2017年3月31日金曜日

来年度のブログはどうするか。

どうしようか一応悩んでみた。
 (1)大先輩のコンテンツ、「定年オーパの四国山日記」を横から紹介する。
 (2)女性天文学者Leavittさんの連載を再開。
 (3)ベートーベン研究。昨年度のマイルス・デイビス研究に呼応。
 (4)他、旧コンテンツを見直して、新しく書き直す。
    例 結晶学。 放送大学の天文学の新科目受講記。
などなど(*^o^*)
ブログを書くことと生活することは一体なので、これが今年度の生き方になる。そして書けば生き方も変わる。

2017年3月30日木曜日

「虞美人草」のクレオパトラはプルタークから

 春の読書、「虞美人草」。冒頭の京都のシーンと並行しての東京のシーン。ここが最も春らしいところと思っています。(アンチ・)ヒロインの藤尾が登場し、男友達(家庭教師)とクレオパトラを論ずる。その一節。

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 女は紫色の着物を着ている。 静かなる昼を、静かに栞を抽いて、箔に重き一巻を、女は膝の上に読む。「墓の前に跪ずいて云う。この手にて──この手にて君を埋め参らせしを、今はこの手も自由ならず。捕われて遠き国に、行くほどもあらねば、この手にて君が墓を掃い、この手にて香を焚くべき折々の、長しえに尽きたりと思いたまえ。生ける時は、莫耶も我らを割き難きに、死こそ無惨なれ。羅馬の君は埃及に葬むられ、埃及なるわれは、君が羅馬に埋められんとす。君が羅馬は──わが思うほどの恩を、憂きわれに拒める、君が羅馬は、つれなき君が羅馬なり。されど、情だにあらば、羅馬の神は、よも生きながらの辱に、市に引かるるわれを、雲の上よりよそに見たまわざるべし。君が仇なる人の勝利を飾るわれを。埃及の神に見離されたるわれを。君が片身と残したまえるわが命こそ仇なれ。情ある羅馬の神に祈る。──われを隠したまえ。恥見えぬ墓の底に、君とわれを永劫に隠したまえ。」(虞美人草 青空文庫版)

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 「箔に重き一巻」は、最初当然シェークスピアの「アントニーとクレオパトラ」かと思い、Kindleで坪内逍遥版をダウンロードして読んでみた。がどうも上記のような記述が出てこない。戯曲なので上記の文章は違うな。




 と、思ったので禁じ手ですが岩波文庫の『虞美人草』(昭和50年 第38刷)で、注(小宮豊隆?)を覗く。すると、素人はシェークスピアと思うだろうが、実はプルタークを引いているとある。

 プルタークもKindleならただで読める。
 早速ダウンロードした。しばらく捜したら、あった\(^o^)/





 こうやって読んでいると、何度でも楽しめるのが「虞美人草」。


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 ところで、昨夜食べた焼肉のタレに香辛料がたくさん入っていて、今朝はいろんな夢をみて目覚めた。夢の中で現役で働いていたときのメンバーが出てきて、いろいろ議論している。

 「ランチマネジメント(=受講者に昼食の案内を上手にすること)」という単語も出てきてくだらないけれど、面白かった。 客が来たのに、探しに行ったプロジェクトマネージャが風邪で休んでいて困っているというシーンも有った。

 もうちょっと娑婆っ気を抜かないといけない。

2017年3月29日水曜日

春の読書は何と言っても「虞美人草」

 春はものの句になりやすき京の町を、七条から一条まで横に貫ぬいて、煙る柳の間から、温き水打つ白き布を、高野川の磧に数え尽くして、長々と北にうねる路を、おおかたは二里余りも来たら、山は自から左右に逼って、脚下に奔る潺湲の響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。山に入りて春は更けたるを、山を極めたらば春はまだ残る雪に寒かろうと、見上げる峰の裾を縫うて、暗き陰に走る一条の路に、爪上りなる向うから大原女が来る。牛が来る。京の春は牛の尿の尽きざるほどに、長くかつ静かである。『虞美人草』(青空文庫版 夏目漱石)

 ある季節をより楽しむために読みたくなる文章がある。
春は「虞美人草」、夏は「魔の山」そして秋は「こころ」。冬は「化学の歴史」(アシモフ)。今でも各季節の典型的な日にこれらを読むことにしている。

 いずれも学生時代の思い出と結びついている。これらをひもとくとすぐに当時の自分が当時のその季節の中で本を読んでいる姿が蘇る。

 花の咲きかけた薄曇りの日には、春を満喫するために「虞美人草」を読む。最初に掲げた京都の風景は一挙に春の世界に気持ちを引き込んでくれる。
 #そして「そうだ京都いこう!」などと叫んでみるが、大学受験時以外にこの季節に京に上ったことがない。
 冒頭の文章のつぎに、藤尾が登場するシーンのほうが春の雰囲気を表現しているようだが、すこし鬱陶しい(*_*)

