2016年12月10日土曜日

大掃除前哨戦たけなわのなか、義父の著書を発掘した


 昨日午後と本日午前をかけて、物置のような部屋を片付けた。狭い場所に荷物が詰まっていて、ワークスペースが少なく、片付けに余分な時間がかかる。
 とくに今年は古本の発掘をやるという目的もかねて作業しているので、途中で昔の本を読みふけってしまい、怒られたりする。

 そんななかで、今朝古いダンボールを開けたら、かなり前に亡くなった義父の蔵書がかなり出てきた。その中にこの本が隠れていた。

 『岩手における転形期の群像』(三浦宗太郎著、昭和37年、盛岡鼓社発行)。

 義父は民主主義活動をやっていたようだが、あまり良く知らない。この本と、一緒に出てきた幾つかの書籍を手がかりに、どんな活動をし、何を考えていたのかを推測してみようと思う。

 実は、退職後はこれを一度やっておかないといけないと思いつつ、生きるための日々を暮らしてしまった。今も状況は変わりないのだが、手付かずにしておくと、間に合わなくなるとの危惧があった。ここで少しでも、形にできると嬉しい。

2016年12月9日金曜日

イメージで考えるのは有効そうと考えたり、写真を活用したいのでまず検索からはじようと考えたり


昨日の雲の映像。随分多くの情報が読み取れる。個人情報は読まないでね。

 『How to Draw Ships and Boats』という子供向けの本を夜中にKindleでみた。これを真似して船の絵をかけそうだ。これからは絵を書けないといけないと思っているから。

 昨日『201 Vintage Boat Travel Posters with Links to Purchase Prints』という、豪華客船による船旅のポスターを集めた本を(やはりKindleで)みた。今だと航空会社や旅行代理店のポスターにあたる。

 ポスターのカタログなので、説明の文章は全くと言っていいほど、ない。しかし、ポスターを眺めていると当時の状況が伝わってくる。文章での情報量よりもこれらのポスターの情報量のほうが多いかもしれない。

 植草甚一先生は、ニューヨークに行く前に、ニューヨークの地図が頭に入っていたらしい。なので、いろいろな本屋さんに迷わず行けたらしい。村田蔵六は(先生じゃない)、蘭書(兵書)を読んで、たとえば歩兵の動きなどを俯瞰図的にありありと頭に思い浮かべることが出来たらしい。これは彼が天才だというわけでなく、物の考え方のコツを彼が自然と身に付けた結果なのだろう。(やっぱし天才か(*_*))

 イメージを媒介にして物事を考えるのは有効だろうと容易に想像がつく。もっと言うと、実はわれわれは具体的または抽象的なイメージを脳の中で操作して考えていると思われる。コトバでは「遅い」のである。

 一般の物理学者は数式で論理を記述し、数式操作で論理を展開するが、天才的(たとえばアインシュタイン)物理学者は、たぶんイメージで、アイディアを考えている。
 ITシステムを記述するのはプログラミング言語だが、ITシステムを構想・デザインするときは、イメージが先行する。説明のためやむをえず、イメージを何らかの形式で記述するが、十分には説明しきれない。

 アニメーション映画「この世界の片隅に」が現在話題になっている。原作者や監督はイメージで考えている。われわれは彼らの作り出した、彼らの原イメージよりは少し不完全な、にもかかわらず素晴らしい映像を観て、自分のイメージを作り出す。

 撮りためた写真が一万枚くらいある。芸術的ではないので、人様の目にはさらせないが、自分としては過去の資料として活用したい。まずは、画像検索ができるようにならないと。写真にキーワードなぞ付けてないし、やろうとしても無理。まずは、Google画像検索でも勉強するか。

2016年12月8日木曜日

年末進行はフリーランスも同じ、いやもっときつい


こいつら気楽そうだな(*_*)

 ブログ書きの仕事前に、フローリングの掃除兼ワックスがけを行った。毎年、12月には大掃除を少しずつ分割して行っている。他には窓磨きや照明器具掃除、換気扇掃除、障子張り(隔年)、片付け、ゴミ捨てなど。

