2019年11月10日日曜日

『失われた時を求めて』の「完読」を目指すのは楽しみ…

昨夜の、ビデオを見直している。

「月刊ALL REVIEWS」ノンフィクション部門第11回|ゲスト:高遠弘美さんhttps://www.youtube.com/watch?v=VbWiJOTfnRs&feature=em-lbcastemail

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当日聞き流したことがたくさんあるのに気づいた。それらをとりあげて調べれば、昨日のお話をより深く理解できて、『失われた時を求めて』の完読にも役に立ちそうだ。以下はそのひとつ。


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高遠先生のお話に出てきた、「しげのりしすい」、巴里で特派員をしていたとおっしゃていた。この名前にかすかに記憶があった。

今年5月19日に、南青山の「本の場所」という会場で、高遠弘美先生の「『失われた時を求めて』を読む、語る」というイベントがあった。そのとき配られた資料の一つに、重徳泗水の訳した「彼女の眠」なる、雑誌明星の1923年の記事の抜き刷りがあった。出して読んでみると、冒頭に「プルウスト」の死が伝えられている。記事内容はプルーストの『失われた時を求めて』の一部分の(前身)翻訳稿だ。

少し、「重徳泗水」でインターネットを検索してみると、これに関する、高遠先生の書かれた新聞記事を。
https://www.kotensinyaku.jp/column/2011/06/005032/

この記事に導かれ、国会図書館デジタル・コレクションで『仏蘭西文化の最新知識』という、重徳の著書を発見。
プルーストに関する記述を見つけた。(88頁(コマ番号53))

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/970163




これは、プルースト愛好家には、喜ばれるものだろうと考えた。このブログに時々掲載する、「OLD REVIEWS」の一つとしたい。少し長いが、今週後半に、分割して掲載したいと思う。

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今回のビデオを見ていると、他にもたくさん、気になる事柄があるのに気づく。ほとんど、初耳のことばかり。
全部調べるにはかなり時間がかかりそうだが、暇に任せて、楽しみながらやりたい。

2019年11月9日土曜日

「高遠 弘美 × 鹿島 茂 スペシャルトーク―『失われた時を求めて』を読む―」と、そのビデオ中継は大成功!!!

昼食後、いつもの昼寝は省略して、日比谷図書文化館へ。要するに昔の日比谷図書館なのか。都立でなく千代田区立になってこの名称になったらしい。


ともかく、そこでやっていた、「鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術」展に、まず行った。20世紀初頭の高級挿絵本がたくさん。50点くらい並んでいたが、全部鹿島先生の個人コレクション、実際にはもっとあるのだろう。素人には考えられない。

美しい本が並んでいたが、ジョルジュ・バルビエの絵が一番気に入った。照明がもう少し明るければ、細かい文字も見えたかなと思った。アンケートにその旨書いておいた。貴重な絵を傷めないためには仕方ないのかも知れない。

観ているうちに空腹になった。外に出て、鶴の噴水のある池のそばで、おやつとして持っていったふかし芋(!)を食べる。

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西麻布のノエマスタジオに向かう。月刊ALL REVIEWS友の会のイベント、「高遠 弘美 × 鹿島 茂 スペシャルトーク―『失われた時を求めて』を読む―」の収録に立ち会わせてもらうため。

少し早くついたが、高遠先生もかなり早くおいでになった。理由がある。重そうなかばんを開くと、『失われた時を求めて』の初版本(グラッセ社からの自費出版本)をはじめ、今年出版された雑誌や文庫類まで、貴重な20冊くらいを、机にお並べになった。初版本は許可を得て手にとって見た。意外に質素な本だったが、まだ売れるかどうかわからなかったので致し方ないのだろう。



