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2021年4月13日火曜日

『文学論』を手軽に読む工夫

4月12日の朝日夕刊第2面。「凄腕仕事人」の記事の末尾、過去のカタログと引き出しに整理したネジ類の記述に感心した。これぞ「索引」の極致。「竹折さん」の頭の中の索引を後進のために見える化。示唆に富む。朝日新聞デジタルでスクラップしておいた。そのコピーはPC中に納めた。

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今朝、メルマガ巻頭言原稿を最終稿とする直前に、記事テキストをiPhoneで読み上げ処理させてみたら、うっかり見逃していた記述ミスをひとつ見つけた。様々な角度でチェックすることは大事。こういう技は以前から(校正をしていたときに)知っていたが、きちんと応用しないといけない。

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昨夜寝る前の読書。『はじまりの漱石』。面白い。

40頁。「文学論序」の耐乏生活のレトリックには注意深くあれ!と。実は栄養も取っていたし友人付き合いも活発だったのか。レトリックを針小棒大に解釈する、要するに誤解する我々読者がいけないだろう。

ともかく、『文学論』そのものも普通の本のように気楽に読み通してみたい。一方、気楽に読めないのは、『文学論』の論旨に関係しそうだ。文学を楽しみに読むだけでなく、文学は人間社会にとってどんな意味があるのか、留学中から研究したことを学生に講義したので、当時の学生だけでなく、いまの私も当惑する。しかし避けては通れない話題だ。このことのスケールを小さくすると、印象書評でなく、同種の本と相対的に比較したり執筆テクニックも問題にせよという議論にもなる。

『文学論』を少しでも読み進めるためには、ハンディな形態の本(電子図書)が必要。文庫本を買いたいが金がないので、Kindleで国会図書館の全集本を読むことにした。書き込みもなんとか出来る。従来から持っている全集本に書き込みをまとめても良い。Kindleなら寝床でも読める。

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1883297


2021年4月10日土曜日

今度こそ漱石の『文学論』を読むきっかけがつかめそうだ


服部徹也さんの『はじまりの漱石 『文学論』と初期創作の生成』を三軒茶屋の図書カウンターで借りてきた。一年半ほど読みたいと思っていた本だ。

あとがきを読む。

383頁。

漱石の『文学論』……複数の研究者が注目している第四編第八章「間隔論」から読み進めてみると、意外にもすんなりと読み進めることができた(はじめから読まないほうがよい本もある)。

『文学論』では何度も「挫折」しているので、これは有望な示唆である。さっそく第四編第八章から読んでみることにする。そして読めるようなら、『マルジナリアでつかまえて』で山本貴光さんが言っている通り、手軽な文庫本も入手したい。この本の性格上電子書籍も援用するのがよさそうだ。一方、書き込みをしながら読むには紙の本が良い。全集本はあるが、重くて取り扱いが不便。

山本貴光さんによるとPILOTのHITEC-C 0,25mmレッドも必要だそうだ。書き込みのためだ。

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同じく三軒茶屋で借りてきた全集本(岩波書店 第29巻 昭和48年)の斎藤茂吉の「日記」も目を通す。科学者風の記述やスケッチも入っており、読み物として面白そうだ。

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ピコ太郎と遊びすぎて、肩が凝り、腰が痛い。体重が7.5キロあるのに、長時間抱いていたためだ。快い疲れでもある。



2019年5月11日土曜日

なんとか「文学論」がまとまった…めでたい

漱石 「文学論 序」の続き…

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留學中に余が蒐めたるノートは蠅頭の細字にて五六寸の高さに達したり。余は此ノートを唯一の財産として歸朝したり。歸朝するや否や余は突然講師として東京大學にて英文學を講ずべき依囑を受けたり。余は固よりかゝる目的を以て洋行せるにあらず、又かゝる目的を以て歸朝せるにあらず。大學にて英文學を擔任教授する程の學力あるにあらざる上、余の目的はかねての文學論を大成するに在りしを以て、教授の爲に自己の宿志を害せらるゝを好まず。依つて一應は之を辭せんと思ひしが、留學中書信にて東京奉職の希望を洩らしたる友人(大塚保治氏)の取計らひにて、殆ど余の歸朝前に定まりたるが如き有樣なるを以て、遂󠄂に淺學を顧ず、依托を引き受くる事となれり。

講義を開く前には如何なる問題を擇ばんかと苦心せるが、余は今日文學を研究する學生に取っては、余が文學論を紹介するの、最も興味多く、且時機に適せるを感じたり。余は田舍に教師となり、田舍から洋行し、洋行から突然東京に舞ひ戾つたる人間なり。當時わが中央文壇の潮流が如何なる方面に動きつゝあるかは、殆ど知るべくもあらず。去れど摯實なる勞力に因って得たる結果を最も高等なる學問を修めて、未來の文運を支配する靑年の前に披瀝するは余の最も光榮とする所なるを以て、先づ此問題を選󠄁んで學生諸子の批判を仰がんと決意せり。

不幸にして余の文學論は十年計畫にて企てられたる大事業の上、重に心理學社會學の方面より根本的に文學の活動力を論ずるが主意なれば、學生諸子に向つて講ずべき程體を具せず。のみならず文學の講義としては餘りに理路に傾き過󠄁ぎて、純文學の區域を離れたるの感あり。余の勞力はこゝに於て二途に出でたり。一は纒まらぬものを既に蒐集せる材料にて、ある程度迄具體的に組織する事なり。二は略系統的に出來上がりたる議論を可成純文學の方面に引き附けて講說する事なり。

身心の健康及び使用時間の許さぬうちに在って、此兩者を能くし得たり、とは決して思はず。されども其企てが如何なる事實となってあらはれたるかは、此書の内容の證明する所なり。講義は每週三時間にて、明治三十六年九月に始まつて三十八年六月に渡り、前後二學年にして終る。講義の當時は余が豫期せる程の刺激を學生諸子に與へざりしに似たり。

第三學年にも此講義の稿を續くべかりしを種々の事情󠄁に遮られて果たさず。已に講述󠄁せる部分の意に滿たぬ所、足らざる所を書き直さんとして又果たさず、約二年の間其儘にて筐底に橫たはりしを、書肆の乞ひに應じて公にする事となれり。

公にする事を諾したる後も、身邊の事情󠄁に束縛せられて、わが舊稿を自身に淨寫する暇さへ見出だし得ず。已むを得ず、友人中川芳太郎氏に章節の區分目錄の編纂其他一切の整理を委托す。

中川氏は此講義のある部分に出席したる上、博洽の學と篤實の質をかねたれば、余の知人中にて、かゝる事を處理するに於て最も適當の人なり。余は深く氏の好意を德とす。苟も此書の存せん限り、氏の名を忘れざるを期す。氏の親切によらずんば、現在の余は遂󠄂に此書を出版するの運びに至らざりしならん。況や中川氏他日若し文界に名を成さば、此書或は氏の名によって、世に記憶せらるゝに至るも計るべからざるをや。