 大掃除を一気にやると仕事に差し支える。特に今年はブログを毎日更新するつもりなので、ある一日に、大掃除作業を集中させるとマズイ。
 さすがに年末年始は仕事をしたくないし、人間ドックもいきたい。すると、ブログ記事を前もって書き溜める必要がある。そのため、仕事量は増える。これを計画的にやる必要がある。一方、自分が風邪をひいたり家族が腹をこわして医者に行く必要があるかもしれない。

 かくして、師走というコトバが現実味を帯びてくる。サラリーマン時代は、会社内で忙しがっていればよかったが、フリーランスはそうもいかない。あまり、真面目に頑張ろうとすると、過労になりかねない。ブラックだと訴えることもできない。経営者で労働者なのは自分だけ。それも体力が毎年落ちていく。

 自分でオールラウンドな調整を行う必要があり、これには頭を働かせる必要がある。「仕事」を計画的にやれる能力があれば、家庭の「仕事」も理論的にはできるはずだ。ありがちな、家人との衝突も会社員時代の上司先輩同僚部下のみなさんとのやり取りに比べれば、易しい(かな?)
 
 ワックスの乾くのを待ちながら、TVをながめると、来年の大河ドラマの関連で「女城主 井伊景虎」の話題を取り上げている。戦闘場面が少ないと面白くないという子供っぽい人もいるが、先年の「花燃ゆ」は好きだったので、今回の大河も期待したい。女性を特別視はしたくないが、社会の中で人間がいかに生きるかを、より鮮明に表現できるのが、このようなドラマと思う。

 さて、ワックスが乾いたので、敷物などをもとに戻します。

2016年12月7日水曜日

アシモフ先生の三冊目の自伝はブログそのものだ


左、アシモフ自伝 右、I, Asimov: A Memoir

 アシモフ先生の自伝的な本はいくつかある。『アシモフ自伝』(昭和58年(1983年)、早川書房、山高昭訳)は4冊もの。原書だと二冊本。64万語だそうだ(*_*)

 『It's Been a Good Life』はアシモフの死後、奥様のJanetさんが、自伝を中心に彼の文章を集め、彼女のコメントを付したもの。彼女も実は作家だった。なんとなく、辻邦生夫人のことも思い出される。

 そして、『I, Asimov: A Memoir』は『アシモフ自伝』のあと、彼が亡くなる直前まで書かれた、「三冊目」の自伝。『アシモフ自伝』は年代を追って書かれているが、これは、個々の事柄や人ごとに書かれた166個の短い文章を集めた自伝である。
 このような構成なので、英語で読んでも、非常に読みやすい。もともと、アシモフの文章はやさしく書かれているし。結構分厚いペーパーバック版を、二回通読できた。ドヤ(^_-)

 最近自分のブログの題材を集めることに熱中している。それより早く書きなさいというおしかりが来ないので、まだここにこだわっている。題材をストックしておけば、今のような自転車操業(その日のブログをその日に書き下ろす)から、あらかじめブログ記事をいくつも書いておくスタイルにできると思うからである。

 ということで、今朝も風呂に入っていて、アシモフの自伝を思い出した。『I, Asimov: A Memoir』は人と事物を主題とした短文の集まりである。個々の文章のテーマは、自伝的ブログの題材の大きな参考となる。

 たとえば、「神童」、「私の父」、「母」、「姉」、「宗教(ユダヤ教)」、「名前」、「図書館」などなど。アシモフはこれらについて饒舌をふるう。


 よく考えると、この本は、アシモフにとってブログそのものだ。1,2ページの短い文章の集まりであるが、現代なら、アシモフはこれをブログとして発表したにちがいない。読者の立場としても、ブログ形式のほうが、一冊の本になっているより、ある主題について素早く読もうとするときに便利である。もちろん通読したいファンは一冊にしたものを購入するだろう。


 私としては、このブログをいつか本の形にしたいと思っていたが、ブログ形式のままでもかまわないかなと思いはじめた。

 問題点は、ブログのバックアップと、永続性である。これはこれから検討する。その結果もブログ記事になるではないか\(^o^)/
 

2016年12月6日火曜日

トンカツと朝風呂でブログ題材のストック増加

 昨夜は6ヶ月ぶりのトンカツを、1人前の8割位たべられた。胃のもたれ感はたいしたことない。今日からビールを試してみる。回復してくると病気もいいもんだと思える。体質が変わって生まれ変わったような新しいいい気分。\(^o^)/

