昨日の夜更かしのつけを払うため、ほぼ出かけずに過ごす。外は寒く雨も降っている。一度だけ、Jが友人との温泉旅行に行くのを最寄り駅まで見送りに行って出かけただけ。
これは現地の雪景色だそうです。お気の毒です。
***
食事したくもできるだけ簡単にし、好きなことをやって過ごす。
***
好きなことその(1)
ALL REVIEWS関連のオシゴトで、OCRを一件。あまり考えずに、手を動かすだけなので楽。慣れてきたせいも有る。
好きなことその(2)
昨夜買ったLPレコードを聴く。1970年発売の「空よ」(トワ・エ・モア)。懐かしい曲。
ついでに、ジャニス・イアンも2枚ほど引っ張り出して聴いてみた。いい。
好きなことその(3)
Primeビデオで「インターステラー」を観る。何の気なしに選んだのだが、なかなかの力作のSF。相対性理論や量子理論などが話題として盛り込まれている。キップ・ソーン(確かホーキング博士のお友達)がアドバイスしたらしい。それよりも、過去のSF映画へのオマージュ色が目についた。「2001年…」、「猿の惑星」、「スターウォーズ」などなどの名場面を思わせるところがどんどん出てくる。字幕版で観たが、吹替版でも見直したい。
準主役でアン・ハサウェイが出ている。昨日の「レ・ミゼラブル」にも出ていた。偶然なのだが、驚いた。美しすぎる。彼女出演の他の作品も観たい。
***
アレルギーの薬を飲み忘れたせいか、今日は調子が悪かった。花粉症でなく(引き金かもしれないが)乾癬なのではないかと疑っている。ヨブみたいにかゆい。
2019年4月10日水曜日
2019年4月9日火曜日
『レ・ミゼラブル』著者による序文を読み「月刊ALL REVIEWS友の会」の予習、その後スタッフ歓迎会へ
序
法律と習慣との力によつて、或る社會的處罰が存續し、人爲的に文明の唯中に地獄を現じ、人間の聖なる運命を、この世の不運によつて悲哭せしむる間は、又賤民の一階級による男子の退歩と、饑餓によろ女子の墮落と、闇黑による小兒の破滅と、これら三つの時代の問題が解決されない間は、又ある方面に於いて會社的假死狀態が可能である間は、又いひ換へれば、そして尚一層廣い見地からすれば、この地上に無智と悲慘とが殘存なしてゐる間は、この書のやうな性質の書物も、決して無用ではあり得ない。
千八百六十二年一月一日、オートヴイル・ウーズにて
ヴイクトル・ユーゴー
***
出典 『レ・ミゼラブル. 第1部』 のユーゴーによる序文 宮原晃一郎訳
大正11年 冬夏社 国立国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
***
以上は、来週の「月刊ALL REVIEWS友の会」の予習。
***
夜はALLL REVIEWSサポートスタッフの4月隊歓迎会その1に出席。神保町の「五島人」さんで。三時間飲み放題付きのコースで3900円は安い。料理も味が良い。この店のビルの横の肉料理屋にも興味津々。機会があれば行きたい。食べ放題1000円だとか。
今日の新規メンバーの方も、強力な方々ばかり。大いに期待できる。私より校正のスピードは6倍くらい速い。しかも正確。
***
会が始まる前に近所の中古レコード屋さんでLPを買ってしまった。明日聞こう。
法律と習慣との力によつて、或る社會的處罰が存續し、人爲的に文明の唯中に地獄を現じ、人間の聖なる運命を、この世の不運によつて悲哭せしむる間は、又賤民の一階級による男子の退歩と、饑餓によろ女子の墮落と、闇黑による小兒の破滅と、これら三つの時代の問題が解決されない間は、又ある方面に於いて會社的假死狀態が可能である間は、又いひ換へれば、そして尚一層廣い見地からすれば、この地上に無智と悲慘とが殘存なしてゐる間は、この書のやうな性質の書物も、決して無用ではあり得ない。
千八百六十二年一月一日、オートヴイル・ウーズにて
ヴイクトル・ユーゴー
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出典 『レ・ミゼラブル. 第1部』 のユーゴーによる序文 宮原晃一郎訳
大正11年 冬夏社 国立国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
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以上は、来週の「月刊ALL REVIEWS友の会」の予習。