以上述べたる通り、此書は余の熱心なる勞力によって組織せられたるものなり。但十年の計畫を二年につゞめたる爲(名は二年なるも出版の際修正に費やしたる時間を除いて實際に使用せるは二夏なり)、又純文學學生の所期に應ぜんとして、本來の組織を變じたる為、今に至って未成品にして、又未完品なるを免れず。去れども學界は多忙なり。多忙なる學界に於て、余は他より一倍多忙なり。足らざるを補ひ、正すべきを正し、繼ぐべきを繼いで、然る後、世に問はんとすれば、余が身邊の狀況にして一變せざるよりは、生涯の日月を費やすとも遂󠄂に世に問ふの期はあるべからず。是れ余が此未定稿を版行する所以なり。

既に未定稿なるが故に現代の學徒を教へて、文學の何物たるかを知らしむるの意にあらず。世の此書を讀む者、讀み終りたる後に、何等かの問題に逢着し、何等かの疑義を提供し、或は書中云へるものよりも一步を進め二步を拓きて向上に路を示すを得ば、余の目的は達したりと云ふべし。學問の堂を作るは一朝の事にあらず、又一人の事にあらず、われは只自己が其建立に幾分の勞力を寄附したるを、義務を果たしたる如くに思ふのみ。

(続く)
***
出典 
『漱石全集 第八巻』大正9年 漱石全集刊行会

***
あとがき
未完成ながらも、「文学論」を出版したいきさつ(悪くいうと弁解)が書いてある。結果としてはこの機会(本人は嫌だと言う大学での講義)がなければ、「文学論」は出来なかっただろうから、良かったということになる。「義務を果たした」という感想はもっともであろう。

***
昨夜Twitterで紹介していただいた、「青空文庫作業マニュアル【校正編】」は参考になる。チェックするポイントがまとまっている。
ただし、青空文庫ではストイックに機種依存文字を排除しているが、私は読み易さを考えてUTF-8でいいことにする。

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昨夜のケーキを今日も食べた。

2020年3月29日日曜日

沼野充義先生の最終講義で言及された本のリスト(第2版)

昨日の興奮がさめやらぬまま、メモ形式で作ってみました。
遺漏があれあばご指摘くださいm(_ _)m
(ビデオはまだだれでも視聴できます。以下からたどってください。
https://allreviews.jp/news/4330)



まず沼野充義先生の本。

『チェーホフ――七分の絶望と三分の希望』
https://allreviews.jp/review/2078

ここでためし読み出来ます .
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000189427


『徹夜の塊3 世界文学論』
近刊
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784861828010

『ユートピア文学論―徹夜の塊』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000004054256-00

『徹夜の塊 亡命文学論』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000003065069-00

『ソラリス (ハヤカワ文庫SF)』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I026282189-00

(後記:これももうじき出そうですね。)
『ハーバード大学ダムロッシュ教授の世界文学講義: 日本文学を世界に開く』
https://www.amazon.co.jp/dp/4130830805/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_jx.GEbCXM4TK9

プーシキン
『プーシキン全集 3 (民話詩・劇詩)」(「ペスト流行時の酒もり」)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001270641-00

チェーホフ
『サハリン島』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000010543940-00
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000945660-00

村上春樹
『1Q84 BOOK1前編 (4月-6月)』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I023491741-00

『東京するめクラブ 地球のはぐれ方 』(文春文庫)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000009348428-00

『1973年のピンボール』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001461395-00

カート・ヴォネガット・(ジュニア)
『スローターハウス5』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001398952-00

大江健三郎
『幸福な若いギリアク人』(1961年)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000226768

おまけ
村上春樹のロシアへの紹介者、ドミトリー・コヴァレーニン
『スシ・ノワール――面白い村上食いの学』(露語)
(特別講義の記録)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~slav/special/sp20040514.html

平石貴樹
『アメリカ文学史』(村上春樹にも言及)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000011016738-00

『國文學 解釈と教材の研究』1985.3特集「中上健次と村上春樹』


ウラジーミル・サンギの本、田原佑子訳

『サハリン・ニヴフ物語 : サンギ短編集』
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000002851537-00

『ケヴォングの嫁取り : サハリン・ニヴフの物語 』(群像社ライブラリー ; 35)
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I026848520-00

2019年5月15日水曜日

「文学論」を書くにあたって、漱石が何を調べたかを知りたい

漱石の「文学論」を読みたいと思ったが、その目的は、漱石自身が生涯の仕事として「英文学」を選んだ理由を知りたいからだ。本人は留学まえから、本当に「英文学」でいいのか悩んだらしい。悩みつつもそれを、大学で教えなければならない、留学中に突き詰めて考え、そしてある覚悟を持って、文学以外の、心理学や社会学も含めた多様な本を買い込んで遮二無二学んだ。そこには苦しさとともに、ある種の開放感、高揚感もあったと思う。それも含めて理解したい。

***
「文学論」をよく読めばわかるかとも、思ったが、それだけでは足りない気がしてきた。そこで、当時、どんな本を読んで、どんな感想を持ったのかを調べたくなった。

これは、誰しもおもったことらしく、最初の全集から、蔵書への書き込みが、収録されている。これを全集を買った時に知っていたはずだが、今回、思い出せなかった。なので、図書館を調べて、1990年代の全集の該当巻を借りる手続きをしてしまった。自分の持っている全集を掘り出せばいいのだが、手抜かりだった。



まあ、調べたら増補改訂されているらしいので、よしとしたい。もちろん、「発掘」も明日行う。

なお、「東北大学附属図書館では、夏目漱石の旧蔵書および自筆資料からなる「漱石文庫」を所蔵しています」ということなので、蔵書の全体については、ここを参照したい。場合によっては、実際に見せてもらいに行きたい。



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『ふたつのオリンピック』は300ページの手前まで、読んだ。そろそろ日本を一時脱出し、『菊とバット』を書き始めるところまでやってきた。それ以前にブリタニカ百科事典をセールスした話とか、ヤクザと付き合った話が面白い。彼なりの日本裏面史。

2021年4月15日木曜日

『はじまりの漱石』(新曜社)を読んでいるとぞくぞくする(あるいは「ぐるぐる」する)

「Internet Archiveで何でも聴いちゃおう」プロジェクトですなり。


Grosse Messe C-Moll KV 427
by Wolfgang Amadeus Mozart; Ferenc Fricsay; Maria Stader; Hertha Töpper; Ernst Haefliger; Ivan Sardi
Deutsche Grammophon (LPM 18 624)

https://archive.org/details/lp_grosse-messe-c-moll-kv-427_wolfgang-amadeus-mozart-ferenc-fricsay-mar/disc1/02.03.+Sanctus+-+Benedictus.mp3


