2018年3月13日火曜日

はじめにコトバありき

 「森のバロック」。柳田の端正な民俗学と熊楠の土俗的な民俗学は、根本的に違う。そのわりには二人は手紙で意思を通じ合うことのできる親しい関係だった。

 立場が違う同士が通じ合うために必要なのはコトバしかも書かれたコトバである。紀州に引っ込んでいる熊楠はコトバで世界とつながっている。

 ただし、二人の書きコトバの文体は全く違う。正反対と言っても良い。

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 今、日本で起きているモリトモ改竄問題は、極めてコトバに関連の深い問題といえる。首相の不用意な(あるいは用意周到な)コトバに、官僚が踊らされて、自ら用意周到に作った書類のコトバを不用意に改竄した。

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 Facebookで紹介いただいた、「司馬遼太郎賞の奥山編集委員 受賞スピーチ」は、日米の行政に関するコトバの取扱の周到さに、圧倒的な差があることを語る。もちろん、米国の公文書保管システムが見事であるのに対し、日本のそれが見すぼらしいということである。これが国力の差ということとしている。

 宗教的なバックグラウンドが違うからかも知れない。「はじめにコトバありき」の宗教の国にはかなわないのかもしれない。

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 いかに「書く」かは、いかに考えるかそしていかに生きるかにつながる。「書き」コトバをないがしろにする社会は泥の中に崩壊していく運命にある。

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 ブログを書くことは個人の生き様に対して重要な役割を果たすだろう、なんちゃって^^; いや本気です。

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 今朝の残月。



 午前中洗車し、車はスッキリした。花粉をすいこみ自分の花はぐちゃぐちゃ。「エントロピー」の増加は止めようがない。


 こんな訃報も…

 南方熊楠顕彰館名誉館長の中瀬喜陽さん死去。

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 図書館の私の本棚がひどいことになってます。





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