クリスマス。アドベント。去年の福引であてたポインセチア。

 忘年会のおかげで、ブログ記事の題材候補が昨日からどんどん出てきている。今日の朝風呂の中で思いついたアイテム。 

(1)昔はよかった四季折々のいい気分状況(冬、春、夏、秋)
(2)こどもだったけれど忘れえぬ人々シリーズ(eg.T内さんと手芸と母と兄、おまわりさんのXXさん(あとで思い出す)、大工さん)
(3)家庭電化製品が家にやってきた(電話、トースター、冷蔵庫、電気釜、洗濯機、TV)
(4)人間の記憶の容量は1PBという記事がある。科学的に考えるべし。仮説だから。
(5)寝床になぜ本を持ち込むのか、読まないのに(*_*)
(6)外国語との戦いはやめてゆるくたのしくコミュニケーションすべきと悟ってきた今日このごろ。年のせいか?
(7)芭蕉は知っていても読んでない、なんとかせい。

 もっと風呂に入っていれば、いくらでも出てきそう。でもカラスの行水なので、7つくらいでやめた。お、もう一つ出ました。

(8)家庭風呂の入り方、あるべき姿(なんてあるのか)と癖。銭湯との関連。

 これらを自分の記憶と心のなかに深くダイビングして発掘し書き出す。待ちきれないが、少しずつ書くのが吉。

 (7)ですが、芭蕉を読んでないので、読むことにした。てはじめは、青空文庫。検索機能が便利。Kindleに落として読む。たとえば、芥川の『芭蕉雑記』『続芭蕉雑記』、島崎藤村の』『芭蕉』。寺田寅彦『連句雑俎』。

 そして、本棚ジャングルから救い出してきた『芭蕉庵桃靑』(中山義秀、1975年、中公文庫)も時間がかかりそう(ムツカシイ)ながら読む。
 並行して「芭蕉七部集」も読み、俳書もいくつか読んでおきたい。

 こうして毎日が過ぎていくがこれでいいんでしょうね。

 書いているうちにFacebookのぞいて、次の題材見つけました。追加!
(9)スエーデンなどの社会民主主義の評価

2016年12月5日月曜日

ブログの書き方にも影響する、すごい忘年会コミュニケーション

 一昨日の忘年会で、私は最近ブログを毎日書いていると報告。なぜ?との無言の質問に、「将来、自伝として読んでもらえればいい。紙の日記より、人の目に触れやすい。」と言ってみた。
 思いつきの発言だが、こういった場で他の人と会話をしていると、思いがけなく、アイディアの種子となるコトバを発してしまうことがある。潜在意識が言わせているのかもしれない。

 昨夜、これについて考えてみた。

 自伝とするには、最近のブログ記事の内容は読書記録に偏りすぎている。ブログタイトルを「読書日記」に変えたためであろう。
 タイトルにこだわらず、なんでも書くことにしたい。
 たとえば、
(1)旅行にまつわる話。いくつか旅行日記は過去に書いたが、事実と創作を混ぜても構わない。過去に遡る。修学旅行もいい。
(2)昔通った、そしてもう殆ど消えてしまった、映画館の思い出。
(3)おもちゃの記憶。
(4)先生シリーズ、特に小学校の。
(5)昔の書店、図書館の記憶。
(6)自宅内古本発掘記録。これは相当書ける。
などなど。自分用百科事典とすれば、題材には事欠かない。

ゆかりのある家の壁の壁画(これも調べて書く必要アリ)

 そんなの誰が読むのと言われても構いません。自分が読む。現にこのブログの過去の記事は自分で読んで楽しんでいる。描いた内容はほとんど忘れているからだ。

 寺田寅彦先生の『連句雑俎』はようやく読み終えた。連句を考えていくと、そもそも人間はどのように思考するか行動するかという、根源的なことに、思いがいたる。自分が現在おかれた場のなかでどのように考え行動するかといったこと。

