2021年12月20日月曜日

コニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』を読みながら子育ての大変さを思う

 コニー・ウィリスの『ドゥームズデイ・ブック』(大森望訳 ハヤカワ文庫SF)を順調に読み続ける。今日「順調」なのは、またもや孫の出張保育に行ったためだ。電車での行き帰りにまた100頁以上読んだ。昼寝時にも読もうと思っていたが、料理をする必要があり、そこでは諦めた。


物語は「順調」には進行しない。いろいろな障害が発生して21世紀と13世紀のストーリーはどちらもほとんど進行しない。先週読んだ『航路』もそうだったので、このような物語の「停滞」はコニー・ウィリスの好みなのだと思う。普通ならもどかしく感じるのだが、読み続けたいと思わせる。これがすごい。

われわれの人生も実はそうなのではないか。「順調」に進むのは朝ドラの筋だけで、われわれのやっていることの基本は停滞であり混沌である。『ドゥームズデイ・ブック』の話を「停滞」させるのはパンデミックである。これを1992年に書いたコニー・ウィリスは先見性がある。その先見性はきっと歴史をしっかり勉強したことによるのだろうと推測する。

孫の生活も、保育園でもらってくるウィルスで、一進一退し、親たちの生活もその余波で順調には進行しない。他の方々に聞くとみな、この年頃(一歳から二歳ごろ)の子供はこんなものだという。コニー・ウィリスにも子供がいるようなので、こんな体験をしているのではないだろうか。

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孫は、世の中はこんなものだと思って、気楽に構えているようだ。嬉しい。

絵本の読み方も堂に入ってきた


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