Piano Concerto No. 4 In G Major, Opus 58
by Ludwig Van Beethoven; Wilhelm Backhaus; Wiener Philharmoniker; Clemens Krauss
London Records (LLP 417 / LLP.417)

https://archive.org/details/lp_piano-concerto-no-4-in-g-major-opus-58_ludwig-van-beethoven-wilhelm-backhaus-wien/disc1/01.01.+Piano+Concerto+No.+4+In+G+Major%2C+Opus+58%3A+1st+Movement%3A+Allegro+Moderato.mp3


The Mantovani Sound (Big Hits From Broadway And Hollywood)
by Mantovani And His Orchestra
London Records (PS 419 / PS,419)

https://archive.org/details/lp_the-mantovani-sound-big-hits-from-broadway_mantovani-and-his-orchestra/disc1/01.01.+Dear+Heart+(From+%22Dear+Heart%22).mp3


これは、👆懐かしい響き。1965年版。


Symphony No. 7
by Ludwig van Beethoven; Philharmonia Orchestra; Guido Cantelli
Regal (SREG 2011)

https://archive.org/details/lp_symphony-no-7_ludwig-van-beethoven-philharmonia-orchestr/disc1/01.02.+Symphony+No.+7+In+A+Major+Op.+92%3A+2nd+Movement%3A+Allegretto.mp3


***

『斎藤茂吉全集 第29巻 (日記1)』を読み続ける。

大正13年12月30日。67頁。

香港を出帆直後、留守宅(といっても義父が切り盛りしていた病院だが)火災の報に接する。留学先から送った大量の書籍も書きためた原稿も烏有に帰したと考えただろう。ここまでの上機嫌さとは打って変わって、大いに落ち込む。気の毒だ。

大正14年。

焼け残った本や原稿を掘り出し、乾かす作業。医師としての仕事。子供の誕生。北杜夫はまだ生まれない。旅に出ると日記が長くなる。あたりまえだが。航海中に書き留めた短歌を仕上げる。じっくり推敲するような仕事は旅行中は出来ないものだ。

100頁まで。

***

『はじまりの漱石』

92頁。

まだ未刊の『文学論』を論じた?「文学論序」と、あまり知られていない『英文学形式論』と。
謎は深まる……興味深いぞ。

116頁。

比較文学者、夏目漱石。漢文学と英文学両方の知識をもとにして、日本文学を基礎づける……が実現したパラレルワールドに行ってみたい(私の願望!)

***

新たに借りてきた本。全部読むとは限らない。でも全部ざっと目は通す。


*

索引に関するページ発見。

科学技術情報流通技術基準 索引作成

https://jipsti.jst.go.jp/sist/handbook/sist13/main.htm

2019年9月9日月曜日

そろそろ数式混じりのブログに手をだそうかしら

『はじまりの漱石ー『文学論』と初期創作の生成』という本が出る(出た)らしい。皆が知っているけれど、あまり読まれていない『文学論』。私も読破してはいないので、この本は読んでみたい。価格が高いので、どこかで試し読みしてから買うかどうか決めたいぞ。

Amazonのページにはもう掲載されている。
https://www.amazon.co.jp/dp/4788516438/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_TeKDDbBB536FJ
著者のブログのこの本に関する記事はここ。
https://bungakuron.hatenablog.com/entry/2019/09/02/182219

私のブログの『文学論』の記事たちはここ。(並べるのは恐れ多いが…)
https://hfukuchi.blogspot.com/search?q=%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%AB%96

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昨日は町内会の敬老祝いを届ける手伝いをしたし、夜は台風騒ぎで寝不足。今日は猛暑となり、体調宜しくない。実質的なシゴトは出来ずじまい。

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ラマヌジャンのことをブログで書こうとすると、どうしても数式を引用したくなる。
たとえば、この式。
これは画像だが、TeXを使って本文の一部として表示したい。このBloggerだと、設定をしないとTeXが使えない。はてなブログなら割と簡単そうだ。数式入りの記事ははてなブログに書こうか。
こちら、Bloggerからは、はてなブログの記事を引用する…。たとえば、
さっきの式。
https://hirobumi-fukuchi.hatenablog.jp/entry/2019/09/09/114106
ちと煩わしいので、もっと、いい手はないものかを考えたい。

こんなことをやっているうちに、肝心の『ラマヌジャン探検』の読書がまったく進まなかった。黒川先生の思うつぼか。

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くたびれたので、吉川英治の自伝的作品『忘れ残りの記』の後半を読む。壮絶な貧乏生活のなかで頑張る英治少年。

2019年9月30日月曜日

『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』を読みながら漱石の苦闘も思い浮かべる

ご近所の工事現場。小規模だが賃貸の集合住宅ができる予定。

これは基礎工事のためだが、地面を面白い形に掘って、コンクリートを流し込もうとしている。迷路状になっているが、これを眺めた後、昼寝したら、この迷路に迷い込んで出られなくなった夢を見た。体は小さくなっていたのだろう。割と怖かった。寝る前に知人のお土産で大きな大福を食べたので、興奮したのかも知れない。


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『ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一』(角地幸男  新潮社装幀室装幀 2014年 新潮社)を110頁まで読んだ。吉田健一がいかにして日本語で著述ができるまでになったかを描く。

11頁。書物の引用は間違っている方が本当だ。つまり、引き写すのでなく、読んで理解したもののほうが真実と言うに値する、とあった。なんだか、元気が出る話。
32頁。まず、英国のことを片付けるために、英国三部作を書いた。「英国の文学」、「シェイクスピア」、「英国の近代文学」。ナチュラルに英国文学を語ってしまうのがすごい。夏目漱石が愚直に「英国文学」と格闘したのとは大違い。後に、「東西文学論」、「文学概論」も書く。漱石も「漢文学」を書けばよかったのに。
自叙伝的な「交遊録」を読むべきだ。読んだが忘れているのかも知れない。
53頁。「余生の文学」に言及。これは明後日読む。
96頁。シェイクスピアは「大衆文学」を書いたのだとして、大衆文学の時評を書き始めた。

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明日からは、ハロウィン商戦だという構えで、消費税不況を乗り越えようとするスーパーの工夫は実るか?