 学校の役割は、このようなことをいかに行うかを訓練することにあると思う。

 随想風に、つまり知識の記述でなく、いかに考えているか、今後どうするかを記述する。こんなこともブログにかければ素晴らしい。\(^o^)/

 書くことにより、自分自身の生き方が、より良い方向に変化する。

 次の忘年会は、来週。また、新しい生きるヒントが得られそう。うれしい。これも体調が回復しつつあるからだ。ありがとう、体調さん。

2016年12月4日日曜日

忘年会で会話するとまた勉強したくなる

 昨夜は老人有志の忘年会、「昭和酒場研究会2016年末忘年会」を実施。6名参加。盛況です。
 「くるまだ」さんという、最近吉田類先生があるTV番組の取材で訪れた店。グウゼン行ったのだが、なかなか良いお店です。番組のページリンクを貼り付けておきます。都電荒川線で行くと情緒満点。下車駅は熊野前。



 この会は「清談」を旨とする会なので、いろいろためになる話が(も)聞けます。そして、なにより、今後のベンキョウのためのヒントが得られる、貴重な会です。
 私は、次のようなことを得て戻ってきました。
(1)社会主義と共産主義の相違は。そして社会主義の未来を考えるべし。
(2)幾つかの本を紹介してもらう。「流転の海」、国木田独歩、「海賊とよばれた男」、永六輔(家族の糸は無理にほぐすと家族がばらばらに…)、「逝きし日の面影」
(3)自然とのつきあい(虫に鳥に野菜)
(4)数値目標にとらわれない暮らし
(5)各種養生法

 消化不良を中心とした体調不良もかなり良くなり、牛肉も煮たものではあるが、三四切れ食べられたので、ハッピーになりました。「くるまだ」さんの料理が上手だったせいもあります\(^o^)/

2016年12月3日土曜日

忘年会を迎えられる幸せ、連句はオモシロイがムツカシイ

ベランダのマンリョウ(ヒヨドリが植えていった)が真っ赤になった


 今夜は忘年会(その1)に出席します。今年は5回ほど出る予定。

 会社をやめてからは、おとなしい会ばかりである。つまり、かくし芸もいらないし、福引もないし、あわない上司に酒をつぎにいくこともない。(このあたり昭和の薫りがぷんぷん(*_*))
 本来の、年忘れの会が楽しめるようになった。しみじみと酒を飲み、会話を楽しむ。

 連句の勉強を続けている。芭蕉一門の連句集は、なかなか芸術的、理解するには教養が必要だ。一方、すこしだけ眺めてみた蕪村一門の連句は庶民的。カラオケの選曲の参考にはこちらがいいのかもしれません。
 
 『連句雑俎』(寺田寅彦先生著、青空文庫)も読み進める。連句を複数人でまとめ上げるには、各メンバーが世間と人間に関する理解を持っていないといけない。修行がいる、とのこと。
 われわれの老人カラオケ会なら、この点は大丈夫だ。

 これから、今日の忘年会の宿題「ゆくとしくるとし」をA4一枚でつくらなければならない。頑張ります!

2016年12月2日金曜日

学部で自分は何を学ぼうとしたのかをいまさら知ろうとしている、楽しいアホらしさ


金(Au)の格子構造、面心立方格子のつもり\(^o^)/


 X線回折で、金属結晶の格子間距離を測定する、という卒業実験の意味を考えた。その基礎的な理論構成も、このページをみたらわかった(思い出したといいたいが(^O^))。実験のベースの理論はわかってきたが、そもそも結晶とはなにか、とか、なぜ結晶を勉強しようとしたのかがよくわからない。

 マヌケな話だが、それだけレベルも意識も低い学生だったのだろう。当時の大学では、まず2年間の教養部というのがあり、私は3年間でなんとか教養部を脱出。学科と研究室を選んだはずである。

 その研究室には渡辺先生というエライ教授(でもみかけは優しそう)がおられ、助教授や助手や教授秘書の方々や、先輩にあたる、修士・博士課程の方々も皆できそうで、正直言って最初は、無知な自分が恥をかきそうでオソロシかった。すぐ恥をかくのには慣れたけど。

