『トーマス・マン日記』を読み続ける。
イタリア訪問の高揚感も薄れてきたが、その経験を早速、『クルル』執筆に生かしている。さすがにプロ。体験を経験に昇華させるのが速い。普通は、こんな過程には数年かかるのではないかと思っている。
一方、相変わらず、住居の問題で悩んでいる。この問題を上手に片付けてくれる有能な秘書役が居ればよかったと思う。気難しいマンに太刀打ちできる人がいなかったか、商売上手と思いこんでいたであろうマン自身が自分で解決したかったか。ちょっと考えて見たい問題だ。
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1953年8月7日、エルレンバハ。
第9章の進行わずか。なるほど必要な便通促進ではあるが、それによって気分が悪い。自然が私にもくろむものには驚かされる。悲しむべき晩年が前途に迫ってきているように思われる。
昼食はグランド・ホテル・ドルダーへ。私の情熱の舞台、情熱の「対照」を探して見回すが、もちろんむだだ。(# 対象じゃなくて対照という言葉を使っているのにはなにか意味があるのか?原書にまずあったてみるべきかしら。)
8月13日。
(カリフォルニアの)家のあらたな購入申し込み、50,000ドル。受け入れて、ジュネーブ湖畔に広い家を買うこと。
8月14日。
もしこの家の近くに家を建て、しかも書斎のソファーと自分の浴室とがあるならば、私は満足して、フランス語圏に移る必要などないのだが。問題はただ、私のためになお新築することが割に合うかどうかだ。
8月18日。
第9章(王との謁見)を少し書き進める。
8月20日。
リスボンとポルトガルについて百科事典を調べる。
8月22日。
チューリヒ放送局へ行き、スピーチと『選ばれし人』の子供発見の挿話の朗読。
8月26日。
売却委任状認証のためアメリカ領事館へ。
8月30日。
澄んだ秋の天候。私の気分を押さえつけるのは、『クルル』の仕事の先行きがはっきりしないことで、その完成を信ずることができない。もっと限定された――もっと品格の高い仕事でありさえすれば、と思う。
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『老人力』も読み続ける。マンネリか、と思わせつつ読み続けさせる、これこそ老人力。読んでいる人にも老人力が備わっている。「老人力」はあいまいで便利なコトバだ。
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