2019年5月12日日曜日

漱石「文学論 序」のブログ掲載は完了、これから本文精読にかかる

「文学論 序」(続き)

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倫敦に住み暮らしたる二年は最も不愉󠄁快の二年なり。余は英國紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を營みたり。倫敦の人口は五百萬と聞く。五百萬粒の油のなかに、一滴の水となって辛うじて露命を繫げるは余が當時の狀態なりといふ事を斷言して憚らず。清らかに洗ひ濯げる白シャツに一點の墨汁を落としたる時、持主は定めて心よからざらん。墨汁に比すべき余が乞食の如き有樣にてヱストミンスターあたりを徘徊して、人工的に煤烟の雲を漲らしつゝある此大都會の空氣の何千立方尺かを二年間に吐呑したるは、英國紳士の為に大いに氣の毒なる心地なり。謹んで紳士の模範を以て目せらるゝ英國人に告ぐ。余は物數奇なる醉興
にて倫敦迄踏み出したるにあらず。個人の意志よりもより大なる意志に支配せられて、氣の毒ながら此歳月を君等の麺麭の恩澤に浴して累々と送りたるのみ、二年の後期滿ちて去るは、春來つて雁北に歸るが如し。滯在の當時君等を手本として萬事君等の意の如くする能はざりしのみならず、今日に至る迄者等が東洋の豎子に豫期したる程の模範的人物となる能はざるを悲しむ。去れど官命なるが故に行きたる者は、自己の意志を以て行きたるにあらず、自己の意志を以てすれば、余は生涯英國の地に一步も吾足を踏み入るゝ事なかるべし。從つて、かくの如く君等の御世話になりたる余は遂󠄂に再び君等の御世話を蒙るの期なかるべし。余は君等の親切心に對して、其親切を感銘する機を再びする能はざるを憾みとす。

歸朝後の三年有半も亦不愉󠄁快の三年有半なら。去れども余は日本の臣民なり。不愉󠄁快なるが故に日本を去るの理由を認め得ず。日本の臣民たる光榮と權利を有する余は、五千萬人中に生息して、少なくとも五千萬分一の光榮と權利を支持せんと欲す。此光榮と權利を五千萬分一以下に切り詰められたる時、余は余が存在を否定し、若しくは余が本國を去るの舉に出づる能はず、寧ろ力の續く限り、之を五千萬分一に囘復せん事を努むべし。是れ余が微小なる意志にあらず、余が意志以上の意志なり。余が意志以上の意志は、余の意志を以て如何ともする能はざるなり。余の意志以上の意志は余に命じて、日本臣民たるの光榮と權利を支持する爲に、如何なる不愉快をも避くるなかれと云ふ。

著者の心情󠄁を容赦なく學術上の作物に冠して其序中に詳敍するは妥當を缺くに似たり。去れど此學術上の作物が、如何に不愉快のうちに胚胎し、如何に不愉快のうちに組織せられ、如何に不愉快のうちに講述󠄁せられて、最後に如何に不愉快のうちに出版せられたるかを思へば、他の學者の著作として毫も重きをなすに足らざるにも關せず、余に取つては是程の仕事を成就したる丈にて多大の滿足なり。讀者にはそこばくの同情󠄁あらん。
英國人は余を目して神經衰弱と云へり。ある日本人は書を本國に致して余を狂氣なりと云へる由。賢明なる人々の言ふ所には偽りなかるべし。たゞ不敏にして、是等の人々に對し感謝の意を表する能はざるを遺憾とするのみ。

歸朝後の余も依然として神經衰弱にして兼󠄁狂人のよしなり。親戚のものすら、之を是認するに似たり。親戚のものすら、之を是認する以上は本人たる余の辯解を費やす餘地なきを知る。たゞ神經衰弱にして狂人なるが爲、「猫」を草し「漾虚集」を出だし、又「鶉籠」を公にするを得たりと思へば、余は此神經衰弱と狂氣とに對して深く感謝の意を表するの至當なるを信ず。

余が身邊の狀況にして變化せざる限りは、余の神經衰弱と狂氣とは命のあらん程永續すべし。永續する以上は幾多の「猫」と、幾多の「漾虚集」と、幾多の「鶉籠」を出版するの希望を有するが爲に、余は長しへに此神經衰弱と狂氣の余を見棄てざるを祈念す。

たゞ此神經衰弱と狂氣とは否應なく余を驅つて創作の方面に向はしむるが故に、向後此「文學論」の如き學理的閑文字を弄するの餘裕を與へざるに至るやも計りがたし。果して然らば此一篇は余が此種の著作に指を染めたる唯一の記念として、價值の乏しきにも關せず、著作者たる余に取つては活版屋を煩はすに足る仕事なるべし。併せて其由を附記す。

明治三十九年十一月
夏目金之助

***
出典 
『漱石全集 第八巻』大正9年 漱石全集刊行会

***
あとがき
倫敦の留学生活と帰国後の教授生活を、散々罵っているが、100パーセントそう思っていたわけではないと感じる。何より、この後の漱石の生き方を決めたのは、この数年間なのだから。ところで、この「文学論」の元になった講義は「英文学概説」というものだったらしい。

「序」はこうして、ブログに掲載することにより、じっくり読むことが出来た。これから本文を「読む」ことにする。そのなかで漱石が倫敦で何を考えたのかを知りたい。「読む」には、「紙の本」と「電子図書」を併用して行きたい。「紙の本」としては、50年前から持っている全集本を使う。「電子図書」としては、国会図書館デジタルコレクションの1937年版を使いたい。Kindle版(有料)は必要そうなら購入を検討する。草稿(下の写真)も見つけたがこれは眺めるだけになるだろう。



どうでもいいあとがき
「序」の日付が「明治三十九年十一月」となっている。この年、私の父が生まれている。と思うと、そんなに昔の話ではないと感じる。

2020年4月12日日曜日

『隠者の文学―苦悶する美―』(石田義貞)は今読むのがふさわしい

『隠者の文学―苦悶する美―』(石田義貞 1968年 塙新書)を読み始めた。面白くなり、半分以上(144頁まで)進んだ。


上はいま手に入りやすいと思える講談社学術文庫版の書影。

私が購入したのはこれ。

https://www.amazon.co.jp/dp/B000JA57QS/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_RtPKEb4RNKT43

この本は、昨年秋ALL REVIEWSのオフ会で神保町に行った時、どこかの古本店頭の均一本棚で買ったと思う。
石田義貞の経歴がすごい。1890年生まれ。苦学したあと、かなり高年齢になってから昭和女子大教授になった。

中世隠者が多く登場する。隠者のおこないのうち、美の追求を伴うのが隠遁であると、石田義貞は書いている(ようだ)。隠居老人を目指す私には良い行動の指針だ。したがってメモをとって勉強してみることにした。

隠遁を考えるための「参考書」がたくさん例示される。たとえば……

10頁。『撰集抄』。人間を捨て、結果として号泣に満ちているのだと。当初、西行の自作と思われていたが、後には西行を仮託した作品だと言われているらしい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%92%B0%E9%9B%86%E6%8A%84

なお、同じ10頁にマックス・プランクが量子論を考える上で「人間離脱」(つまり常識からの離脱)が必要だと述べているということを挙げている……(*^^*)。

*

18頁。「隠者ということばの使用範囲」は以下のとおりだそうだ。なかなか好ましい分類。
A類。世間を捨てて仏教信仰にはいる。
(1)聖(ひじり)
(2)隠遁者
(3)俗に近い遁世者
B類。正業をすてて芸道にかくれ、または自由の逸民となるもの。
(1)主として芸道にかくれる
(2)世のすねもの、あぶれもの、遊び人、やくざ、博奕打、河原者等