対談の中で高遠先生がおっしゃっていたが、プルーストはフランスではまだ「新刊」作家なのだ。今年だけでも30冊以上著書や関連本が出版されているそうだ。

お二人が異口同音におっしゃたのが、世界の中で日本は(フランスを除けば)、プルースト研究では第一の国だということ。翻訳もたくさん出ている。そのなかで、なぜ高遠訳が好まれるのか。基本は、超綿密なプルースト研究と、翻訳文の文体研究なのだろう。その成果は、高遠先生が紹介された、読者からのはがきの内容に典型的に現れている。その中学女子生徒は、高遠訳の本は、まえがきと本文注と後書き(読書ガイドと年譜)の丁寧さによって、素晴らしく読みやすいと書いている。6巻までは読み終えてしまったので、次の7巻を待っているが、そのあいだ6巻までをもう4回読み直した…とも書いてあったそうだ。

私より50歳以上若い方が、私とまったく同じ感想を述べておられる。高遠先生の読者へのサービスの品質の高さがこれでわかる。

そして、読書の「挫折」を恐れてはイケナイ。人によって読みかたの相違があって然るべきだし、中断してもいつかはまた読み出す。さらに、「挫折」しても、それも一つの読み方だと、心強いことをおっしゃていた。

もう一つの特徴、訳文の流麗さは、もともと国文学者になりたかったこともあり、新古今、古今を始めとする日本文学などが好きだったことがあるせいだろうとのこと。最近の文学者では、中村真一郎、吉田健一、寿岳文章(とくに神曲の訳文)などもよく読まれたとのこと。

雑談では、鹿島先生が、プルースト雑記の堀辰雄や三笠書房のクローニンなども愛読されたと伺い、懐かしくなった。やはり、同世代、話がわかる。

もっと、たくさんの話がされたが、思い出せなくなった。(昼寝してないので眠い…)

対談終了後は、参会者のお一人(かごともさん)が提供してくれた、「マドレーヌ」(*^^*)を食べながら、全員でおしゃべり。私は持っていった本にサインをしていただいた。これも家宝!



今回はYoutube中継は特別で、誰でも見ることができたそうだ。おかげで視聴者もいつもより多かったらしい。

(後記: 翌日のいまお昼です。Youtubeでまだ見ることができます。昨日は舞い上がっていてよく話の内容を覚えていないので、見直すことにします。アドレスはここ。友の会会員でなくても観ることはできそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=VbWiJOTfnRs&feature=em-lbcastemail

2019年11月8日金曜日

11月9日(土) 「高遠 弘美 × 鹿島 茂 スペシャルトーク―『失われた時を求めて』を読む―」の予習をした



今朝の林檎は「名月」。名前から分かる通り群馬原産。今は他でも作られているらしい。詳しくは…

https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/fruit/apple-Meigetsu.htm

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明日の月刊ALL REVIEWSのイベント、ビデオ収録(『失われた時を求めて』に関する高遠先生と鹿島先生の対談)に備えて、いろいろ読み散らす。
  (イベントの詳細はこちら。https://allreviews.jp/news/3822 )

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まずはALL REVIEWSにある書評のうち、理解できるもの。

『失われた時を求めて』(集英社)
https://allreviews.jp/review/3141

『「失われた時を求めて」の完読を求めて 「スワン家の方へ」精読』(PHP研究所)
https://allreviews.jp/review/3785

『収容所のプルースト』(共和国)
https://allreviews.jp/review/2104

『『失われた時を求めて』と女性たち: サロン・芸術・セクシュアリティ』(彩流社)
https://allreviews.jp/review/205

『プルーストと過ごす夏』(光文社)
https://allreviews.jp/review/13


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そのうち、C. K. Scott Moncrieff [1889-1930]による英訳版があると知り、探してみた。読みやすそうなeBookのサイトを見つけた。
https://web.archive.org/web/20140529110339/http://ebooks.adelaide.edu.au/p/proust/marcel/

やさしい英文で訳してある、と思う。最初の一節しか読んでいないけれど。

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iPadのKindleに原文、英訳、高遠訳を入れて持っていくつもり。あと、サインしてもらえる場合に備えて、高遠先生の光文社文庫版(6巻)と、鹿島先生の『「失われた時を求めて」の完読を求めて』も持っていく。念の為、サイン用の万年筆も。