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夜はALLL REVIEWSサポートスタッフの4月隊歓迎会その1に出席。神保町の「五島人」さんで。三時間飲み放題付きのコースで3900円は安い。料理も味が良い。この店のビルの横の肉料理屋にも興味津々。機会があれば行きたい。食べ放題1000円だとか。
今日の新規メンバーの方も、強力な方々ばかり。大いに期待できる。私より校正のスピードは6倍くらい速い。しかも正確。
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会が始まる前に近所の中古レコード屋さんでLPを買ってしまった。明日聞こう。
2019年4月8日月曜日
寒い日は映画を観るのが一番。「レ・ミゼラブル」(1912)
肌寒い一日。引きこもって過ごす。
Amazonのプライム・ビデオで「レ・ミゼラブル」の2012年ミュージカル版を観た。ミュージカルか…と最初は思ったが、すぐに迫力ある映像と音楽に引き込まれる。そして、俳優たちの演技と唄も良い。ミュージカルでも泣けるとわかった。
どんな暗い夜もかならず明ける。民衆にとっての明るい明日はかならず来る。というメッセージも良く伝わってきた。
映画そのものを観てよかったと思えたが、今回は来週に迫った「月刊ALL REVIEWS友の会」の課題本がレ・ミゼラブルに関する本なので、その予習としてもためになった。
いままで、エポニーヌという登場人物にはあまり関心を持たなかった。今度のゲストの島田歌穂さんは今、日本でやっているミュージカルでエポニーヌ役を1000回以上演じておられたという。そこで注目して観たが、この役はとても重要な役だ。コゼットに心を移している、恋するマリユスの危機を身を挺して救う。映画ではサマンサ・バークスが演じている。当たり役。
***
夕方、買い物ついでに図書館に行き、5冊借りてきた。下の段の三冊は十連休用だが、先に読んでしまいそうだ。
Amazonのプライム・ビデオで「レ・ミゼラブル」の2012年ミュージカル版を観た。ミュージカルか…と最初は思ったが、すぐに迫力ある映像と音楽に引き込まれる。そして、俳優たちの演技と唄も良い。ミュージカルでも泣けるとわかった。
どんな暗い夜もかならず明ける。民衆にとっての明るい明日はかならず来る。というメッセージも良く伝わってきた。
映画そのものを観てよかったと思えたが、今回は来週に迫った「月刊ALL REVIEWS友の会」の課題本がレ・ミゼラブルに関する本なので、その予習としてもためになった。
いままで、エポニーヌという登場人物にはあまり関心を持たなかった。今度のゲストの島田歌穂さんは今、日本でやっているミュージカルでエポニーヌ役を1000回以上演じておられたという。そこで注目して観たが、この役はとても重要な役だ。コゼットに心を移している、恋するマリユスの危機を身を挺して救う。映画ではサマンサ・バークスが演じている。当たり役。
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夕方、買い物ついでに図書館に行き、5冊借りてきた。下の段の三冊は十連休用だが、先に読んでしまいそうだ。
2019年4月7日日曜日
OLD REVIEWS試作版第九弾…(口語訳『即興詩人』訳者序)
即興詩人 譯者序 (宮原晃一郎)
私がアンデルセンの「卽興詩人」を讀んだのはもう十二三年前で、其本は森鷗外博士譯書であつた。古雅で、流麗なその譯筆は、未だ古いローマンチツクな情味に憧れてゐた、當時の私の心を強く強く捕らへたものであつた。のみならず、アンデルセン一流の絹のように柔かで、美しい悲しく、甘いそのセンチメンタリテもまた私の若い心を淚にまでも誘ふに充分であつた。それ以來私にとつてはアンデルセンは大きな、親しみの多い詩人となつた。彼の幾つかの童話の英譯を讀み、遂󠄂に彼自らが書き、且つ語つた其言葉で、彼の作を讀むに至つて、私は彼の此名作を現代語に譯してみようと思ひ立つた。
扨て愈々筆を取つてみると、是はなかなかの難事であることが分つて、聊か困つた。けれども此書に現はれる淸純な情󠄁と、哀艷な筆致とは、錯雜した其事件と共に矢張り往時に變らぬ深い感興を私の胸に起さして、是非とも最初の一念を貫かせんとする程、私を惹付けた。然るに約百枚も譯するうち、私は不幸にして病氣に罹つて、遂󠄂に臥床する身となり、殆んど二ヶ月ばかりは執筆を止むることを餘儀なくせられたが、私の此書に對する興味はなほ失はれず、病が少し怠るや褥中に筆を取つて、遂󠄂に此處に志望の一端を果すことを得た。其艱苦のあとを顧み、目前の成果を見ては、喜びの念は勿論であるが、自ら不敏にして未だ定譯と自負するだけの出來榮えに達しなかつたことは、聊か遺󠄁憾と思はぬでもない。只慰むるところは此譯が、日本では未だ試みられたことのないアンデルセンの母語であるデンマルク語から直接に移植したもので、殆んど一字一句も省略しなかつたこと、現代語に譯して、當代の人により親しみ易くしたことである。惟ふに此作の如きは永久に讀まるべきものであるから、今後改版に際して、不完未熟の箇所は漸次改むる機會があるであらうと信ずる。早急に本譯を出した理由の一つは、本書の口語譯を數年以前から切に求めてゐることに應じたいが爲めである。