Aの例。
19頁。『源家長日記』の慈円の項。僧侶もさらに隠遁。
西行のことば「すてたれどかくれて住まぬ人になればなほ世にあるに似たるなりけり」つまり隠れることが必須条件だ。

『徒然草』の「京に具覚坊とてなまめきたる」遁世者。「信濃前司行長」。

Bの例。
20頁。同朋衆。連歌師。茶人。西鶴の『近世優隠者』のやくざ、遊びにん。

*

隠者文学。(21頁)
広義の隠者文学:広範、折口信夫は中世文学すべてを隠者文学と考えた。『女房文学から隠者文学へ』
https://www.aozora.gr.jp/cards/000933/card46958.html

22頁。狭義の隠者文学は隠遁詩人によるもの。「隠の生命がみずからを表現した文学」。その三様式は……
(1)西行様式。対象は大自然・万有・存在。
これはその後、隠者文学芸道の主流として継承される。
(2)長明様式。対象は自己の生活。
心敬の『ひとりごと』、宗長の『宇津山記』、芭蕉の『幻住庵記』・『嵯峨日記』に継承される。
(3)兼好様式。対象は人間生活。
ほとんど継承されていない。

2019年5月14日火曜日

「文学論」学習開始、その前の予習と『ふたつのオリンピック』読書で時間がすぎる

小宮豊隆 「文學論」からの抜粋

***
 
序文にもあるやうに、漱石の「文學論」の根本問題とする所は、「心理的に文學は如何なる必要あって、此世に生れ、發達し、頽廢するか……社會的に文學は如何なる必要あって、存在し、隆興し衰滅するか」を明らかにする點にあつた。然しこの『文學論』では、それよりも文藝を旣に與へられたものと見て、それをどうすれば有力に運用する事が出來るかの問題が取り扱はれる。――その爲め漱石は、文藝を形成する單位內容から出發した。文藝の單位内容とはどういふものであるか。それを分類すれば凡そ幾つの群に纏める事が出來るか。さうしてその分類された群の內、どの群とどの群とが文藝の內容としてより有力なものであるか。然もそれらの群は時代の推移とともに增加して行くものであるか、それとも減退して行くものであるか。さういふ事を明らかにした後、漱石は、その文藝の單位內容に伴隨する情緖の性質の解剖に進み、更に一般的に文藝の內容とされるものの特質を明らかにする爲に、科學と文藝、科學者と文藝家、科學上の眞と文藝上の眞とを、比較對照する。次いで文藝的內容の相互關係と、それらのものをどういふ態度でどういふ風に組み合はせれば、最も有力な感動を將來し得るものであるかが問題にされる。最後は集合意識の問題である。集合意識の上に影響する文藝と文藝の上に影響する集合意識との問題は、文藝の社會的方面の研究に屬するが、漱石は此所で、集合意識と文藝家との關係を說き、摸擬的意識、能才的意識、天才的意識の差別から、集合意識推移の原則に及び、天才的意識はそれ自身獨特な推移の原則に支配されるから、屡集合意識とその推移を共にする事がなく、從つて天才は多くの場合、時世に容れられない所以を說明する。――一口に言へば、漱石の『文學論』は、文藝に於いて、その内容をなすものはどういふものであるか、それをどう組み合はせてどう表現すれば、讀者に十分な幻惑を與へる事が出來るか、然も1つの作品が讀者の意識の波のどういふ點に觸れる時、その作品は讀者を最も强く動かし得るのであるか、さうしてその事と眞の天才的な文藝上の仕事とは、どういふ關係に立つものであるか――さういふ事を、大部分英文學からの例證によって、客觀的に、科學的に、闡明しようとしたものである。

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出典 『漱石の芸術』 小宮豊隆著 昭和17年 岩波書店
国会図書館デジタルコレクション
(下の画像も)



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あとがき
小宮豊隆の見方は上記の通りだが、自分の見方で読まないといけない。

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次回(5月25日)の「月刊ALL REVIEWS友の会 ノンフィクション回」の課題図書は、『ふたつのオリンピック』(ロバート・ホワイティング)だ。例によって図書館で借りてきたが、昨日読み始めたら、引き込まれ、今日までに185ページ読んだ。500ページを超える本だが、期日前に読み終えそうな勢い。ホワイティングさんは、私より7つほど年上だが、ほぼ同時代の感じがする。東京オリンピック前後の猥雜で魅力的な東京と日本人を軽快に描写してくれる。1960年代の神保町の町並も目に見えるように…。

次回(5月25日)の「月刊ALL REVIEWS友の会 ノンフィクション回」は一般公募もしています。有料。

2019年5月8日水曜日

漱石「文学論 序」をアプリ「OCR」にかけてみる、その方法は…

「OCR」アプリの使い勝手をもっと試すことにした。

前々からやりたかった、漱石の「文学論」のデジタル化をやってみた。「序」を少しだけ直接手入力してみたが、面倒で挫折した経験がある。

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国会図書館デジタルコレクションを、「帝國圖書館」(これはiOS上の閲覧アプリ)を使って、iPadで表示しスクリーン・ショットを撮り、できた写真をトリミングしたもの。


これを「OCR」にかけると、こうなった。(結果をメモに貼り付けてある。)


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次は、iPadのカメラでほぼ同時代の(1920年)『漱石全集 八巻』の該当ページを撮った。そしてやはりトリミング。


これを「OCR」にかけたものは…

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比べてみると、iPadのカメラで直接撮ったものからの方が品質がよさそうだ。照明や、ページの開き具合の調整がうまくできればこちらがいいのかもしれない。ただし、大量ページの操作に耐えきれるかは、問題となろう。とりあえず、カメラを使う方法で、序文をデジタル化してみよう。じっくり読むのも兼ねて…

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日常読んでいる種々の文書の内容をメモに取る際に、「OCR」を使うのは、便利かもしれない。「OCR」から、直接カメラを起動できる。この場合はiPadを振り回すより、iPhoneを使うだろう。

