2020年10月14日水曜日

エイモア・トールズの『賢者たちの街』と『モスクワの伯爵』(どちらも早川書房刊、宇佐川晶子訳)読後感

メルマガ週刊ALL REVIEWS Vol.70 (2020/10/05-2020/10/11)の巻頭言です。エイモア・トールズの著作二篇(*)につき、書いてみました。

(*)『賢者たちの街』、『モスクワの伯爵』。どちらも早川書房刊、翻訳は宇佐川晶子さんです。


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週刊ALL REVIEWS第68号の巻頭言で紹介された『賢者たちの街』を読んだ。ブルックリン出身の編集者が語る、もの悲しく美しい1930年代ニューヨークでの立身出世と恋愛談。編集者がカーラジオで聴いて感動した『ニューヨークの秋』は多くのアーチストが手掛けたスタンダードナンバーだが、編集者が聴いたときに歌っていたのがマイノリティーのビリー・ホリディであるという設定が重要だ。ちなみに編集者は若いときから本の虫。

あまりに面白かったので、同一著者の『モスクワの伯爵』も続けて読むことにした。1920年代のホテルでの軟禁生活を語る前半はエンターテインメントとして楽しめた。1930年代の後半はスターリニズムの圧迫への伯爵のしたたかな抵抗が痛快。テーマは本当は非常に重たいのだが、「チャーミングな小説」(アメリカの某編集者評であると本書あとがきで訳者に教わった)として、全体を一気に読ませる凄腕の著者エイモア・トールズ。素人目にはこれが長編の二作目とは思えない。

『モスクワの伯爵』は2016年刊で、著者の公式Webサイトを見ると次回作は2021年に出す予定らしい。勝手な内容予測として、モスクワから「自由の国」への亡命物語と考えてみた。亡命先で伯爵または娘またはパートナーの辿る道は、『賢者たちの街』と似たものになるだろう。「自由の国」での生活をなんとか始められたとして、その先にきっとある差別をエイモア・トールズはどうとらえて、いかに『賢者たちの街』のように小粋に、瀟洒にかつ酷薄に描くだろうか。

ともかく二冊とも面白く読めた。物語に没入するときのあのわくわくする気持ちを味わうことができた。宇佐川晶子さんの翻訳も素晴らしい。二冊のストーリーの社会背景を重ね合わせて考えるのも興味深いし、現在の世界の閉塞状況を救う道を考えるときの参考にもなりそうだ。エイモア・トールズの出自も気になってくるが、インターネットで調べても表面的なものしかわからない。

良い本に出会えたのはALL REVIEWSのおかげだ、そして巻頭言執筆仲間のおかげだ。今週も楽しい読書を求めてALL REVIEWSを巡回したい。(hiro)

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