2018年2月2日金曜日

植草熱にかかると回復不可能

 「植草甚一日記」(スクラップブック39 1980年 晶文社)の解説は鶴見俊輔が書いている。植草甚一の戦時中の日記のことを、こう書いている。



 「ぜんぜん力こぶが入っていないのだ。毎日の出来事が普通に書きこまれている。…当時としては、それはあたりまえのことではなかったのだ、私の記憶では。」

 このような「心がまえのことなどほとんど書いていない」、「平坦な文章」は、私にとっても理想である。

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 「植草甚一の研究」(スクラップブック 別巻 1980年 晶文社)の自筆の部分。(166ページ)

 吉田健一の「旅の時間」の一節、「熱いニューヨーク」の記述が紹介されている。

 この「旅の時間」は「コラージュ日記 1 1976東京」でも4月25日のところで紹介されている。これを書き直したのだろう。

 読んでみた。頭が変になるほど熱い街でブラディメアリーをブランチ代わりにして、涼しくなる夜に実質的な食事をするところ。寒い今日このごろに読むのに最適だ(*^^*)



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 さっきの写真、自筆の、必要以上に丁寧な筆跡を見ると植草さんに対する敬意がもっと増す。編集者は泣いて喜んだだろう。

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 植草さんの年譜と、出版されている日記の時期とを対照表にしてみたい。できれば、すべての文章と年譜とを照らし合わせたい。荒正人が漱石についてやったように。トーマス・マン全集の別巻のように。

 これは魅力的な、すごく大きな宿題だ。

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 菩提寺に法事のお願いをFAXで行い、返事は電子メールでもらった。すると、住職のメールアドレスが可愛いので笑ってしまった。罰当たりかしら。でも、「アンジー」って(*^^*)

 

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