2019年11月23日土曜日

『パリ左岸』を読むとヘラーの文学青年ぶりがいとおしくなる

朝の林檎はシナノゴールド。大きい。それなのに味が繊細。大当たりだ。


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読みかけの本を読みすすめる。

『パリ左岸』100頁まで。順調だ。
57頁。1940年11月8日。ゲルハルト・ヘラー(31歳)がナチの宣伝部隊文学部門に着任。彼のおかげで、占領下にも関わらず、ある程度自由な出版が許されることになる。これは、ナチス中央の意志に基づくのか、まだわからない。
59頁。そうは言ってもガリマール社の「我慢」の出版が続く。ファシストの執筆者も抱えながら。
60頁。ハンナ・アーレントなどは米国に亡命していく。
62頁。シモーヌ・シニョレ(まだ無名)は勤めをやめ、カフェ・ド・フロールで一日を過ごす。サルトルは収容所を脱走し、パリに戻ってきた。ボーヴォワールやメルロ=ポンティと「社会主義と自由」グループを結成。ものにならないが。
64頁。『海の沈黙』、ヴェルコール。この本には書いていないが後に加藤周一と河野与一が訳したものだ。
66頁。シルヴィア・ビーチ拘束される。
67頁。1941年12月。米国が参戦。
76頁。『存在と無』爆撃化でも売れる。不思議に思って調べたら、徴発された一キログラムの分銅の代わりとして主婦が買っていたのだ。『招かれざる女』も出た。
80頁。ラ・ルイジアーヌ(ホテル)に、サルトルとボーヴォワールが住み始める。ボーヴォワールは例の丸い部屋で、住心地に満足した。
87頁。ヘラー、『異邦人』を徹夜で読み、すぐさま出版を許可する。
96頁。アンリ・カルティエ・ブレッソン戻る。1943年。1944年になり、6月6日の「オーバーロード作戦」を知る。
100頁。ヘラー、日記をアンバリッド近くの地中に埋める。掘り出せるのだろうか?
101頁。1944年8月19日。パリ解放。

***

『量子の海』
291頁。バナールはジョイス、ピカソ、エリオット、ディラックを「犯罪者」とする。貴族的な夢の世界に浸りがちだからと。
299頁。研究最盛期の終わりに近づく。1933年のノーベル賞をシュレジンガーとともに受賞。史上最年少。31歳。

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また、図書館に行き、6冊借りてきた。

林忠正の資料を今日も探す。「翻訳 林忠正著「日本」(『パリ・イリュストレ』誌1886年5月号)掲載誌 日本女子大学大学院人間社会研究科紀要 (16) 2010.3 p.257~284,373~374」が国会図書館にあるので、今度見に行くつもり。
永井荷風の『江戸芸術論』は青空文庫で(一部林とゴンクールに関連するところを)読んだ。(Keepで黄色にしておいた。)

夏目漱石の文学論の関係も。いくつか資料を見つけた。(水色)


2020年2月27日木曜日

『パリの手記』(辻邦生)とその関連本は人生の指針だった

『パリの手記1 海そして変容』(辻邦生 1973年 河出書房新社)を読み直す。note記事にするための材料仕入れ。

辻邦生さんのパリ(またはフランス)滞在日記は3種類ある。(他に旅行記もあるが。)
(1)『パリの手記』(全5巻)。1957年からの最初のパリ滞在。
(2)『モンマルトル日記』(集英社)。1968年からの滞在。
(3)『パリの時』(全3巻 中央公論社)。1980年からの滞在。

このうちで、『パリの手記』は若き(1925年生まれだから本人は32歳ではあるが)辻夫妻の、パリでの修行の様子がわかって、もっとも好ましい作品であると思っている。

先にパリに行っていた森有正もたびたび登場して、辻邦生夫妻をなにくれとなく励ます。留学生活上の些事にとらわれず、毎日規則正しく8時間は勉強するようにとも。辻邦生も国立図書館に通い、読み、調べ、懸命に「小説論」(後の『小説への序章』)を書こうとする。筆はなかなか進まない。本来は『小説への序章』をさっさと書き上げ、そこで定まったスタンスのもとに、創作を始めたかったのだろう。しかしスタンスがなかなか決まらない。辻夫人は着々と古いキリスト教美術の研究を続けて学位をとるのに。

このあたりの様子は、漱石が倫敦でひとりでやろうとした作業風景に似ている。『文学論』の自序を見るとそう思える。漱石のほうが孤独で悲壮にやっていたようだが。

北杜夫がマグロ資源調査船の船医となり、訪ねてくるが、彼の励ましもすぐには役立たない。やっと、1960年に『城』を書き上げる。北杜夫を通じて埴谷雄高に読んでもらって、なんとか文壇デビューを果たす。

このような青春の苦闘時代の日記であるので、これを読むことには大きな意味が感じられた。何回も読み直した。そして辻邦生さんの他の小説もほとんど買って読んだ。森有正の本もかなり読んだし、辻邦生が勉強したトーマス・マンの解説本だけでなく、トーマス・マン全集も買って全部読んだ。

辻邦生と森有正とトーマス・マンとは私の青春時代のアイドルで、日本文学や哲学ヨーロッパの文学や政治に関する先生とも言える。『魔の山』のゼテムブリーニが凡庸なるハンス・カストルプの辛抱強い先生であったように。

春になると何かしら新しいことを勉強したくなるが、何をしていいかわからないことがある。そんなときは彼らのものを取り上げて読んで見る。新しい興味の対象が見つかる。それを勉強していて方向が見えなくなる。するとまた彼らの著作に戻る。

そのなかでも取り出すことが多かったのが『パリの時手記』だった。定年後、念願(この「念願」も辻邦生と森有正の影響を受けていた)のパリ旅行を果たした。辻邦生と森有正の住んでいた旧居を探し当てて喜びを感じた。

148頁。1957年11月15日。「森先生とシャトレの中華料理店で話したとき、「日常のわずらわしい事柄の影響から、精神的なものをまもり、少しもそれがゆるがないようにすることに熟達する必要がありますね」と云っていたが、…

165頁。1958年1月19日。「僕は、この町へ来て、いよいよ、第二段階の生活に入った。準備段階、保留の時代は終わった。」

166頁。1958年1月20日。「午後、図書館で「小説の問題」。つかれると眼をあげて窓の外を眺める。」167頁。「こうした(『魔の山』が念頭にある)神業への奉仕が、本質的な、生産的な、いいうべくんば、倫理的な美的生活なのであろう。」



174頁。1958年2月15日。「リュクサンブールのクロッカスを見にいった。」
寒いパリにも春は来たのである。

「序文」「私が「絶えず書く」ということを自分に課したのはいつ頃からであったか、いまは正確に記憶はない。ともあれピアニストが絶えずピアノをひくように、自分は絶えず書かなければならない」

この『パリの手記』は当時、辻邦生さんが毎日書いていたノートから材料をとった、「創作」された日記である。この創作の仕方そのものも私の模倣の対象になっている。

ほぼ人生のすべてをこの本によって律していると言っても、あながち間違いではなさそうだ。

その上で考えると(2)と(3)の日記も参考以上のものとなっている。

***

夕方、買い物に出る時、西空に月と金星が明るく輝いていた。



2020年4月15日水曜日

「隠者の文学」をキーワードとして記憶をたどってみた



たまたまなのだが、『辻邦生のために』(辻佐保子 中公文庫)をめくってみたら、25頁に

八四年に、コレージュ・ド・フランスで「隠者の文学」について講演をする…

とあった。これを五年ほど前に読んでいたので、昨年秋に古本屋さんの店頭で『陰者の文学』(石田義貞)を買ってしまったのだろう。おもしろい潜在意識(実はかすかな古い記憶)の導き。