 明治40年(1907年)に、朝日新聞に連載された。漱石が随分頑張って書いた様子がわかる。

 古い漱石全集の「日記及断片」が手元にあるので、めくってみると、この年の3月28日から漱石は京都に行っている。比叡山にも登ったようだ。6月から新聞連載をしたらしいので、この京都行きは取材に相違ない。






 この全集本は仙台に下宿していたときに近所の古本屋さんで購入した。この巻は大正9年版。最初は電力会社の社員寮の蔵書だったらしい。天金で綴じ糸などはまだしっかりしている。「猫」の巻はかなり傷んでいる。やはり「猫」は人気だったのだ。

 読んでも肩がこらないので、昼寝の友に、筋を知り尽くした「虞美人草」は最適であります。

2017年3月28日火曜日

まだ寒いが桜が咲き、体はほぼ復活\(^o^)/

 昨日、家の前の桜を見たら、数輪咲いていた。遅かったが今年も春が来た。また桜が見られて幸せだ(大袈裟!)

 昨晩は、退院後はじめての飲み会出席。
 看護師さんに言われたとおりに(根が素直なので)、自宅療養を続けながら色々食べる訓練を繰り返して、ほぼすべての食物に関して問題なし。なので、酒とつまみの組み合わせを試すことにした。

 目的のA駅につき、時間に余裕があったのでいつも通りブックファーストに寄る。今回は、NHKのラジオ語学テキスト「まいにちドイツ語 4月号」を購入。トーマス・マン日記を読むためだ。単語だけわかれば読めるだろうとたかをくくって買ったが、やってみると辞書すら満足に引けない。数ヶ月は基礎(常識)を勉強するつもりだ。



 旧友と再会を喜び、入院と手術の顛末を語る。ともかく、体調が治り食欲も回復し人生が明るくなったことを報告し喜んでいただいた。\(^o^)/
 持参した胆石も見ていただいた。これは悪趣味だったかもしれない。

 酒は退院後はじめてだった。ハイボールと熱燗にした。血液検査では中性脂肪が多めなので、本当は日本酒はいけないのだが、久しぶりなので良いことにした。2合程度。

 帰りにT駅の駅ビルでつぶあん入りのお焼きを買ってしまった。禁断の味。でも美味かった。

 今朝までに何も問題は生じていない。完全復活は近い。ベートーベンも聴けるようになった。
 ドイツ語の勉強も楽しみだ。

2017年3月27日月曜日

われわれの命を守るITシステム化を!

 贔屓力士がケガを押して出場し、やはりケガで苦しむ力士を破って優勝!
 人間の大きな可能性に感激はする。しかしどこか釈然としない。そもそも重いケガはしないようなルールや環境(土俵の構造他)の改善はすべきだ。

 話を別方向に持っていく。 
 地上の重力が強すぎるということもある。月の上で相撲をやればケガは随分減るだろう。

 今回、入院して手術直後はベッドの上で動けない状態で一昼夜近く過ごしたが、最大の敵は重力。背中や腰が凝って耐えきれないほどのつらさ。

 軍事に金を無駄遣いするのでなくはやく宇宙開発に金を使って、軌道上の病院を実現させて欲しい。無重力状態で病人の回復は早まるはずだ。

 私の子供の頃の少年雑誌の特集などでは21世紀になる前には実現できると予測されていた。それをしないのは為政者とそれを支持する庶民の怠慢だ。自分たちの首をみんなで締めている。

 入院時にもう一つ気づいたが、電子カルテは各病院では導入されつつある。これは素晴らしい進歩だ。遅きに失した感はあるが。

 いただけないのは、病院間の連携がとれていないことである。紹介状は手書きの手紙である。目を疑った。そして他の病院での検査結果は、私の場合胆管のMRI写真だが、患者自らがわざわざその病院まで足を運んで借り出さなくてはならなかった。

 しかもその病院の場合、せっかくの写真の電子データをCDから、印画紙に焼き付けて保管しており、CDを貸してくださいと請求したのに断られ、巨大な印画紙を何枚も運ぶ羽目になった。CDは破棄したようである(*_*)



 古いしきたりにとらわれて、便利な手段(企業体の枠を超えたITシステム)を使っていないのにはあきれた。人の生死に関わる問題なのに。

 昨今挙げられている問題で政府機関が過去の文書を保管してません、なくしました、破棄しましたというけしからんものがある。政治的に隠すという可能性もあるが、実は本当に電子データや過去の文書をきちんと保管できずに、なくしたと思っていることが何割かありそうである。そうだとすれば情けないことだ。

 カフカの描いた書類だらけの役所の地獄図は、欧米では解消されつつあるようだが、日本ではまだまだ現実なのだろう。

 IT活用に詳しく見識を持った高級官僚や経営者を育成しないと、日本の経済回復などありえない。真面目に考えて欲しい。われわれ納税者や会社員もこれを要求すべきである。

 みなさん(自分も含むけれど)、しっかりしましょうよ!