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疲れたが、『量子の海…』も少し読み進めた。

ディラックは周囲で流行っていた、「2」を4つ使って演算して1以上の整数を作るゲームを見て、すぐ解を作る方程式を書いてしまう。今で言う「空気の読めないやつ」。
1930年、王立協会のフェローに最年少でなった。このころからカネに余裕ができたらしく、高級車を買った。でも不器用なのですぐ事故を起こし、車を壊す。223頁。
余裕ができたのに、着ているのは以前からの、着たきりスズメの三つ揃い。アメリカにも着ていったやつだろう。
228頁。有名な教科書を書いた、『Principles of Quantum Mechanics』。アインシュタインもこの本を愛読した。索引もなく、ディラックの考えを述べただけの本なのだが。pdfファイルはここ。

https://www.equipes.lps.u-psud.fr/Montambaux/histoire-physique/Dirac-Principles%20of%20Quantum%20Mechanics%20.pdf


230頁。チャンドラセカールが留学しに来て、この教科書内容と同じ講義を三回続けて聴いたという。
同じ年に、ジーンズは『神秘の宇宙』という通俗解説書を書いた。これも評判になった。

( トーマス・マンすら手に入れて読んでいる。これはこの本には書いていない。参考:私のブログ。

https://hfukuchi.blogspot.com/2017/05/blog-post_13.html )


2019年11月7日木曜日

塙保己一先生はすごくエライとしか言いようがない

『人物叢書 塙保己一』(太田善麿 1966年 吉川弘文館)を読み終える。昨日借りてきた本。50年以上前の本だが、文章に古さは感じられない。自分も古いからか。
病弱な幼年期を母の愛情で乗り越え、若くして国文学の道を志す。鍼灸の修行はしたが、自分で不器用なのでダメと判断した。違うのぞみがあったから。目が不自由なので、書物は他の人に読んでもらって暗記してしまう。このあたりに尋常でないものがあったのだろうが、この本ではあまりその部分のことは書いてない。他の本にあたるべきか。参考書は巻末と序文に紹介されている。探して読んでみるべきだ。



92頁。水戸藩の「大日本史」の校正を委嘱され、見事にやり遂げたのを始めとして、彼の綿密な設計通りと思える堅実な生涯が続く。財政が逼迫している幕府からもうまく予算を獲得している。本人には私的な蓄財の意志がまったくなく、すべて典籍を集めて読みやすい形で出版したいという目的だけで動いている。
結局、660冊を超える『群書類従』を、和学講談所で編纂刊行する。このときの版木は今でも渋谷の往古館に保存されている。これを元にして『史料』(年月日で史的事実を並べて典拠を群書類従のなかの本をもとめる)を作り続ける。この『史料』は、今でも東京大学史料編纂所で『大日本史料』として延々と作り続けられている。200年以上続きいつ終わるかも判然としない壮大なシゴト。世界に誇れるものだろう。

http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html

『群書類従』は国会図書館で読める。『大日本史料』は作成元で読める。索引もある。

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まったくのついでに、「国立映画アーカイブ」にも興味を持った。京橋にある。

https://www.nfaj.go.jp/

ここも気になる。国立公文書館。

https://www.digital.archives.go.jp/

東京大学史料編纂所にせよ国立映画アーカイブにせよ、シニアなら安い金額で入場できる。ぜひ訪ねたいが、交通費がネックとなる。香港のようにシニアの交通費も安くしてほしい。もっと、出かける老人が増えて経済は活性化するだろう。

2019年11月6日水曜日

音楽や料理の世界には国境がない

『神は詳細に宿る』を読み終える。19世紀生物学の機械論では「情報」に関することが欠落し、現代の科学では「意識」が欠落する、という議論は大変面白い。パスツール研究所が(フランスに)あるなら、なぜファーブル研究所はないのか、という議論も。
養老先生のお話はほとんど、ごもっともなので、かえって敬遠したくなるところはある。口やかましい博学のお年寄り。(少なくとも私より一回り上。)酒もタバコもやらないので、もっと長生きするはずというお話も、最も過ぎて参る。