 この研究室では、何が研究されていたのか。当然ながら、思い出せないので、当時の学部の学生便覧(捨てないでよかった)を発掘してきて、読んでみた。

 「理学部物理学第2専攻、回折結晶学・X線電子線光学学科、研究内容 塑性物理の電子回折・X線回折法による実験的研究」とある。ムム、ムツカシイ(*_*)

 塑性とは金属などが力を加えられて伸びたり変形したりすることを言うらしい。金属や合金の物性を探ろうということらしい。
 電子線光学とあるが、これはいわゆる電子顕微鏡と呼ばれるものを使って、金属の細かい物性を探ろうとしていたわけだ。

 研究室選びには各研究室がデモンストレーションをしてくれたのだが、そのときに電子顕微鏡で撮った金属薄膜の電子線回折写真をみて、そのウツクシサに、クラクラしたのが、ここを選んだ大きな理由だったのを思い出した。

 今となってみるとオモシロイので、もう少しこの辺の学問領域を調べてみたい。使っていた装置は安いのでも数千万円以上らしいので、買えない。書籍も高いので買えない。装置は何かの機会にメーカーのデモを見ればいいだろう。
 書籍は借りる。どこかの大学の図書館に潜り込めればいいが。東工大など近くていいなあ。
 あとは、もう始めたが、インターネットというつよい味方がいる。これは昔はなかったぜ。

2016年12月1日木曜日

ラウエとX線回折とマンホールの蓋と日記には書いておこう

 ブログを毎日書くようになってから1ヶ月半たった。手書きの日記を書くのはその間お休みしている。ブログ記事のタイトルを転記しておこうと思っているが、まだやっていないので、空白のページが続いている。なんだかやましい気分。



 日記は、自伝を書くための、材料(ワインバーグ先生の言う自然石)の貯蔵場所だ、と考える。すると、手書き日記よりも参照しやすいブログが適しているかもしれない。

 最近ハマっている寺田寅彦先生の随筆。ベルリンでラウエ先生に会ったという記述を読み、にわかに、自分の学生時代にやった実験を思い出した。できの悪い学部生の卒業実験なので、今考えると、随分幼稚なことをやっていたとも思う。しかし、道具立てはいろいろ立派だったようだ。ラウエ先生の始めた、そして寺田先生が日本でも始めたX線回折の原理を使い、金(金属Au)の極超低温(液体ヘリウムで試料を冷却)での原子間距離を測定するというもの。ほぼ指導教官(当時助手をしておられた寺崎先生)に、教えられるままにやっていた。

 卒業前には、普段練習していた液体窒素でなく、高価な液体ヘリウムを使って、原子間距離を測定し終えた。

 純金は金属状態なら簡単な結晶構造をとっている。(面心立方格子構造だったかな。)粉末化した金にX線ビームを当てると、干渉を起こし、ビームはある方向に散乱される。この散乱の角度を測定すると、簡単な式に当てはめて、原子の格子間距離がわかる。試料を冷やしてやると温度変化とともにビームの角度が変わり、したがって格子間距離も短くなっていく。
 装置が複雑なわりには単純なことを実験していたことになる。でも、粉末試料を試料用プレパラートに塗りつけることとか、液体窒素を汲んできて装置を冷やすとか、面倒なことがたくさんある。

 今回、この実験を思い出し、「簡単な式」を思い出したが、その式の意味や導出の仕方を忘れてしまっていた。というより、当時は教科書の記述を鵜呑みにしていたと思われる。

 昨夜、YoutubeでX線回折の原理のビデオを捜して、2,3視聴してみたが、なるほど、わかりやすいというものがあった。シンガポール大学の教育用ビデオである。
 当時、これがあればもっと、楽しく実験ができたし、ひょっとすると学校に残って勉強を続けたかもしれない。と少し甘酸っぱい気持ちがしてきた。要するに甘えだが。
 
 今度は、興味を持って、X線回折や固体物理学の勉強をしてみたい。教科書を紐解くだけでなく、いろいろな情報源を使って。

 そして(X線回折とは全然関係ないが)、日本マンホール蓋学会、というページを発見したので、ここを起点にいろいろ情報を仕入れながら、散歩の時マンホールの蓋を鑑賞することも始めたい\(^o^)/
 交通事故には気をつけよう。