千九百二十三年六月 譯者
***
二段落目の最初の字、まだ読めてません。引き続き解読に努めますが、他の版を探さないとダメかも…どなたかご教示いただければ幸いですm(_ _)m
↓
一時間後…「扨て」(さて)ではないかと思いましたので、これに変更しました。原版は活字が潰れていて読みにくいのですが、多分これでしょう。
***
出典 『即興詩人』 アンデルセン 宮原晃一郎訳 大正12年 金星堂
国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
***
あとがき 私はこの口語訳で「即興詩人」を初めて通読できました。口語訳はこの他にもデジタルコレクションに見つかります。たとえばこれ『通俗泰西文芸名作集』でもこれは抄訳かしら。
私がアンデルセンの「卽興詩人」を讀んだのはもう十二三年前で、其本は森鷗外博士譯書であつた。古雅で、流麗なその譯筆は、未だ古いローマンチツクな情味に憧れてゐた、當時の私の心を強く強く捕らへたものであつた。のみならず、アンデルセン一流の絹のように柔かで、美しい悲しく、甘いそのセンチメンタリテもまた私の若い心を淚にまでも誘ふに充分であつた。それ以來私にとつてはアンデルセンは大きな、親しみの多い詩人となつた。彼の幾つかの童話の英譯を讀み、遂󠄂に彼自らが書き、且つ語つた其言葉で、彼の作を讀むに至つて、私は彼の此名作を現代語に譯してみようと思ひ立つた。
扨て愈々筆を取つてみると、是はなかなかの難事であることが分つて、聊か困つた。けれども此書に現はれる淸純な情󠄁と、哀艷な筆致とは、錯雜した其事件と共に矢張り往時に變らぬ深い感興を私の胸に起さして、是非とも最初の一念を貫かせんとする程、私を惹付けた。然るに約百枚も譯するうち、私は不幸にして病氣に罹つて、遂󠄂に臥床する身となり、殆んど二ヶ月ばかりは執筆を止むることを餘儀なくせられたが、私の此書に對する興味はなほ失はれず、病が少し怠るや褥中に筆を取つて、遂󠄂に此處に志望の一端を果すことを得た。其艱苦のあとを顧み、目前の成果を見ては、喜びの念は勿論であるが、自ら不敏にして未だ定譯と自負するだけの出來榮えに達しなかつたことは、聊か遺󠄁憾と思はぬでもない。只慰むるところは此譯が、日本では未だ試みられたことのないアンデルセンの母語であるデンマルク語から直接に移植したもので、殆んど一字一句も省略しなかつたこと、現代語に譯して、當代の人により親しみ易くしたことである。惟ふに此作の如きは永久に讀まるべきものであるから、今後改版に際して、不完未熟の箇所は漸次改むる機會があるであらうと信ずる。早急に本譯を出した理由の一つは、本書の口語譯を數年以前から切に求めてゐることに應じたいが爲めである。
千九百二十三年六月 譯者
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二段落目の最初の字、まだ読めてません。引き続き解読に努めますが、他の版を探さないとダメかも…どなたかご教示いただければ幸いですm(_ _)m
↓
一時間後…「扨て」(さて)ではないかと思いましたので、これに変更しました。原版は活字が潰れていて読みにくいのですが、多分これでしょう。
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出典 『即興詩人』 アンデルセン 宮原晃一郎訳 大正12年 金星堂
国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
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あとがき 私はこの口語訳で「即興詩人」を初めて通読できました。口語訳はこの他にもデジタルコレクションに見つかります。たとえばこれ『通俗泰西文芸名作集』でもこれは抄訳かしら。
2019年4月6日土曜日
OLD REVIEWS試作版第八弾…「宮澤賢治」(横光利一が宮澤賢治をベタ褒め?!)
