2019年10月31日木曜日

国会図書館の書籍の全文テキストデーターベース化を望みたい

朝目覚めた後、しばらくは寝床でTwitterやFacebookをのぞいたり、読みかけの本を読んだりする。起床時間になると、大抵はまず用足し。尾籠な話だが、ここでは集中できるので、前夜の夕刊をじっくり読む。夕刊には、暇人向けの記事が多い。今朝見つけたのは、森鷗外の全集未収録の文章が出てきたという記事だ。『新纂診斷學』という1891年の医学書の序文だとか。
思い立って、朝食後、『新纂診斷學』を国会図書館で探してみたら、すぐ見つかった。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/834380



インターネット公開扱いなので、誰でも読める。ただし、森鷗外または森林太郎という名前からは検索できない。彼は序文を書いただけなので。

Internet Archiveや外国の大手図書館の蔵書なら全文検索ができるようだから、このようなことにはならないだろう。
日本でも、古書→OCR→全文テキスト化をもっと行うべきだと思う。大蔵経など、個別のものは出来つつあるので、金をかけさえすればできると思うのだが。クラウドファンディングでやってみるか?いくらくらい掛かるのか、見積もりをしてみたい。

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『きのこのなぐさめ』は、読み終えた。最後の方で、マジックマッシュルームによりみちしそうになるが、なんとか思いとどまったらしい。癒やしという面で考えると、当然のよりみちであろう。
最終的に、作者は100パーセント立ち直ったわけではないが、新しい世界に行動範囲を広げたので、相対的に元気になったし、質の違う楽しみを手に入れたことになる。
この本に書かれた記録は、多くの人の参考になるだろう。そういう意味で大切な本だと思う。
私だったら、きのこではなく、ある種の書籍だったり、昆虫だったり、宇宙の星だったりするかも知れない。

2019年10月30日水曜日

『きのこのなぐさめ』を読みながら『きのこ図鑑』を参照すると10倍オモシロイ

地元自治会の役員をやっているJの補佐で、12月の子ども向けイベントの参加者募集チラシを作成。他の役員さんとも打ち合わせた末、今朝文案が確定したので原稿を最終修正。チラシと配付お願い状とポスター合わせて200枚ほどを印刷した。MacのOSを先週アップデートしたのだが、プリンタードライバーをアップデートし忘れて、いくらか時間をロスした。なんとか昼食前までに作業終了。

このオシゴトのプロセスは10年間変わらず、旧態依然。改善必要だが…

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午後は『きのこのなぐさめ』の続きを読む。夫をなくした悲しみから立ち直る過程で、きのこ(学)に目覚め、まったく新しい世界を体験することにより、再び活力を取り戻す主人公。

なぜ、きのこを選んだのかは不明、夫がきのこの精になって戻ってきたのでもない。きのこが主人公の生活に入り込んでくる。もとの元気を取り戻すのでなく、新しい種類の元気を手に入れる。

このような、事例は珍しいのだろうか。奇跡が起きたのは主人公が若く教養もあるからと言えるかも知れない。多言語の世界に暮しているからかも知れない。一方では、きのこを含む生物の世界には実はこのようなパワーがあたりまえに存在しているのかもしれない。心を開くと、誰にでも起きることと信じたい。

本の読み残りは100ページ弱。明日中には読み終えて、次の予約の方にこの本を読んでもらいたい。

きのこの図鑑も参照すると味わい深い

2019年10月29日火曜日

『きのこのなぐさめ』を読めば喪失感による苦しみが軽減されるだろう



『きのこのなぐさめ』(ロン・リット・ウーン 枇谷玲子・中村冬美訳 2019年 みすず書房)を読み始める。実は最近話題の本だと言う理由だけで読み始めたが、たちまち引き込まれた。午前中で100頁。そして、掟破りながら、最終章も先に読む。

作者はマレーシア生まれの社会人類学者で、ノルウェイで最愛の夫を急病でなくした。喪失感のなかで、「きのこ」に出会う。なぜきのこの採集か、は愚問で、たまたまであろう、というよりきのこが傷心の作者を癒やすために近づいたというのが、正解に近い。

作者はその後「公認きのこ鑑定士」になる。今日読んだのは最初の試験に受かる、そこまで。

「きのこ」を学んで、その精妙な世界の素晴らしさに目覚める過程と、夫をなくした喪失感が癒えていくまでの物心両面にわたる大変な過程が、交互にそして縄をなうように入り混じって語られる。語り口に、悲痛ながらもユーモアが感じられるのは、作者の人柄のおかげだろうし、社会学者として、マレーシアとノルウェイの文化を比べながら書いているからだし、なによりも、「きのこ」という新しい世界に踏み出しているからだ。