2017年3月26日日曜日

雨降りなのでドゥルーズでも斜め読みしよう

 稀勢の里ショックでまだ動揺中です。

 「禍福はあざなえる縄の如し」で、これを機会にもっと柔軟な相撲がとれるようにレベルアップしてくれるといいのですが。そうすれば、ケガも少なくなるでしょう。
 今までは生まれつきの強靭な体を存分に活かしていたが、30歳を越したら自分の体は自分でメンテナンスしなくてはならない。彼は百も承知でしょうが。
 
 われわれも、思うような仕事を続けるには身体と心をメンテナンスし続けなくてはならないようです。

 雨の日曜日。iPhoneのKindleアプリでドゥルーズを流し読みする。通常の哲学書なら流し読みは許されないというか出来ない。しかし、ドゥルーズの場合、アプリで斜め読みすることが最適である。



 「つまり労働力の概念は、労働を創造性の対極である保守 管理に変えてしまうのです。」

  ジル・ドゥルーズ.『記号と事件 一九七二―一九九〇年の対話』 (河出文庫) (Kindle の位置No.1014-1015)Kindle 版

 労働力という資本の捉え方と労働の創造性は相容れない。つらいところだ。

 このあとドゥルーズはゴダールを引いて、労働力とか情報とかいういかがわしい概念に駄目を出す。そもそも定まった概念という考え方も否定するので、普通の考え方では取り付く島がない^^;

 とりあえず、面白い読み物としてドゥルーズを楽しんでいるのだが、このままでいいのか。たぶんいいんでしょう。

 彼の本の価格は思ったより高いが、こうした読み方だと何回も読むことが出来る、毎回読み取れることが違うので、安いということも出来なくはない。

2017年3月25日土曜日

100均商品で遊ぶのは面白い

 好事魔多し。

 あべさんは支持率が高いのは自分が偉いからと勘違いして、好き勝手をしようとして今回のていたらく。

 稀勢の里新横綱は(並べるのはお気の毒だが)、やはり絶頂にいたのが思わぬケガ。

 不肖私も、年金+アルバイト暮らしがうまくいくかと思っていた矢先に、思わぬ病気(胆石)で一年近く苦しんだ。もともと少ない体重が20%減。

 雌伏xx年。不遇のときはじっと耐えて、再起を待たなければならない。

 余計なお世話だろうが、あべさんは引退後はどこかの幼稚園の園長さんをやり、右傾化しないようにアッキーに指導してもらうというのが良かろう。

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 最近100均に行って、あれこれ(と言っても2−3品)買うのが趣味化している。主にiPhone関連商品。

 まず、アコースティックスピーカー。材質はMDF。iPhoneを差し込んで、その音を響かせる。電気は使わないので増幅するわけではないが、静かな環境なら(たとえば夜中の寝床)十分実用になる。iPhone4Sと6Pが手元にあるが、意外に4Sの方が音質がいい。筐体がしっかりしているからと思う。ジョブスの功績かもしれない。



 スピーカーは2台あるが1台にはありあわせのニスを塗ってみた。すこし高級感が出た。音はまったく変わらない。

 次は、スマホの三脚ホルダー。スマホを挟んで、写真用の三脚に取り付けるもの。有線リモートシャッターボタンも100均で購入。

 ところで、この100均の三脚ホルダーは以前天尊さんで700円程度で買ったものとほぼ同じ(*_*)



 左が天尊さんで購入したもの。背部の緩衝材があるかないかがちがうだけのようだ。バネやプラスティックの筐体がどちらも壊れやすそうなので、予備として2個あるのはいいとする。俺寛大。

 iPhone6Pのシリコンカバー。持ちやすいように背中に切り込みを入れたが、もっと違う(切り込みの)デザインも試したくて、2個めを買いました。こういうアホな買い方が気軽に出来るのは100均のいいところです。



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 それにしても、テレビ桟敷で楽しみに見ていた新横綱の勇姿が見られなくなるのは残念。本人は今朝は出ると言っているようだが、相撲になるかはギモンだなあ。ケガをしたのは左肩だし。