そこで、記憶を補助するために書いてある自分のブログを検索してみるとこんな記事があった。
https://hfukuchi.blogspot.com/2017/11/blog-post_9.html

これらをきっかけに、今朝見つけた論文(クリックするとpdfがダウンロードされますのでご注意)
『辻邦生とパリ――1984 年~ 85 年パリ第三大学における日本文学論講義史料を中心に』によると、


…パリ 講義と講演 草稿 一九八四-八五年Ⓢ」と妻佐保子の筆跡でペン書きされている。表紙には、縦書きで「1 隠者の文学// 2 Le romancier face à ses personnages / 3 日本の美の根底にあるもの/ 4 日本の批評の現状 (1984-85)Ⓢ 」と佐保子の筆跡で書かれており、…

辻邦生の講義甩タイプ原稿の冒頭は
Je vais vous donner un cycle de sept conférences portant le titre “ De la vérité de la littérature de la vie cachée - la parole à l’épreuve de la solitude : Saïgyô et Bashô. ”

とあるので、私としても西行と芭蕉の関連は勉強しなくてはならない。

2020年3月28日土曜日

沼野充義先生の最終講義は涙が出るほどスバラシイ

沼野充義(東京大学教授)最終講義「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」について。

16時からのYouTubeビデオライブを視聴した。スバラシイ最終講義だった。以下、印象をメモしておく。もちろん私の独自の解釈によるもの。



予習として、沼野先生の『チェーホフ――七分の絶望と三分の希望』の第10章「サハリンへ!」を読み、『1Q84』と『サハリン島』を参照しておいたが、これが大当たり。
https://hfukuchi.blogspot.com/2020/03/blog-post_24.html

実際にはもっと素晴らしく、ニブフの作家ウラジーミル・サンギのインタビュービデオも見せて頂き、その内容に涙が滲んだ。
これはYouTubeで観ていただきたい。まだ、一般公開されているはず。
https://youtu.be/R4pZueSRP0g

***

極めつけは沼野先生の以下のお言葉。

「どんなに恐ろしい同調圧力のもとにあっても、心のなかではそっと不同意の姿勢をつらぬくこと。そして、大声を張り上げなくても良い、小さな大事なものをそっと守り続けること。それはおそらく文学に携わるわれわれ全員の仕事ではないかと思います。」

「これを教え子のみなさんに伝えられたら、それだけで充分……」
***


最後に質問の時間もあった。最終講義で質問は珍しいだろう。

たくさんの質問のなかから、なんと私の質問が最初に選ばれた。光栄だった。

私の質問は

「沼野先生の今後のお仕事の方向性は?」というものだった。

お答えは2つあった。

ひとつめ。東大は定年になったが、名古屋外国語大学に行く。学長は亀山郁夫さん。
ふたつめ。研究に関して。好きなことつまり「書くこと」を続ける。
世界文学論のまとめは一区切りついた。(この本が4月に出る。)



これから、日本文学についてとロシア・東欧映画について今までの文章をまとめたい。
そして新たに、広く現代世界文学について考えていきたい。今日も触れたが記録文学についてまとめてみたい。たとえばスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチや石牟礼道子や村上春樹について。

***

これはまた楽しみが増えそうだ。期待がふくらむ。

2019年5月9日木曜日

OLD REVIEWS試作版第十二弾…漱石の「文学論 序」

漱石「文学論 序」を始める気になりました。
 iPhoneカメラで本(全集 第八巻)を直接撮り、OCRにかけました。
これの校正(約十箇所修正)にかかった時間は、30分で、私としてはかなり速い方です。

***
序
余は此書を公にするにあたって、此書が如何なる動機のもとに萌芽し、如何なる機緣のもとに講義となり、今又如何なる事故の爲に出版せらるゝかを述󠄁ぶるの必要あるを信ず。

余が英國に留學を命ぜられたるは明治三十三年にて余が第五高等學校教授たるの時なり。當時余は特に洋行の希望を抱かず、且他に余よりも適當なる人あるべきを信じたれば、一應其旨を時の校長及び教頭に申し出でたり。校長及び教頭は云ふ、他に適當の人あるや否やは足下の議論すべき所にあらず、本校は只足下を文部省に推薦して、文部省は其推薦を容れて、足下を留學生に指定したるに過ぎず、足下にして異議あらば格別、左もなくば命の如くせらるゝを穩當とすと。余は特に洋行の希望を抱かずと云ふ迄にて、固より他に固辭すべき理由あるなきを以て、承諾の旨を答へて退けり。

余の命令せられたる研究の題目は英語にして英文學にあらず。余は此點に就いて其範圍及び細目を知るの必要ありしを以て時の專門學務局長上田萬年氏を文部省に訪うて委細を質したり。上田氏の答には、別段窮屈なる束縛を置くの必要を認めず、只歸朝後高等學校もしくは大學にて教授すべき課目を專修せられたき希望なりとありたり。是に於て命令せられたる題目に英語とあるは、多少自家の意見にて變更し得るの餘地ある事を認め得たり。かくして余は同年九月西征の途󠄁に上り、十一月目的地に着せり。

着後第一に定むべきは留學地なり。オクスフオード、ケムブリツヂは學問の府として遠く吾邦にも聞こえたれば、其のいづれにか赴かんと心を煩はすうち、幸いケムブリツヂに在る知人の許に招かるゝの機會を得たれば、觀光かたがた彼地へ下る。

こゝにて尋ねたる男の外、二三の日本人に逢へり。彼等は皆紳商の子弟にして所謂ゼントルマンたるの資格を作る爲、年々數千金を費やす事を確め得たり。余が政府より受くる學費は年に千八百圓に過ぎざれば、此金額にては、凡てが金力に支配せらるゝ地に在つて、彼等と同等に振舞はん事は思ひも寄らず。振舞はねば彼土の靑年に接觸して、所謂紳士の氣風を窺ふ事さへ叶はず、假令交際を謝して、唯適宜の講義を聞く丈にても給與の金額にては支ヘ難きを知る。よしや、萬事に意を用ゐて、此難關を切り拔けたりとて、余が目的の一たる書籍は歸期迄に一卷も購ひ得ざるべし。且思ふ。余が留學は紳商子弟の吞氣なる留學と異なり。英國の紳士は學ばざる可からざる程、結構な性格を具へたる模範人物の集合體なるやも知るべからず。去れど余の如き東洋流に靑年の時期を經過󠄁せるものが、余よりも年少なる英國紳士に就いて其一舉一動を學ぶ事は骨格の出來上がりたる大人が急に角兵衞獅子の巧妙なる技術を學ばんとあせるが如く、如何に感服し、如何に崇拜し、如何に欣慕して、三度の食事を二度に減ずるの苦痛を敢てするの覺悟を定むるも遂󠄂に不可能の事に屬す。之を聞く彼等は午前に一二時間の講義に出席し、晝食後は戸外の運動に二三時を消し、茶の刻限には相互を訪問し、夕食にはコレヂに行きて大衆と會食すと。余は費用の點に於て、又性格の點に於て到底此等紳士の擧動を學ぶ能はざるを知って彼地に留まるの念を永久に斷てり。