きのこの写真やもっと多数の名称がでて来る。昔買ったきのこの図鑑があるので、照らし合わせながら読む。趣が深くなる。

枇谷さんの翻訳は、きっと困難を極めたと思うが、見事に、作者の「なぐさめ」感のある文体を日本語化されていると思う。困難ながらも作者に共感しながら訳されたことと思う。中村さんの約した箇所にはまだ到達していないが、楽しみである。

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『量子の海…』も、少し読み進めた。大学院最後の年。同輩の学生たちに量子論の連続講義を行った。ファウラーも聴衆の一人として出席。自分を追い越した弟子についての感慨もひとしお。(130頁)

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ALL REVIEWSサポートスタッフの仕事を今月はこれまでサボっていたが、書誌編集のチェックを少しだけやった。あと、二日間、もう少しやろう。

2019年10月28日月曜日

ソール・ライターの写真の「差し色」にしびれる

『ソール・ライターのすべて』(2017年 青幻社)、写真集を「読」んだ。




ファッション写真を撮っていた。有名だったが、金の世界に愛想をつかした。
「スタジオだと昼食会ができるから、彼ら(編集者)にとっては快適だったのだ。外で働いていたら昼食会はできないからね。でも私は外で働くのが好きだった。」(30頁)

「私が写真を撮るのは自宅の周辺だ。神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。」(35頁)

「写真を見る人への写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時々提示することだ。」(104頁)
この言葉通り、何気ない場所で何気ない写真を撮るが、それがウェットな美しさを放つ。モノトーンの中の赤い差し色、たとえば赤い傘の色、はしみじみとしてかつ印象的だ。

この本は2017年の展覧会に合わせて作られたが、同じBUNKAMURAで来春に第二回の展覧会がある。また、写真集が出るだろうか。出るとしたらどんな形になるのか。

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『量子の海…』も続けて読んだ。このころ、1925年、「量子力学」という言葉が生まれた。名付け親はボルン。ディラックは「量子力学の基本方程式」なる論文をまとめた。ファウラーはさっそく王立協会に送る。(120頁)
https://royalsocietypublishing.org/doi/pdf/10.1098/rspa.1925.0150

このころ米国からオッペンハイマーがやってきた。(122頁)
大陸ではハイゼンベルグとパウリとボルンとその弟子ヨルダンは協力して研究にとりくむ。英国のディラックは一人で研究を続ける。これが性に合っていた。
1925年ごろの「量子力学」は50名ほどの学者が取り組む「仕掛品」で、完成にはまだ数年かかる。(125頁)

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昨日の朝刊に芦田愛菜さんが書いた文章が紹介されている。我々が本を探すのでなく、本のほうが我々を尋ねてやってくるというもの。私は70年かかってやっとその事に気づいたが、彼女は若くしてこの感想を述べている。おそるべし。


2019年10月27日日曜日

養老先生の『虫の虫』は虫好きだけでなく生涯の趣味を持つヒト向けの本

今朝の林檎は「とき」。色が美しい。本当に鴇色。味も香りも口当たりも良い。


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午前中は、自治会の子供向けイベントの参加者募集を作成。毎年、りんご狩りをやっていたのだが、市内のりんご園のりんごの木が年取った(!)ので、できなくなった。今年は全天周映画鑑賞。「えんとつ町のプペル」だ。チラシの絵は自分で描いてみた。

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午後は、『虫の虫』(養老孟司 2015年 廣済堂出版 )を読む。一気に全部読んでしまった。軽いタッチで書かれている。最初から、ゾウムシが好きなどと書いてあるので、引き込まれた。養老孟司さんは、写真をちょっと撮るだけの私と違って、本格的な虫好きだ。ラオスに何度も採集旅行に行っておられる。37ページのホウセキゾウムシの写真が見事だ。『月刊むし』の2003年5月号の表紙。

この雑誌が見たくなったので、図書館で今年の夏の号を借りる予約をした。2016年以前のはない。どこかで探さなくてはならないだろう。小檜山さんのムックも借りることにした。

最後の方にオモシロイことが書いてある。「人生は決して自分だけのためのものではない。だからといって、他人の評価なんか、求めないほうがいい。そういうものは仕事の結果に「ひとりでについてくる」のであって、ついてこなくたって、知ったことではないのである。」

本を読むのもこんな気持で読まないと、やっていられない。

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WCラグビー準決勝は南アフリカがウェールズを破った。デクラークという小柄な選手のカンのいい動きやちょっと生意気な態度が小気味好い。

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いま、見つけた宇宙論のサイト。素晴らしい。
https://tmcosmos.org/cosmology/cosmology-web/