宮澤賢治 (横光利一)
宮澤賢治といふ詩人の全集が出る。友人や知己の著述󠄁に序文を書いたり、推薦文を書いたりするときには、それらの人々の述󠄁作そのものよりも、眼に見た日頃の人物の全幅を言外に云ひ現さうとする努力のために、多少とも筆力に誇張を應用させて文章を書かねばならぬ。この心理は筆力が誇張に落ちてゐるそれだけ、筆者の腦裡に膨脹してゐることが多いものだ。しかし、宮澤賢治といふ詩人については、私は生前一面識もなく、また何人なるかも知らなかつたので、この推薦文を書くにあたつても、何らの誇張を用ひる、必要を私は感じない。私はこの詩人が詩人であるがために魅惑を感じたのでもなければ、またこの詩人の人格の高きを聞き傳へて、全集刊行員の一員となつたのでもない。私はたしかにこの詩人が、以後の日本文學の中に於て、必ず現れなければならぬ大人物だと思つたそれだけである。この人の仕事に關する批評は、今後數多く現れることであらうと思ふが、今はただ私は心ある人々の注意がこの詩人に向ひ、優れた批評の一日も早く現れることを待つのみである。幸ひにいまは、私の尊敬してゐる現代最高の詩人の一人である高村光太郎氏や草野心平氏が、すでに世紀を拔いた詩人としてその光鋩を認められた後であるが、ひとり詩壇にとつてこの詩人が大きさを持つものとは私には思へない。私はこの詩人の全文をまだ通讀する機會には接しないが、外部の格率を破つて奔騰する内面張力や、その朗々たる明朗な律動や透明淸澄な品位の中に傍若無人に横臥し粘着する感覺などは第二として、稀に見る科學と宗教との融合點火に加へて、最も困難な垂直性を持つ生命感の全篇に漲ってゐる特長は、萬葉に似て更に一段の深さをたたへてゐると思ふ。しかしただここに私に一番遺󠄁憾に思はれることは、今少しこの詩人に長生きをしてもらひ、ボードレールのやうに人間心理といふ精神科學の大溪谷の中にも踏み迷ふ冒󠄁險をしてもらひたかつたことである。あまり早くからこの詩人は自然と法則とについて考へすぎた。しかし、この缺點をもしこの詩人から取り除いたなら、宮澤氏の日常生活はあのやうに高貴なものにはならなかつたであらうと思ふ。ここにわれわれの考へさせられる生活と文學との重要な問題が横つてゐるのを感ずる。けれども自然科學を本職とする生活を選び、その生活から詩を抽象した宮澤氏の確實な實踐には、心理の探索などといふものはも早や無用のものであつたのであらう。
私にとつて氏に驚異を感じる第一のものは、この無用を有用とせずして無用とした大膽な覺悟である。ここから氏の宗教は流出して詩となつたにちがひない。チエホフの短篇を、三行で書き得ると豪語した端倪も恐らくこのあたりにあつたのであらう。(昭和九年六月)
***
出典 『覺書』 横光利一 昭和10年 沙羅書店
国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
ここで紹介されていると思われる『宮沢賢治全集』は、インターネット公開はされていません。近くの図書館か国会図書館へ行く必要があります。
宮澤賢治といふ詩人の全集が出る。友人や知己の著述󠄁に序文を書いたり、推薦文を書いたりするときには、それらの人々の述󠄁作そのものよりも、眼に見た日頃の人物の全幅を言外に云ひ現さうとする努力のために、多少とも筆力に誇張を應用させて文章を書かねばならぬ。この心理は筆力が誇張に落ちてゐるそれだけ、筆者の腦裡に膨脹してゐることが多いものだ。しかし、宮澤賢治といふ詩人については、私は生前一面識もなく、また何人なるかも知らなかつたので、この推薦文を書くにあたつても、何らの誇張を用ひる、必要を私は感じない。私はこの詩人が詩人であるがために魅惑を感じたのでもなければ、またこの詩人の人格の高きを聞き傳へて、全集刊行員の一員となつたのでもない。私はたしかにこの詩人が、以後の日本文學の中に於て、必ず現れなければならぬ大人物だと思つたそれだけである。この人の仕事に關する批評は、今後數多く現れることであらうと思ふが、今はただ私は心ある人々の注意がこの詩人に向ひ、優れた批評の一日も早く現れることを待つのみである。幸ひにいまは、私の尊敬してゐる現代最高の詩人の一人である高村光太郎氏や草野心平氏が、すでに世紀を拔いた詩人としてその光鋩を認められた後であるが、ひとり詩壇にとつてこの詩人が大きさを持つものとは私には思へない。私はこの詩人の全文をまだ通讀する機會には接しないが、外部の格率を破つて奔騰する内面張力や、その朗々たる明朗な律動や透明淸澄な品位の中に傍若無人に横臥し粘着する感覺などは第二として、稀に見る科學と宗教との融合點火に加へて、最も困難な垂直性を持つ生命感の全篇に漲ってゐる特長は、萬葉に似て更に一段の深さをたたへてゐると思ふ。しかしただここに私に一番遺󠄁憾に思はれることは、今少しこの詩人に長生きをしてもらひ、ボードレールのやうに人間心理といふ精神科學の大溪谷の中にも踏み迷ふ冒󠄁險をしてもらひたかつたことである。あまり早くからこの詩人は自然と法則とについて考へすぎた。しかし、この缺點をもしこの詩人から取り除いたなら、宮澤氏の日常生活はあのやうに高貴なものにはならなかつたであらうと思ふ。ここにわれわれの考へさせられる生活と文學との重要な問題が横つてゐるのを感ずる。けれども自然科學を本職とする生活を選び、その生活から詩を抽象した宮澤氏の確實な實踐には、心理の探索などといふものはも早や無用のものであつたのであらう。