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『量子の海…』も佳境に入ってきた、と思う。1928年頃の束の間の平和の英国で、
(1)空孔理論(批判多い)。
(2)有名な教科書を書く。
(3)古典力学と量子力学を融合させる洒落た論文。フォン・ノイマンの数学知識の助けも借りて。(206頁)
といった、生産的な時を過ごす。
1929年には初めて、渡米。アキタニア号で。講演をいくつかこなしながら米国横断。講演後の聴衆のつまらない質問は無視した。日本の蒸気船で横浜へ。ハイゼンベルグも一緒だった。陽気なハイゼンベルグと、陰気なディラックの凸凹コンビ。でも日本での講演は、喜ばれ、詳細な講演録をすぐに作ってもらったという。ソ連に渡り、シベリア鉄道で帰路につく。レニングラードからベルリンまでは飛行機に乗った。
この年の10月。バブルが弾けた。世界大恐慌へ。(214頁)

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昨年のFacebookには「The Glass Effect (The Music of Philip Glass & Others)」を聴いたという記述がある。素晴らしい音色のハープ演奏者のLavinia Meijerが妙に気になったので、少しひととなりを調べてみた。韓国出身だが、貧しい両親がオランダに養女に出す。成長した彼女は尋ねてきた、実の父親を許す。このCDの写真の通り、深みのある笑顔で。でも、二人は通訳を介さないと話せなかった。

https://music.apple.com/jp/album/the-glass-effect-the-music-of-philip-glass-others/1159685479?l=en

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夕食に、久しぶりの餃子を作った。美味しい。一応9時方向の羽は焦げてない。で、今気づいたが羽つきにするには小麦粉を使うべきで、これは片栗粉だったので焦げた?


2019年11月5日火曜日

読むべき本は毎日増える。孫悟空の分身の術を使って毎日100冊くらい読みたい。

朝飯前の読書の話を、週刊ALL REVIEWSメールレターの「巻頭言」に書かせていただいた。



ここで、三冊ほど面白そうな本を見つけてしまった。
(1)ギルバート・ホワイト(18世紀の英国の牧師・博物学者)の『セルボーンの博物誌』。これは図書館で予約。この本は完全に趣味として読みたい。

(2)ホイットマンの『自選日記』、高村光太郎訳。これは国会図書館デジタルライブラリで読む。序文はOLD REVIEWSの候補としたい。

(3)『世界飛行機構造図解』。大正9年の本。これも国会図書館デジタルライブラリで読める。ベランカと言う飛行機がとり上げられている。リンドバーグが単独大西洋横断に使おうとしたが価格が高くてやめたものの、前身の複葉機だ。

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2019年11月4日月曜日

「Internet Archive」、「国会図書館デジタルコレクション」、自分のブログを検索して遊ぶ

今朝の林檎、シナノゴールド。お尻の部分が凸凹になっているのが美味しいようだ。そういうのを選ぶようにしている。


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朝一番に見る、TwitterのTLや新聞の記事から、発想の種を得ることが多い。
今朝見つけたのは、Internet Archiveからのツイート。WikipediaのCitation(典拠)で引用している書籍のリンク先としてInternet Archiveの書籍のページアドレスをあてる試みが、なされている。

試しにやってみると、TwitterでWiredの記事で引用されているキング牧師のWikipedia記事のCitationがたしかにそうなっている。J.F.ケネディの記事もそうなっているか調べたら、有名な本『PT 109』のInternet Archive書籍にリンク付されている。
いままでも、一部GoogleBookの書籍にリンクが張ってあったが、Internet Archiveのほうが読みやすい。
https://en.wikipedia.org/wiki/John_F._Kennedy

https://archive.org/details/pt109johnfkenned00dono_0


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検索好きなので、国会図書館デジタルコレクションに行って、なにかないか探した。所蔵(公開)している全雑誌記事への索引が公開されているとの、記事を見つけた。



