2017年8月18日金曜日

「天書 『文字渦』9」を読むには王羲之を知らないと

 いけないだろうと思い、王羲之を調べ(遊びながらですが)始めた。YouTubeで某国公共放送の30分ものビデオを観る。偉い人だったらしい。某国皇帝は彼の真筆と言われているものを珍重するあまり、墓の中まで持っていった。けしからん。

 王羲之はとにかく字を書くことが好きで、常に膝の上で指で字を書く訓練をしていたので、膝の上の衣服が擦り切れていたという。これは真似しないといけない。そういえば高校の書道の浪岡先生もそうしろとおっしゃっていた。天然パーマの浪岡先生。

 ともかく4世紀頃のひとなので、真筆は少ないというより殆ど無い。模写したり(模写とは言わないのかな?臨書?)石碑に彫らせたりしたが、意外なのは石碑は拓本を皆がとるのですぐ碑面が傷んでしまう、風化もするし、石碑が長持ちするとはいえない、ということだ。

 デジタル画像のほうが長持ちしそうだ。1000年以上経ってみないとわからないけれど。



 「書道全集4 中国4 東晉」を出してみる。ほとんど王羲之の書ばかり。臨書しないことには話にならないが、「蘭亭序」は長いので、「快雪時晴帖」(吹雪の後スカッと晴れたときに友人に出した手紙)にしようか?でも書道全集の写真が不鮮明。やはり皆手軽なので拓本とりまくったのだろう。ググると画像はたくさん出てきた。

 松岡先生に訊いたら、教えてくれた。王羲之は心底をなかなか見せない人だと。私としては少し困った。自分で理解しないと。でも書と字で理解するのも面白そうだ。

 そもそも「天書」の寓意を知りたいのだが、修行をつまないとわからないようだ。まいった(^^)

 いろいろ捜していたら、また森鴎外の隷書に出会う。これも臨書してみたくなった。とにかく字が上手いなあ。

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