私にとつて氏に驚異を感じる第一のものは、この無用を有用とせずして無用とした大膽な覺悟である。ここから氏の宗教は流出して詩となつたにちがひない。チエホフの短篇を、三行で書き得ると豪語した端倪も恐らくこのあたりにあつたのであらう。(昭和九年六月)
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出典 『覺書』 横光利一 昭和10年 沙羅書店
国会図書館デジタルコレクション(下の画像も)
ここで紹介されていると思われる『宮沢賢治全集』は、インターネット公開はされていません。近くの図書館か国会図書館へ行く必要があります。
2019年4月5日金曜日
『博士の愛した数式』はオモシロイね。
『博士の愛した数式』を読み終えた。その気になれば2時間ほどで読めそうだが、急いで読むのはもったいない。一日かけてゆっくり楽しんだ。
博士は80分で記憶をなくす。それを知っているが、正常な記憶の人になるべく迷惑をかけないように、控えめな質問しかしない。相手とのコミュニケーションのテーマは数学である。数学を真に理解しているので、記憶に頼らず、数についてはきちんと議論できる。
幅のある線分でなくて、真の「直線」は現実世界には存在しないが博士はそれはこころの中に有ると言う。
現実世界で必要とされる知識の最小限のものをメモにして背広にクリップどめしてある。主人公の家政婦のことも似顔絵(下手な)つきでメモに書いてある。しかし家政婦は毎回靴のサイズや電話番号を尋ねられる。それらの数字にユニークな意味があることを教えられて、家政婦は毎回喜んで同じ質問に答える。
メモだけでなく、大學ノートへの手書き原稿が、「仕事」への重要な支えである。しかし、苦労して成し遂げた難問の証明が、雑誌に受け入れられても、それは過ぎたこととして淡白な態度をとる。自分にできることは本当に小さなことで、人に褒められることとは思っていない。
タイガースの大ファンだが、試合は見たことがない。重視するのは成績の数字である。それと江夏の背番号28。28は2番めの完全数。(一番目は6だ。)家政婦は江夏のレアな野球カードを息子の√とともに捜し出して、プレゼントにする。
ほぼ理想的な頭腦の歳のとり方というべきだろう。
***
ところでオイラーの公式がなぜ好きなのか…どこに書いてあった?
***
映画も小説と同程度に素晴らしい。珍しい例だ。
2019年4月4日木曜日
ALL REVIEWSの本来の使い方は…
桜は満開。ところがいつも花見をしている近所の桜は一昨年大きな枝を切られたため、弱っていて花つきが悪い。数年養生させないと見事な咲きっぷりにはならない。
***
4月末から5月はじめの連休は改元ということで、今年は10日連続になる。毎日が日曜日の私には実は関係ないのだが、世間に合わせて、休暇中の読書計画を立てることした。あるテーマを決めて、数冊の本を読むというのをメインにしたい。テーマは自分の好きな「日記」ということにする。
***
「日記」というキーワードで、ALL REVIEWSの検索機能を使って、候補となる本の書評を出してもらい、100個くらいの書評を読んでみて、面白そうなものを探した。条件としては近所の図書館で借りられるものとする。
この条件を満たすものが幾つか出てきた。ALL REVIEWSでは「カーリル」のボタンが書誌データのところについているので、とても便利である。一時間ほどで以下の三冊を選んだ。この選ぶ作業そのものが楽しい。
そして、すぐに図書館システムで予約した。
これで、読む本についてはかなり安心できる状況となった。この他に連休を利用して、OLD REVIEWS用の書評探しも「スペシャル ツァー」を考えたい。
***
「博士の愛した数式」のビデオを観た。かなり泣ける。泣くのが目的でなく、博士の様子を見て自分の認知症対策に役立つ情報を得るのが目的。なので、本も夕方買い物ついでに借りてきた。『博士の愛した数式』(小川洋子 2003年 新潮文庫)。これを書くに当たり小川洋子は藤原正彦にインタビューしたらしい。
***
4月末から5月はじめの連休は改元ということで、今年は10日連続になる。毎日が日曜日の私には実は関係ないのだが、世間に合わせて、休暇中の読書計画を立てることした。あるテーマを決めて、数冊の本を読むというのをメインにしたい。テーマは自分の好きな「日記」ということにする。
***
「日記」というキーワードで、ALL REVIEWSの検索機能を使って、候補となる本の書評を出してもらい、100個くらいの書評を読んでみて、面白そうなものを探した。条件としては近所の図書館で借りられるものとする。
この条件を満たすものが幾つか出てきた。ALL REVIEWSでは「カーリル」のボタンが書誌データのところについているので、とても便利である。一時間ほどで以下の三冊を選んだ。この選ぶ作業そのものが楽しい。
***長い連休に読む本をいまから手配する。— 遊行期の隠居こと福地博文 (@hfukuchi) April 4, 2019
日記好きなのでまず日記を三冊。
ALL REVIEWSで選びました\(^o^)/
『警備員日記』https://t.co/bfJzr38Cbd
『ゲッベルスと私 ナチ宣伝相秘書の独白』https://t.co/qbzzovzOmD