 十分養生はして欲しいけれど、一方ではすぐ回復して出てほしいというわがままなファン(俺もだ)が多くて横綱も困るだろう。

2017年3月24日金曜日

今日はiPhoneカバーの工作をしました、まる

 森友学園問題はまだ片付かないぞ。国有地不正払い下げへの政治関与もそうだし、そもそもあのようなひどい教育をおこなうことを容認、いや、推進しようとする総理の意志が本質的問題でそれが語られないのは本末転倒。

 ということで、落ち着かずゆっくり勉強できない。

 工作をすることにする。材料は100均で仕入れたiPhone6Pのシリコンカバー。これだけでも役に立つが、外を持ち歩く場合などに、すこし不安定。



 千数百円で売られているような背中に切れ目の入ったカバーを真似してみる。切れ目に指を入れながら片手で保持操作出来るように。

 大体の見当で、油性サインペンでカットする部分を描いた。
 切るにはカッターがいいかと思ったが、意外と固くて曲線的に切るのはムツカシイ。台所用ハサミも援用した。



 なんとか切れた。ストラップも念のため付けておく。



 完成。(サインペンで描いた目印線はあとで消します。)

 指を入れるにはきついが、かえって安定していて良い。Kindleアプリで読書するには最適です\(^o^)/

 ちがうデザインも試してみたい。また100均で材料を仕入れないと。

2017年3月23日木曜日

証人喚問中継に見入ってしまった

 籠池氏への証人喚問の中継を見て午前を過ごしてしまったので、今日のお勉強は中止します。
 午後もまた中継放送を見ることになりそうだ。自民党の籠池証人を「信用できない」人にするという作戦は失敗しそうだ。まったくの嘘を言っているようには見えない。

 昨日、注文してあった葛飾北斎関連本、『百日紅』(杉浦日向子 1996年 ちくま文庫)が届いた。
 驚いたのは、漫画だったこと。迂闊だったとも言える。杉浦さんが以前はマンガ作家だったことをも知らなかった。
 でも面白そうなので楽しみにして読みます。



 『いま生きる「資本論」』(佐藤優)の読書は佳境に入ってきた。池上彰さんは労農派(講座派でなくて)だろうというくだりは興味深い。(142ページ)
 私の義父も労農派だったろうと思っている。そして、自分の好みも。
 葉山嘉樹という労農派作家のことも、小林多喜二と比較して書いてある。(143ページ)
 青空文庫で葉山嘉樹を勉強せよという指令も下った^^;

 159ページの、著者がモスクワで大使館に居たときの代議士接待の話が面白い。そして、カジノでの遊興費を貸したときに、一割を利子としてその場で先に代議士が返す話が傑作。貸金業界では常識らしいが、私には初耳。

 さて、そろそろ証人喚問の続きを見ましょうかね。

2017年3月22日水曜日

何事にも基礎的な事柄の勉強は大切、ところで官僚の皆さんは資本論勉強してるのか?

Sketchpad: A Man-Machine Graphical Communication System の2003年電子版を読む(4)



 第3章、「HISTORY OF SKETCHPAD」システム製作のドタバタな経緯。

 わかり得たことを以下に書き出してみました。難しいところは省略して読みましたし、間違って読み取っていることもありそうですので、参考にしないでください(*^^*)

 1960年にTX−2コンピュータの存在を知り、1961年に本格的にSKETCHPADシステムを作り始めた。ディスプレイやプロッターを接続する。クロード・シャノン教授には最初のうち丁寧な指導を受けた。ミンスキー教授にも励ましていただいた。TX-2は7万語の記憶装置と64個のレジスターを持つ小さなマシンだったが、マニュアル周辺機器との接続性には優れていた。
 1961年初秋にはライトペンで線分を描いたり消したりするプログラムを書き上げた。12月にはシャノン教授に線分だけでなく円を描けなきゃ駄目だし、従来の製図システムをなぞるだけではいけない、革新的なものを作るようにと示唆された。これが要素間の関係情報等のリング型データベースを取り入れるきっかけとなった。
 第2世代のシステムでは整合性を自動的に保つ製図方法を実現し、最小二乗法でエラーを無くすようにした。
 いろいろなシステム欠陥を取り除き、1962年の初夏には新しい製図要件を取り入れやすくした。再帰の手法も取り入れた。結果の写真をうまく取る方法も取り入れた。
 第3世代の(最終の)バージョンが1962年夏には完成した。バグを潰すのではなく、アプリケーションの開発に時間を取れるようになった。橋梁のデザインという課題はまだ未完成だが。


 疲れると『いま生きる「資本論」』(佐藤優さん)を、拾い読みする。
 121ページ。今の官僚たちにはマルクスに関する知識がないので、資本主義の限界がわからない。金融財政政策で全てをコントロール出来ると思いこんでいる。とありました(*_*)

 そのとおりだと思うし、情けない話だとも思う。