2019年4月1日月曜日

「令和」という言葉の典拠でおおさわぎ…私としては「同好の士」が増えて幸せだった

昨日広尾駅のそばの「JOUVAUD」というお菓子屋さんで、お茶をしたついでに買ったお菓子を午後のお茶の時間にいただいた。美味しい。南仏カルパントラとアヴィニョンにある店の菓子のライセンス生産だとか。少し懐かしい。


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新元号が「令和」と決められた。政治的には妥協の産物だろうが、典拠の議論は、他の多くのコトバの典拠論争と同じくオモシロイ。

政府見解は万葉集巻五の「梅花の歌三十二首并に序」からの引用だという。「…初春の令(よ)き月、氣淑(よ)風和み、梅は…」からと。文章引用は手持ちの岩波文庫『新訓万葉集上巻』(佐佐木信綱編 昭和二年)による。



なお、万葉集の電子テキストではここを見つけた。サイト全体の作りこみが、OLD REVIEWSの参考にもなる。ついでに知ったのだが『口訳万葉集』は折口信夫博士が暗記している4500首の解釈を全部口述した。その間資料を見ていないというスゴイお話も聞いた。どうしても「レインマン」を思い出すのは申し訳ないけれど。

元号では初めて日本の古典籍からの引用だとしているが、11時半の発表直後から、Twitterでは様々な意見が飛び交う。「令」の字は、「命令」を思わせるので嫌だというものも多い。手近な漢和辞典にあたってみると、たしかにそう思われても仕方ないだろう。

そのうち、典拠の調べが進み、この「序」は大伴旅人が山上憶良に書かせたものであると言う説が現れた。岩波の『日本古典文学全集』(ジャパンナレッジ)の詳細な註釈をみると、山上憶良が「蘭亭序」を下敷きにして書いたとある。巻五の主役は山上憶良であり、彼の歌風からすると「命令」の意味は出てこないだろう。そこは安心。「蘭亭序」は当然当時の知識人なら暗記していただろう。すると、本当の典拠はやはり中国だ。



もう少ししたら、「文選」のなかの張衡の「帰田賦」がホンマの典拠という人も出てきた。国会図書館デジタルコレクションを眺めるとたしかにそれらしいものがある。まだ、解読していないが…


昔も今も「本歌取り」は文学のあるべき姿と思うし、いちいち穿鑿するのは野暮ではなくて、オモシロイ。政府あるいはこの元号を考えた学者は賢い、誰から突っ込まれても見解の相違としてごまかせる。あたりさわりのない「序」文から漢字を拾い出すのもうまい手だ。これが歌の部分からの引用だと、字義がもっと明確になりその解釈に目くじらを立てる人が多かっただろう。作戦勝ち?

漢字の解釈はどうにでもなる。家康方が大阪方につけた難癖が典型。なのでABさんは気をつけたほうがいい。米国から批難がくることもあるかもしれない。まさか…だが。

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新元号発表で号外を奪い合ったりテレビで一日大騒ぎしたりするのは勝手だが、シゴトのある人は明日から本業に精出してほしい。私は遊行期をめざす隱居老人なので明日以降も「令和」というコトバで遊びたい^^;
もっとオモシロイと思えるコトバが思い浮かぶまでは…

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