『戦中派不戦日記』https://t.co/AwYw23CGvN
そして、すぐに図書館システムで予約した。
これで、読む本についてはかなり安心できる状況となった。この他に連休を利用して、OLD REVIEWS用の書評探しも「スペシャル ツァー」を考えたい。
***
「博士の愛した数式」のビデオを観た。かなり泣ける。泣くのが目的でなく、博士の様子を見て自分の認知症対策に役立つ情報を得るのが目的。なので、本も夕方買い物ついでに借りてきた。『博士の愛した数式』(小川洋子 2003年 新潮文庫)。これを書くに当たり小川洋子は藤原正彦にインタビューしたらしい。
2019年4月3日水曜日
国会図書館の「書誌データ」が公開されたので遊びに行ってきた
『世紀の小説 レ・ミゼラブルの誕生』という本が、次回の「月刊ALL REVIEWS友の会」の課題本。そもそも島田歌穂さんがゲストなので申し込んだので、この本は全然読んでない。図書館で借りてきた。読もうと思ったが、よく考えると「レ・ミゼラブル」そのものも、全部通して読んでいないような気がした。子供の頃にダイジェスト版を読んだり、ビデオ映像をみたりはしていたが、たしかに読んでない。老人ボケで忘れたわけではなさそうだ。ということで、青空文庫で豊島与志雄訳を見つけて読み始めた。ちなみに「豊島」は「とよしま」と読むらしい。これも知らなかった。長いので途中で昼寝した。課題本にはいつ取り付けるのか。
***
夕食には三色そぼろ丼を作った。美味かった。が、勢いで飲んだビールのおかげで、おさまっていた花粉症が悪化した。食べながら見ていたテレビでは、鼻の粘膜付近にワセリンを塗ると良いと言っていた。もっともらしいく思ったので、食後にメンタムを塗ってみた。
***
今年(2019年)4月から、国会図書館の書誌データが一般にもアクセスを許されると聞いて、行ってみた。
さっきの『世紀の小説』のデータを、検索してみた。
↓
世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生
デイヴィッド・ベロス 著,立石光子 訳
詳細情報
タイトル 世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生
著者 デイヴィッド・ベロス 著
著者 立石光子 訳
著者標目 Bellos, David, 1945-
著者標目 立石, 光子, 1959-
出版地(国名コード) JP
出版地 東京
出版社 白水社
出版年月日等 2018.7
大きさ、容量等 334,29p ; 20cm
注記 原タイトル: The Novel of the Century
注記 文献あり 年表あり 索引あり
注記 NDC(9版)はNDC(10版)を自動変換した値である。
ISBN 9784560096451
価格 3800円
JP番号 23086872
トーハンMARC番号 33790518
別タイトル The Novel of the Century
出版年(W3CDTF) 2018
件名(キーワード) Hugo, Victor, 1802-1885
件名(キーワード) レ・ミゼラブル
NDLC KR118
NDC(10版) 953.6 : 小説.物語
NDC(9版) 953.6 : 小説.物語
原文の言語(ISO639-2形式) eng : English
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式) jpn : 日本語
*
なかなかいいが、目次のデータはでてこないのかしらん?調べよう。
***
夕食には三色そぼろ丼を作った。美味かった。が、勢いで飲んだビールのおかげで、おさまっていた花粉症が悪化した。食べながら見ていたテレビでは、鼻の粘膜付近にワセリンを塗ると良いと言っていた。もっともらしいく思ったので、食後にメンタムを塗ってみた。
***
今年(2019年)4月から、国会図書館の書誌データが一般にもアクセスを許されると聞いて、行ってみた。
さっきの『世紀の小説』のデータを、検索してみた。
↓
世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生
デイヴィッド・ベロス 著,立石光子 訳
詳細情報
タイトル 世紀の小説『レ・ミゼラブル』の誕生
著者 デイヴィッド・ベロス 著
著者 立石光子 訳
著者標目 Bellos, David, 1945-
著者標目 立石, 光子, 1959-
出版地(国名コード) JP
出版地 東京
出版社 白水社
出版年月日等 2018.7
大きさ、容量等 334,29p ; 20cm
注記 原タイトル: The Novel of the Century
注記 文献あり 年表あり 索引あり
注記 NDC(9版)はNDC(10版)を自動変換した値である。
ISBN 9784560096451
価格 3800円
JP番号 23086872
トーハンMARC番号 33790518
別タイトル The Novel of the Century
出版年(W3CDTF) 2018
件名(キーワード) Hugo, Victor, 1802-1885
件名(キーワード) レ・ミゼラブル
NDLC KR118
NDC(10版) 953.6 : 小説.物語
