2022年1月30日日曜日

鈴木大介さんの『脳が壊れた』(新潮選書)を読むのはわけもなく怖いが、私は逃げることはしない

 朝9時 35.6度
21時 36.4度

鼻水はほとんどなし。咳は一時間に一回程度。頭痛はないが多少のだるさはある。

買い物、風呂掃除に加え、昼食と夕食の支度もできるようになった。かなり「健康な人間」らしい生活に戻ってきた。明日はぜひ床上げをしたい。

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鈴木大介さんの『脳が壊れた』(新潮選書)を半分まで読む。自分が将来経験するであろう認知症状がどんなものか知り、対策を検討するのが目的。鈴木さんは2015年に41歳で右脳で脳梗塞を発症、その後高次脳障害と戦う。この本はその凄絶で貴重な記録だ。

60頁。

やればやっただけ回復する」。……諦めた瞬間に一切回復はしなくなる。諦めない限り、回復の可能性はある。これがリハビリの基本精神だ。

ここは、私の(身近な人を通じた)経験からも頷ける。可能な限り早くリハビリは始めるべきだし、療法士の先生の指導で症状が薄紙をはがすようにゆっくり改善していくというのは、全くそのとおりと思う。

失われた機能も、リハビリを適切に行うことにより、脳の中の神経回路が「バイパス」を作って、取り戻せることがある。人間の持つ「回復」力は偉大だ。ただし、問題は脳の受けたダメージの大きさであろう。

100頁。

鈴木さんはルポライターを続けている。

短く意味の通った文章を書くというのもまた、「注意の分散のバランス」が大きく求められる作業。書きたい事……を短い文字数にきれいに収める。これだけのことが

……難しいとのこと。

これは私が今まさに感じていることだ。数年前の自分のブログを読むと、どうもその頃の自分のほうが達意の文章を書いていたような気がしてしようがない。「文章力」をあげようとして書き始めたブログだったが、やみくもに書いても効果がないようだ。別の工夫をしてみようと思う。

103頁。

皿割り現象の真の原因が「集中力の欠如」にあることに気づく。

左手の握力が小さくなっている、それが私自身の「皿割り」の原因と思っていたが、これは考え直したい。たしかに何か理由があるのだろうが、それを突き止めること、改善することはできるのだろうか。

142頁。

話しづらさ、……感情の抑制が苦手になる……注意欠陥は認知症にはよく見られる傾向

これも大いに思い当たる。程度の差はあるだろうが、老化すると誰でもある。気にしないという手もあるが、気づいてしまうと忘れることはできない。要対策。

いずれにせよ、困ることが多いのだが、これらに関して悲観的になることなく、ひとつひとつ正確な認識を持って、対応策と改善策をしっかり考えていくことが大切だと思う。そのための勉強を続けていきたい。

目的の再確認、「健康余命を二倍にふやす」。毎日できるような細かい目標をたてたいものだ。家族全体の心身全体の健康管理も含めて。

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