2018年4月26日木曜日

展覧会では無理してでもカタログを買おうと思う、駄目ならブログに記録しよう

 掃除とワックスがけが同時にできるウエット・モッブで床を磨く。3ヶ月に一遍くらいやる。今回はコタツを片付けてフローロングの床の露出面積がちょっぴり増えたので、思い立った。しばらく汗をかいたらきれいになった(気がする)。

 床に、昨夜借りてきた本を並べて写真を撮った。




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 「評伝 藤田嗣治」(田中穣 1988年 芸術新聞社)。面白そう。著者はというより日本の美術界は、フジタと奥様に嫌われていた。うすうすは知っていたが、これを機会に真相に近づきたい。

 入社早々、フジタの絵に触れて感激したが、そのきっかけを思い出せない。この評伝の最後の『参考資料』をみると、1977年に展覧会があったらしいが、それを見たかもしれない。でも記憶があやふやだ。多分当時は独身でリッチだったので、カタログは買ったと思われる。捨てた記憶もないので、カタログを探し出したいが、物置部屋の一番奥深く埋もれているようで、すぐには見つからない。連休にでも捜索隊を出して、「古生代の地層」から掘り出したいと考える。

 そのころ観た、やはり日本人画家での少年の顔を書いた絵の、なんとも言えず美しい青が目に残っているが、画家の名前すら思い出せない。「国吉」さんだったかしら???

 いま、グーグルに探してもらったら、国吉康雄でマチガイないようだ。感動した絵の画像は、まだ確定できない。明日、酔いが(さっきまで飲んでいた)さめたら、探してみよう。この展覧会のカタログは買っただろうか。忘却の彼方。もし買ったとすればフジタのカタログを探せばついでに発掘できるかもしれない。

 無理してでも、展覧会のカタログは買っておくべきと反省する。展覧会を観たという自分の大事な過去が、脳の老化とともに失わてゆくが、それを食い止めるものが必要だ。せめて、写真や感想を日記にしておくべきだった。いまは、ブログを書いているので少し安心。

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 もう一冊、「小松左京コレクション2」(1995年 ジャストシステム)は「果てしなき流れの果に」を読むつもりで借りた。その冒頭を試し読みしたら、恐竜が出てきた。恐竜と言えば白堊紀(小松左京先生は 白亜紀でなく白堊紀と表記されておられる)。

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 フジタのカタログも「古生代」でなく「白堊紀」の地層に埋まっているのかもしれない。フジタも当時の日本人から見ると恐竜に近い存在だったのだから。

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 床掃除と飲み会とで、今日も十数ページしか読めていない。反省しきり。

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