NDC(9版) 953.6 : 小説.物語
原文の言語(ISO639-2形式) eng : English
対象利用者 一般
資料の種別 図書
言語(ISO639-2形式) jpn : 日本語
*
なかなかいいが、目次のデータはでてこないのかしらん?調べよう。
2019年4月2日火曜日
宴のあとの倦怠感…『萬葉代匠記』まではなかなか読めない
昨日からの「令和」騷ぎは、まだ続いている。典拠とされた『萬葉集』は書店で売り切れて、版元で増刷されているらしい。出版界におもわぬ特需景気か。
太宰府市内の、梅花の宴の舞台とされている神社にも観光客が殺到しているそうだ。
これを機会に国文学に対する一般の認識が高まることを期待したい。こう書くとエラソーだが、私が一般人の代表だ…
でもこれくらいは読んでおかないと…いけないらしい。
***
こちらは、地道に活動を続けなくては…
今朝Twitterで「日本近代文学館」や「神奈川文学館」の存在を再認識した。それぞれ駒場と横浜にある、一度見学してみたい。それぞれのホームページを眺めるところから始めよう。「神奈川文学館」は10年ほど前に、会議で利用したことがある。しかし、肝心な本のコレクションは見なかった(T_T)
***
昼過ぎに旅行の準備で町田にJと行った。それぞれ別の日に別の場所に行く^^;
用事を済ませてデパートに行き、買い物の下見をしたあと、TULLY’Sでコーヒーを飲む。子供連れ用の席しか空いていなかった。でも熊さんがいたのでかえって喜ぶ。
太宰府市内の、梅花の宴の舞台とされている神社にも観光客が殺到しているそうだ。
これを機会に国文学に対する一般の認識が高まることを期待したい。こう書くとエラソーだが、私が一般人の代表だ…
でもこれくらいは読んでおかないと…いけないらしい。
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こちらは、地道に活動を続けなくては…
今朝Twitterで「日本近代文学館」や「神奈川文学館」の存在を再認識した。それぞれ駒場と横浜にある、一度見学してみたい。それぞれのホームページを眺めるところから始めよう。「神奈川文学館」は10年ほど前に、会議で利用したことがある。しかし、肝心な本のコレクションは見なかった(T_T)
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昼過ぎに旅行の準備で町田にJと行った。それぞれ別の日に別の場所に行く^^;
用事を済ませてデパートに行き、買い物の下見をしたあと、TULLY’Sでコーヒーを飲む。子供連れ用の席しか空いていなかった。でも熊さんがいたのでかえって喜ぶ。
2019年4月1日月曜日
「令和」という言葉の典拠でおおさわぎ…私としては「同好の士」が増えて幸せだった
昨日広尾駅のそばの「JOUVAUD」というお菓子屋さんで、お茶をしたついでに買ったお菓子を午後のお茶の時間にいただいた。美味しい。南仏カルパントラとアヴィニョンにある店の菓子のライセンス生産だとか。少し懐かしい。
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新元号が「令和」と決められた。政治的には妥協の産物だろうが、典拠の議論は、他の多くのコトバの典拠論争と同じくオモシロイ。
政府見解は万葉集巻五の「梅花の歌三十二首并に序」からの引用だという。「…初春の令(よ)き月、氣淑(よ)風和み、梅は…」からと。文章引用は手持ちの岩波文庫『新訓万葉集上巻』(佐佐木信綱編 昭和二年)による。
なお、万葉集の電子テキストではここを見つけた。サイト全体の作りこみが、OLD REVIEWSの参考にもなる。ついでに知ったのだが『口訳万葉集』は折口信夫博士が暗記している4500首の解釈を全部口述した。その間資料を見ていないというスゴイお話も聞いた。どうしても「レインマン」を思い出すのは申し訳ないけれど。
元号では初めて日本の古典籍からの引用だとしているが、11時半の発表直後から、Twitterでは様々な意見が飛び交う。「令」の字は、「命令」を思わせるので嫌だというものも多い。手近な漢和辞典にあたってみると、たしかにそう思われても仕方ないだろう。
そのうち、典拠の調べが進み、この「序」は大伴旅人が山上憶良に書かせたものであると言う説が現れた。岩波の『日本古典文学全集』(ジャパンナレッジ)の詳細な註釈をみると、山上憶良が「蘭亭序」を下敷きにして書いたとある。巻五の主役は山上憶良であり、彼の歌風からすると「命令」の意味は出てこないだろう。そこは安心。「蘭亭序」は当然当時の知識人なら暗記していただろう。すると、本当の典拠はやはり中国だ。
もう少ししたら、「文選」のなかの張衡の「帰田賦」がホンマの典拠という人も出てきた。国会図書館デジタルコレクションを眺めるとたしかにそれらしいものがある。まだ、解読していないが…
昔も今も「本歌取り」は文学のあるべき姿と思うし、いちいち穿鑿するのは野暮ではなくて、オモシロイ。政府あるいはこの元号を考えた学者は賢い、誰から突っ込まれても見解の相違としてごまかせる。あたりさわりのない「序」文から漢字を拾い出すのもうまい手だ。これが歌の部分からの引用だと、字義がもっと明確になりその解釈に目くじらを立てる人が多かっただろう。作戦勝ち?