試しに「ユリアヌス」で引いてみたら、辻邦生さんの『背教者ユリアヌス』が『海』に連載された号や、連載前後の執筆記事の掲載された号などが見つかった。
おもしろく使えそうな機能だ。



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そのあと、このブログを検索して遊ぶ。あるキーワードで検索してみて、こんな記事を書いていたのかと、我ながらオドロキ、その後、検索ワードと同じ日に考えていた、別の事項を見つけて、それを考え直してみる。これも楽しい。紙の辞書を読む感覚。今日はユダヤ系の(だから迫害を受けた)旧ソ連のピアニスト、「マリア・グリンベルグ」を再発見。でも、相変わらず情報は少ない。

https://hfukuchi.blogspot.com/2018/01/blog-post_11.html

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『神は詳細に宿る』(養老孟司 水戸部功装幀 2019年 青土社)を88頁読む。49頁からの、「「意識」は解けない問題」という文章がオモシロイ。「意識」は科学の前提だが、科学では説明できないモノであるという。「我思う、ゆえに、我あり」は、意識が存在すると言っているのだが…でも、という部分。

「意識」のなかに飛び込む手段としての「検索」などと考えてみた。

2019年11月3日日曜日

『開高健のパリ』は彼の『移動祝祭日』か?

『開高健のパリ』(2019年 集英社)を読む。



異国への逃亡の「経験」と、「小説」、遠心力と求心力をベトナム戦争体験の小説化で奇跡的に融合させたと、角田光代さんが、冒頭の「解説にかえて」で書いておられる。(これを読んであわてて、『夏の闇』を、図書館システムで予約した。開高健は文庫本や単行本を10冊くらい持っており、一時は愛読していた。『全集』を古本で買おうかとも思うが、ネットでは3万円くらいなので様子見。)
「解説にかえて」はALL REVIEWSでも読める。
https://allreviews.jp/review/3839

ユトリロの絵が数多く挿入されている。開高健が好きだった時代のユトリロの絵は、われわれの目に慣れた、晩年の枯れた味わいではなく、色彩豊かなパリの街の絵だ。開高健とユトリロは似合わないと、この本を読むまでは思っていたが、このユトリロなら、なるほどと思わせる。この絵を描いた時代のユトリロにとっても、この本を書いた時代の開高健にとっても、パリは豊穣な街だった。

46頁、壮大な石の森、パリの街を夜通し歩き回る、という開高健のまだ若い、そして痩せた姿が目に浮かんでくる。

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開高健さんの本はすぐ読み終えたが、『量子の海…』はなかなか読み終えられない。豊崎社長のおっしゃる「ゆっくり読む本」なのだろう。
175頁。傲慢とボルンに言われたオッペンハイマーだが、なぜかディラックには神妙な態度をとる。業績に敬服していたのだろう。
176頁。父チャールズのシゴト最優先の生活はにはディラックは反発を覚えていたのだろうが、彼自身もそうなっているのは皮肉だ。たまに帰省しても自分の部屋に引きこもって研究を続ける。(177頁)
181頁。「宗教」は大嫌いだと仲間に語る。自分のことを語るのは珍しいことだ。

2019年11月2日土曜日

読んでいるとディラックの「変わり者」ぶりが愛おしくなってくる(『量子の海…』)

『量子の海 ディラックの深淵』を読み進む。
ゼネストには興味を持たなかったが、仲間の影響でマルクス主義には関心があったようだ。彼の境遇からすると無理もない。ただし、研究オンリーの生活は変わらない。1926年に学位(博士号)を得たが、おかげで取れた長期休暇も彼にとってはゆっくり研究するためのものだった。(136頁)
古典力学に固執するのは得策でないと気づく。黒体輻射のスペクトルの説明がかれの量子論でうまく行った。でもフェルミが少し先に論文を発表していた。(137頁)
コペンハーゲンに半年留学。ボーアの人格にうたれた、がボーアはなんて寡黙なやつだと周囲にぼやいていたらしい。
マクスウェルの電磁統一理論を量子論で書き換えることが出来た。アインシュタインの光量子論よりも良いと自賛したが、スレイターは批判していた。(156頁)
エーレンフェストと知り合う。
ゲッチンゲンに留学。オッペンハイマーと同じ下宿に住む。(155頁)ここの親玉のボルンも優しい。やはり打ち解けないのだが。(161頁)
ゲッチンゲンはディラックの好きな散歩(ただ歩くだけ)が存分にできるところだった。