2019年10月26日土曜日

『量子の海、ディラックの深淵』、大学院生ながらディラックは研究の最前線に

『量子の海、ディラックの深淵』を読みすすめる。手軽な課題ではなく、根本的な研究課題へとどんどんシフトして行く。これが偉大な科学者のしるしだ。(110頁)
新たな奨学金を得て、大学院での研究生活を続ける。推薦者には、ケインズ、カニングハム、ファウラー、ジェームス・ジーンズなどがいる。(113頁)
1925年、ハイゼンベルグの有名な論文の校正刷りがファウラーから届けられる。これに魅せられる。アインシュタインもこの論文には興奮したのだそうだ。(116頁)
まだ、大学院生のディラックはポアソン括弧式を使ってハイゼンベルグの理論を説明し直す。

ディラックの論文は、
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspa.1927.0071
で読むことができる。眺めるだけでも役に立つ。



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図書館でまた、5冊借用。


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毎週土曜朝刊には数ページの読書特集が掲載される。後で読むためにiPhoneで写真を撮っておく。1ページ全体を撮る。新聞を床において、立って撮る。解像度の高いカメラが搭載されている。拡大にたえるので、老眼には嬉しい。

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近所の工事風景。土台がほとんど完成。工事開始以来3ヶ月。

2019年10月25日金曜日

覆麺ラーメンと追加した浅利のディップの旨さに震える全身の細胞

大雨の中だが、前から約束していたので出かけた。

久しぶりのラッシュ時(ちょっと過ぎ)の電車。急行だが座れた。隣の居眠りオジサンが寄りかかってきて、肩が凝った。まあ、睡眠時無呼吸症候群に悩む方かも知れないし、怒るに怒れない。ともかく、毎朝の通勤は皆大変そうだ。

最初に、神保町の覆麺(ラーメン屋さん)に向かう。このために朝食は最小限にしておいた。デフォールトの醤油味ラーメンだが、オプションで浅利の濃厚ディップを頼んだ。(落ち合って一緒に行ったYさんのおすすめ。)



ラーメンは通常通り、美味しいが、浅利のディップが超絶を通り越して、超弩級に旨い。体中の細胞がにわかに活性化する。

このシアワセ感を保持しながら、(口はあまりゆすがない、ガムなどは禁物、)紀尾井町のLodgeに向かう。Yahooさんの社内にあるオープンコラボレーションスペース。われわれボランティアスタッフの勉強会が無料貸出スペースで出来ないのかと相談に行ったが、社内だけの催しでは貸してもらえないとわかった。他社、Yahoo、自社の三方得にならないと、認められないらしい。Yさんが話しているうちに、校閲のイベントで三方得のことができるかもというアイディアは出てきたが、まあ、なんとも言えない。他の企業とのコラボレーションなど、別の用途に使うほうがいいのかも知れない。コワーキングスペース(Lodgeは違うのだが)の施設模範の見学という意味で、勉強になった。お金を随分かけている。

このビルはもとの赤坂プリンスホテルなのだと聞いて、場所の感覚がつかめた。永田町(南北線の)駅直結なので、よくわからなかった。

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大雨の中を帰ってきた。千葉や茨城や福島などではまた川の氾濫や土砂崩れが起きている。

『量子の海、ディラックの深淵』の読書はあまりはかどらなかった。彼の兄上が服毒自殺。詳しい原因は不明だが、この事件により、ディラックが衝撃を受けたことは間違いないだろう。相変わらず、有名物理学者・数学者が登場する。ボーア、ハーディー、ミルン、プランク、ド・ブロイ、ハイゼンベルグ…

2019年10月24日木曜日

ディラックの足跡をたどれば現代物理学の歴史がよく見えてくる

昨日読み始めた『量子の海、ディラックの深淵』(天才物理学者ディラックの伝記)を、少しだけ読みすすめる。あこがれの(でもないらしい、名誉とかそういう世間的なものには興味がなかったのだろう)、ケンブリッジのセント・ジョンズ・カレッジに、奨学金を得て入ったが、普通の顔で過ごす。

最初は学寮でなく、下宿生活。夕食はカレッジの「大広間」でとる。このあたりは、最近読んだラマヌジャンを思い出さざるを得ないが、ディラックは菜食主義者ではないので、普通に食べていたのだろう。ただし、子供時代からの消化不良児なので、豪華な料理はあまりたくさんは食べない。痩せていた。他の学生は周囲と大声で会話しているが、ディラックは黙って座っている。
指導教官、ファウラーはすぐにディラックの才能を見抜く。ディラックも月曜から土曜までぶっ通しで研究に励む。日曜日だけは天気が良ければ散歩した。頭を休めるのが目的。