漢字の解釈はどうにでもなる。家康方が大阪方につけた難癖が典型。なのでABさんは気をつけたほうがいい。米国から批難がくることもあるかもしれない。まさか…だが。
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新元号発表で号外を奪い合ったりテレビで一日大騒ぎしたりするのは勝手だが、シゴトのある人は明日から本業に精出してほしい。私は遊行期をめざす隱居老人なので明日以降も「令和」というコトバで遊びたい^^;
もっとオモシロイと思えるコトバが思い浮かぶまでは…
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新元号が「令和」と決められた。政治的には妥協の産物だろうが、典拠の議論は、他の多くのコトバの典拠論争と同じくオモシロイ。
政府見解は万葉集巻五の「梅花の歌三十二首并に序」からの引用だという。「…初春の令(よ)き月、氣淑(よ)風和み、梅は…」からと。文章引用は手持ちの岩波文庫『新訓万葉集上巻』(佐佐木信綱編 昭和二年)による。
なお、万葉集の電子テキストではここを見つけた。サイト全体の作りこみが、OLD REVIEWSの参考にもなる。ついでに知ったのだが『口訳万葉集』は折口信夫博士が暗記している4500首の解釈を全部口述した。その間資料を見ていないというスゴイお話も聞いた。どうしても「レインマン」を思い出すのは申し訳ないけれど。
元号では初めて日本の古典籍からの引用だとしているが、11時半の発表直後から、Twitterでは様々な意見が飛び交う。「令」の字は、「命令」を思わせるので嫌だというものも多い。手近な漢和辞典にあたってみると、たしかにそう思われても仕方ないだろう。
そのうち、典拠の調べが進み、この「序」は大伴旅人が山上憶良に書かせたものであると言う説が現れた。岩波の『日本古典文学全集』(ジャパンナレッジ)の詳細な註釈をみると、山上憶良が「蘭亭序」を下敷きにして書いたとある。巻五の主役は山上憶良であり、彼の歌風からすると「命令」の意味は出てこないだろう。そこは安心。「蘭亭序」は当然当時の知識人なら暗記していただろう。すると、本当の典拠はやはり中国だ。
もう少ししたら、「文選」のなかの張衡の「帰田賦」がホンマの典拠という人も出てきた。国会図書館デジタルコレクションを眺めるとたしかにそれらしいものがある。まだ、解読していないが…
昔も今も「本歌取り」は文学のあるべき姿と思うし、いちいち穿鑿するのは野暮ではなくて、オモシロイ。政府あるいはこの元号を考えた学者は賢い、誰から突っ込まれても見解の相違としてごまかせる。あたりさわりのない「序」文から漢字を拾い出すのもうまい手だ。これが歌の部分からの引用だと、字義がもっと明確になりその解釈に目くじらを立てる人が多かっただろう。作戦勝ち?
漢字の解釈はどうにでもなる。家康方が大阪方につけた難癖が典型。なのでABさんは気をつけたほうがいい。米国から批難がくることもあるかもしれない。まさか…だが。
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新元号発表で号外を奪い合ったりテレビで一日大騒ぎしたりするのは勝手だが、シゴトのある人は明日から本業に精出してほしい。私は遊行期をめざす隱居老人なので明日以降も「令和」というコトバで遊びたい^^;
もっとオモシロイと思えるコトバが思い浮かぶまでは…
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