まだ、四分の一しか読んでないが、ディラックが変人と呼ばれたわけがだんだんわかってきたような気がする。要するに、研究すること自体がものすごく好きだった。周りの、「普通の」研究者は、業績を認めてもらいたいと上司や先輩に自分を売り込む。ディラックはそんなことは無意味とおもっており、超然たる態度をとっている。今で言う空気を読まないタイプの人間だったのだろう。
とりあえず、この仮説を頭に入れて、読み進むことにする。仮説の修正が必要なことが、判明すればなおオモシロイ。

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ラグビー、ワールドカップ終了。決勝戦は南アフリカがイングランドに圧勝。私見だが、南アフリカは日本戦では、「お手柔らかに」戦っていたかも知れない。

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ハワイ島の息子殿から、お土産に植物の写真集を買ったと連絡あり。嬉しい。


2019年11月1日金曜日

『群書類従』全文検索と頭脳の中の連想記憶検索のカンレン、ほぼ妄想

息子が送ってきたハワイ島の今夜の星空。カシオペア?



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こちらは、昨夜のギモン。全文検索は今どうなっているのか、を考えたり、ちょっと調べたりした。
国会図書館では、
「【今後の改良予定】
検索対象となる目次情報を充実させていきます。
本文全文の検索の対象を順次拡大していきます。」
ということらしい。


愚直に、手に入る多くの文献全てをテキスト化し、索引をつけるというアプローチは、昔からあるようだ。『群書類従』を作ろうとした塙保己一先生。『群書類従』は国会図書館デジタルコレクションでも書影を読めるし、一部はKindle化もされている。しかし、これを実用的に使うのはかなり困難。でもこの壮挙は大とすべきだ。渋谷に版木を展示しているところがあるので、今度見学もしたい。

ところで、『群書類従』はジャパンナレッジで、テキスト化され、これは全文検索もできるらしい。法人契約が必要でしかも個別契約年間3万円も必要。一応、近所の図書館で利用できるか調べてみる。

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塙保己一先生の事跡は、伝記本を借りる手続きをしたので、後で調べる。しかし、彼の頭の中には巨大な高性能データベースが出来ていたと考えられる。南方熊楠もきっとそうだろう。これをなんとか、凡人(私)の頭の中で実現できないのか。ある主題に関しての本を探している時に、ときどき、あの本棚のあの場所に関連本があると「ひらめく」のはこのデータベースの働きだろう。かなり粗雑なデータしか浮かび上がらないが。

クラークのマザーコンピュータ(連想記憶機)に、閉ざされた都市からの脱出方法を聞くと、何年か後に教えてくれる。この仕組については、クラーク先生は教えてくれないのだが、「塙保己一」的データベースと多くの雑多な記憶バンクを横断サーチする力任せのエンジンがあったと考えてもよいだろう。

計算時間という資源が活用できれば、いまでもこれは実現しそうな気がする。(地球だけでなく宇宙の)人類あるいは生物が数万年かかってやるべきシゴトではあるのだが。

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『量子の海』も少しだけ読んだ。1926年5月の英国内のゼネストにも、彼は関心を持たない。

ディラックの教科書、『量子力学』よりも、朝永先生の『量子力学 第2版』(みすず書房)のほうが読みやすい、とのことなので、学生時代に買ったものを取り出してみた。50年経っているのにまだ、綺麗なのではずかしい。とにかく、目を通してみる。


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夕方、図書館に行き、新たに6冊仕入れてきた。また、眠れなくなりそうだ。