2019年11月23日土曜日

『パリ左岸』を読むとヘラーの文学青年ぶりがいとおしくなる

朝の林檎はシナノゴールド。大きい。それなのに味が繊細。大当たりだ。


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読みかけの本を読みすすめる。

『パリ左岸』100頁まで。順調だ。
57頁。1940年11月8日。ゲルハルト・ヘラー(31歳)がナチの宣伝部隊文学部門に着任。彼のおかげで、占領下にも関わらず、ある程度自由な出版が許されることになる。これは、ナチス中央の意志に基づくのか、まだわからない。
59頁。そうは言ってもガリマール社の「我慢」の出版が続く。ファシストの執筆者も抱えながら。
60頁。ハンナ・アーレントなどは米国に亡命していく。
62頁。シモーヌ・シニョレ(まだ無名)は勤めをやめ、カフェ・ド・フロールで一日を過ごす。サルトルは収容所を脱走し、パリに戻ってきた。ボーヴォワールやメルロ=ポンティと「社会主義と自由」グループを結成。ものにならないが。
64頁。『海の沈黙』、ヴェルコール。この本には書いていないが後に加藤周一と河野与一が訳したものだ。
66頁。シルヴィア・ビーチ拘束される。
67頁。1941年12月。米国が参戦。
76頁。『存在と無』爆撃化でも売れる。不思議に思って調べたら、徴発された一キログラムの分銅の代わりとして主婦が買っていたのだ。『招かれざる女』も出た。
80頁。ラ・ルイジアーヌ(ホテル)に、サルトルとボーヴォワールが住み始める。ボーヴォワールは例の丸い部屋で、住心地に満足した。
87頁。ヘラー、『異邦人』を徹夜で読み、すぐさま出版を許可する。
96頁。アンリ・カルティエ・ブレッソン戻る。1943年。1944年になり、6月6日の「オーバーロード作戦」を知る。
100頁。ヘラー、日記をアンバリッド近くの地中に埋める。掘り出せるのだろうか?
101頁。1944年8月19日。パリ解放。

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『量子の海』
291頁。バナールはジョイス、ピカソ、エリオット、ディラックを「犯罪者」とする。貴族的な夢の世界に浸りがちだからと。
299頁。研究最盛期の終わりに近づく。1933年のノーベル賞をシュレジンガーとともに受賞。史上最年少。31歳。

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また、図書館に行き、6冊借りてきた。

林忠正の資料を今日も探す。「翻訳 林忠正著「日本」(『パリ・イリュストレ』誌1886年5月号)掲載誌 日本女子大学大学院人間社会研究科紀要 (16) 2010.3 p.257~284,373~374」が国会図書館にあるので、今度見に行くつもり。
永井荷風の『江戸芸術論』は青空文庫で(一部林とゴンクールに関連するところを)読んだ。(Keepで黄色にしておいた。)

夏目漱石の文学論の関係も。いくつか資料を見つけた。(水色)


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