(續く)

***
出典 
『漱石全集 第八巻』大正9年 漱石全集刊行会



***
あとがき
涙ぐましい。年を取ってから行った日本人は、こういう思いだったかもしれません。辻邦生や原二郎先生を思い出す。また、南方熊楠や西脇順三郎の凄さにも思い至る。
「時の專門學務局長上田萬年氏」も調べると面白い方ですね。

どうでもいいあとがき
この漱石全集は昭和44年に仙台で買ったものです。50年前です。この巻が刊行された大正9年は1920年ですから、100年前です。そして、私は明日古稀を迎える(*^^*)

2020年7月17日金曜日

読書、読書、読書

今日は読書できた。

『笑ふ人』は300頁まで進む。相変わらずディテールの記述が多いので、かなりななめ読み。とばすと本筋の理解が浅くなる。そして、われわれ後世の読者にとっては枝葉末節と思われる、たとえば英国宮廷内の諸事情は、当時の読者からすると、今でいうと週刊誌の娯楽記事を読むような感じで実は面白かったのではないかと考えた。でないと、ユーゴーが売れっ子作家にならない。

ともかく、笑ふ人と少女は成長した。

***

7月20日にある月刊ALL REVIEWSの課題本、『共同幻想論』(吉本隆明)だが、YouTubeを観て視聴レポートを書こうと思い立ったので、マジメに探すことにした。本の所在がどこか夜考えながら眠り、今朝起きたらひらめいた。義父(かなり前に亡くなっている)の蔵書を少し譲り受けたがその中だ。段ボール箱を開けていたら、二箱目で見つかった。昭和47年版の講談社「現代の文学」シリーズの一冊が吉本隆明集だった。目次は以下の通り。
*
共同幻想論
高村光太郎
高村光太郎小論集
マチウ書試論
丸山真男論
転向論
埴谷雄高
*






この他、『吉本隆明1968』(鹿島茂)と、『NHK 100分 de 名著 吉本隆明『共同幻想論』』をKindle本で購入。全部目を通せるかが問題。

他に、明日の夜のオンライン読書会の課題本『ファンベース』も読むべし。半分までは来ていて先は見えているが。

もう一つ、来週早々のメルマガ巻頭言を書くために、村上春樹さんの『猫を棄てる』を読み直すべし。

嬉しい悲鳴。

***

でも、図書館からまた新しく9冊借りてきた。躁状態かも。

2020年7月27日月曜日

『共同幻想論』はまだ理解できないが自分にとっての存在感が増してきた

『共同幻想論』ビデオの書き起こし、6日目。7分間分くらいやる。

今日の部分のなかから、鹿島さんの言っていること(に近いこと)を、文責、私で書き出してみる。

「吉本が『共同幻想論』をそもそも書き始めたきっかけの原体験は、おっしゃっていたように、終戦のですね、8月15日、あの時の大ショックですね。あれがなぜ大ショックだったかというと、確かに負けたというのでそのあと、吉本は、昨日まで聖戦遂行と、ガンバレ一億玉砕と叫んで、例えば高村光太郎のような人がその敗戦後しばらく経ったら、これから文化国家の建設だと言っている、なんでこんなことができるんだ、この神経というのは一体どこから来るのだ、ということを言っている。

吉本の考えていた社会というのは、伝統的社会のものですね。だけれども国の上の方の人間は国家理性で、昨日までは鬼畜米英ですけれども、明日からは日米親善で行きますという風なことができてしまう。これは一体どうなっているのか、というのがそもそもの出発点なのではないか。

だからそこでですね、吉本は個人幻想と共同幻想は逆立する、あれ「さかだち」と読むのじゃなくて「ぎゃくりつ」と読まなければいけないので、逆立する、つまり個人幻想はそれぞれの人間がいろいろ持っているけれども、必ず共同幻想のレベルになってしまうと個人幻想とはひっくり返った形で、レベルが違う段階に入ってしまうという、そのレベルの新旧の繰り上げみたいなところを研究するのがこの『共同幻想論』ということなんだと思うんですけれども、吉本的なこの逆立と言うんですか、ひっくりかえる、あるいはレベルをあげてしまうというところが、これはやっぱり難しいですね。僕はまたもう1回しっかり読んでいるんですけれども、なかなかそう簡単には分からない。」

鹿島さんが「わからない」とおっしゃるのとはレベルがちがうが、やはり私もわからない。ただし、『共同幻想論』はなにを解明しようとして書かれたのは、少しずつ呑み込めてきた(ような気がする)。



*

終息が見えないコロナ禍のなかの、われわれの行く先はどこなのか。そしてそこに到達しようとしたときに、どのような世の中になるのかは、全く見えない。見えないが、終戦後のような混乱をさけるためには、個人が個人の頭でしっかり考えて、個人で考えたことを実行に移さなくてはいけなさそうだ。

***

『蝸牛庵訪問記』(岩波書店)を読み続ける。小林勇の文章は非文学的で見聞の羅列だけなのだが、かえって露伴の日記を読むような気分になってきて、面白く読める。小林勇は、百鬼園のことを書き綴る平山三郎的だ、平山三郎のほうが文章は格段にうまいのだが、それぞれの「先生」との付き合い方がそっくりだ。

2019年8月2日金曜日

猛暑の中の読書と、昭和酒場研究会

『オデオン通り』読み終えた。かなり飛ばした。シルヴィア・ビーチは「友達」として、少しだけ出てくる。

***

朝、寝床勉強で、漱石の読んでいたロンブローゾの『天才論』を捜してみた。国会図書館デジタルで読める。Amazonでも古書として改造文庫版が6万5千円で、出ているのには驚いた。

人は突然狂気に襲われるのではないかという気がする。それを結果としてどう評価するかが世の中としての問題になろう。素晴らしい芸術作品を生むこともあろうし、残忍な結果をもたらすこともある。これを漱石は『文学論』などの著作中でどう解釈しているか探ってみたい。


***

11時半(!)から、「昭和酒場研究会」。先年亡くなったIさん以外のメンバーが久しぶりに揃った。元気でいるうちは集まりたいものだ。今日は猛暑だったが、会場のそば屋さんは涼しかった。ざる天ぷらそばがうまい。記念写真も撮った。

もうひとりのIさんに、内田百閒の文庫本をまた10冊強頂いた。ありがたし。