ケンブリッジでは有名な科学者に会える。たとえば、相対性理論を理解し天文学でも偉大な存在だったエディントン。講義は下手だが、科学に数学的アプローチで取り組む姿にディラックは感動した。そして、ラザフォードも。ラザフォードはエディントンと違い、外交的で現実的。学界のボス的存在だ。

他に、キャベンディッシュ研究所では後に親友となるブラケットやカピッツアにも出会う。

当時のディラックが家族(母親)に、帰省を知らせるはがきはそっけない。用事を簡潔につたえる三行だけ。帰省したディラック家には当時最新のラジオ受信機があり、皆でBBCの番組を聴いていた。94頁。

パブリックドメイン、若いときから額が広かったが、これはもっと後の写真だろう


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思ったほど、読書ははかどらなかった。かかりつけの医院が満員で出直したりしたため。

2019年10月23日水曜日

『量子の海、ディラックの深淵』を読むとディラックの「変人」ぶりがわかる

次に読む本につき迷ったが、『量子の海、ディラックの深淵』(グレアム・ファーメロ 吉田三知世訳 2010年 早川書房)にした。これも図書館本。ディラックの量子力学教科書の美しさに感銘を受けたのを思い出したからだ。(読んで理解したとは言っておりません、念の為。)



ディラック方程式はファインマンの経路積分に影響を与えた、とどこかに書いてあった。1933年にシュレディンガーと一緒にノーベル賞を受賞。このときは波動力学と行列力学の等価性の証明による。

本の前書きによると、ディラックは物理世界を数式でいかに表現するかに興味があり、その応用には興味をしめさなかったという。すごく狷介だったらしい。

その、性格はどこから来ているか、そしてどのように暮したのかに興味があり、この伝記を選んだ。

1902年にブリストルで生まれる。父親はクソ真面目なスイス出身の語学教師。母親はイギリス人。父親と二人だけで食事をするはめになり、厳格な父の前で、食欲不振になる。晩年まで胃酸欠乏による消化不良に悩まされた。ここはすごく気の毒。
当時の庶民の小学校のカリキュラムがオモシロイ。理科がなくて、今で言う技術家庭科がある。製図(三面図など)が得意だった。女性はその時間料理を習った。(なんと!)

1914年(大戦がはじまる年)には中学校にはいるが、やはり技能教育が多い。レンガ積み・漆喰仕上げ・靴つくり・金属加工・製図など。これは、私の場合、中学校で金工や木工や製図や園芸などやったので、懐かしい。ま、イギリスの当時の技術立国のための政策だったのだろう。ディラックは数学や製図の理論などは大得意。でも、技能的な部分は全くダメ。でも、成績はダントツ一番。先生はリーマン幾何学など自習しろと言っていたらしい。ディラックの兄も同じ学校だったが成績が悪く、仲は悪かった。これも、ディラックの性格に悪い影響を与えた。

1919年。大戦は終わる。このころアインシュタインの一般相対性理論の裏付けに、エディントンらの日食観測隊が成功。大ブームとなっていた。大抵の人はわからないが、ディラックは直感的に理解していたのかも知れない。

ここまでで、50頁くらい読了。読書の波に乗れたので、このあとはメモをとるのをやめる。時間がかかるから。

2019年10月22日火曜日

『虫の文学誌』の読書開始そのついでに『蟲と藝術』も読む

『虫の文学誌』(奥本大三郎 2019年 小学館)を読み始める。NHKの1993年、「人間大学」のテキストをひさしぶりに書き直したもの。この間に『ファーブル昆虫記』の全訳をやっておられる。素晴らしいお働きだ。この本の書きぶりは大仕事の後の余裕が感じられる、と言ったらエラそうだと叱られそう。



序文で、さっそく面白そうな参考書の紹介がある。そのうちの1冊『蟲と藝術』(金井紫雲)は、国会図書館ですぐ見つかった。美しい本だ。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1236410


金井紫雲さんの本は『花と藝術』、『草と藝術』など、他にも国会図書館デジタルコレクションで読める。これは楽しみだ。


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今週末に、永田町駅近くのLというワーキングスペースを見学に行くことにした。書評サイトのサポートスタッフ(ボランティア)の研修用に使えないかの検討をしたい。大人数の研修はダメにしても、数人での共同作業には使えると思う。そして、独自のコワーキングスペース立ち上げ計画の参考にもしたい。
同じビルに昔の若い同僚がいるようなので、久しぶりの挨拶もしてくる。
先に、覆麺のラーメンを頂くという楽しみもある。颱風がそれることを祈りたい。