日記でも多くを語っていないようだ。それだけ不本意なことだったのだろうと思う。

 ともかく、「トーマス・マン日記」の後半を手にいれて読まなくてはならないが、高価なのでなかなか手に入りそうもない。

 安いので、ドイツ語版をとも思ったが、読む前にと学んでいるドイツ語が半年たってもなかなか身につかない。

 なにごとにも時間は必要だ。

 晩年、トーマス・マンはカフカにも興味を示している。「カフカ日記」も読んでいたようだ。

 「カフカ日記」も高い。即決では買えないので、欲しいものリストに入れておく。とりあえず、図書館を頼ろう。

 NUKのドイツ語入門ラジオテキストはなかなか内容がある。基礎編はドイツの街と建築の紹介にもなっている。昔訪れた場所の記述はなつかしい。応用編のほうは、森鴎外の「独逸日記」が題材となっている。これはまとめてテキストと「独逸日記」を読んで見る価値がありそうだ。



 ラジオテキストの広告の部分を見ていたら、アラビア語もやってみたくなった。半年分の教材が800円強なので、10月からの分のテキストを買ってみるつもりだ。

2017年1月25日水曜日

読書再開したがトーマス・マンが亡くなってしまいました(T_T)

 『Man of the World』は、そろそろ、クラウス・Jr君のやり放題記になりつつあります。

 1952年、トーマス・マン夫妻は失意のうちに加州を後にして欧州へ戻る。マッカーシズムの嵐の中で77歳を過ぎ、肺癌手術後に弱った体は耐えられないとの判断だ。
 アイクでなくスティーブンソンが選挙で勝てば、大丈夫と言うクラウス・Jr君の説得も効かない。「もしそうなったら戻るよ。」というトーマス・マンの言葉も力がありません。

 FBIが目を光らせているので、クラウス・Jr君の友人のつてで秘密裏にKLMの航空券を入手し、トーマス・マン夫婦は逃げるように欧州に向かった。
 家財の管理と整理を手伝う。マン夫人からはその手数料月60ドルが送られて来る。
 数千冊の蔵書は一冊5¢で業者に引き取られた。トラックに積むときシャベルが使われた。😢

 60ドルでは生活には足りない。家電セールスやダグラス社の助手などやったが詰まらない。ただし学費は貯まった。マンの邸宅が買値で売れた。2万5千ドル。マン夫人に小切手を送った。なお、後には300万ドルの値がついたそうだが。あとの祭り。

 カリフォルニア大学で勉強して、将来は歴史や政治学を教えたい。という目標が定まった。
 高校の既習課程では、数学の単位が不足だ。数学をやり直す気はさらさらないので、大学の学生部長を説得し、初年度オールAをとるという条件で入学追認してもらう約束をさせた。もちろん、すでに知っているような科目を選んだのは言うまでもない(^_-)

 30歳になるまで世間の荒波に揉まれてきたクラウス・Jr君の生活能力と交渉能力は大したものだ!
 やっと、「自由の国」での大学生活が始まる。

(昨日の夢に出てきたS先輩たちと、『自由からの逃走』の読書会をやったのを思い出しました。どこかに本があるか、発掘してみたい。)

 少し後、母親の招きで欧州に旅して1 6年ぶりに邂逅。そして母親から自分の出生についての衝撃的な事実を知らされる。
 また、その旅行中にトーマス・マンの訃報に接する。
これらは次回以降。

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