2019年8月14日水曜日

OLD REVIEWS試作版第二十三弾…『最新女子陸上競技法』(人見絹枝)自序


こんな事はわけなく出來る、自分の思ひのまゝをペンで表したらいゝのだからと思つたのが大間違ひでいよいよ書き出して稿をすゝめてゆくと色々な面倒が起󠄁って困つた。書き出す動機には色々ある。『近頃體育に關係した特にスポーツに於ける雜誌及書籍はとても多く發行されて居るが女子のみときめられた物は數える程でしかもそれは男子の方があまり女子を弱󠄁く見た爲か小供のする樣な方法で少しもその眞底迄つき入った研究と體驗のない爲一寸指導󠄁者及び競技者に滿足を與へる事がうすい樣に思はれてならなかつた。そこで私は大家の女性に對する大書を發行してほしいと思ふ反面自分の無經驗、無智を反省もせずに稿を起󠄁して見たのである。いよいよ出來上つて見ると内容の平凡なのに驚いて今一度書き直そうと思ったが發行の時日と各方面でいそがれる爲にそのまゝに殘念ではあつたがする事にした。挿入の寫眞は女子のもので滿たそうとしたが、女子の之と云ふ完全なホームのない爲不調和とは思つたが世界一流の男選手の姿で埋め合す事にした。本文の諸規則は大正十四年十二月改正の最も新しいものを入れて置いた。

此の本全部を通󠄁して自分の經驗が八分書物による研究が二分と云っても良い位なので讀者皆樣の頭にどんな感じを致すか………反って惡い結果を與へはしないかと心配して居るがその所は小者私事をお導き下さらん事をおねがひして止まない。もし現今流星の勢ひですゝみゆく女子競技界に少しでもお役に立てばどんなにうれしい事だらう。………小書發行に色々お骨折下さつた野口、高見深、兩先生に厚く御禮を申し上げる次第である。又文展堂の御主人のかくれた大きな御骨折、光有館の御主人,印刷所皆さんの御骨折も著者をしてどんなに心うれしくその進行をはげましてくれた事かと御禮申すわけである。

又恩師二階堂トクヨ先生の御はげましの言葉も忘れ得ぬ思ひ出である。出版の喜びと共に右皆樣の御骨折を厚く感謝する。
一九二六、四、一五
武藏野に春たつ頃
人見絹枝識るす

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出典 最新女子陸上競技法 人見絹枝著 1926年 文展堂書店 
国会図書館デジタルコレクション


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人見絹枝はこのあと、1928年にアムステルダム・オリンピックで、銀メダルを獲得。
その前後に、国内外で素晴らしい記録を、各種競技で出していた。この本にも陸上競技全般に関する文章が満載されている。1931年、過労がたたり、病没。24歳。

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