2020年12月16日水曜日

「日記」にはどこまで本音を書くのか?

『トーマス・マン日記』を読む。


朝6時、読み始める前に東の空を見ると、金星があかるく輝いていた。

トーマス・マンは住居問題に悩みながらも、『クルル』の執筆に邁進。

1953年10月7日、エルレンバハ。
朝、私がときおり弱気になり、変化はすべて避けたくなる住居問題について、Kと話す。

10月11日。
「侯爵夫人の手紙」書き終わる。こんなつまらぬことになんと多くの時間を費やしていることだろう。恥ずかしい。

10月19日。
ソンディ博士の『運命分析』のショーペンハウアーへの思わざる関係。そこにある精神科医の精神病への親和性は新しいものではない。遺伝哲学、そこにはちなみに私が『クルル』のなかでくり返し暗示しているような一種の自己自身に至る「意志」がさまよっている。

10月21日。
カリフォルニアの小切手、家売却額、39,000と数百ドル、しかしそこからあれこれまだ差し引かれる。

10月23日。
第10章ほんの少し書き進める。疲れ、いらだち。

10月24日。
第10章だらだらと数行どまり。

10月29日。
第10章を書き進める。ズゥズゥの率直さ。

10月30日。
第10章を書き進める、エクセントリック。

10月31日。
『クルル』小説を書き進める。より興味をもって。

***

『74歳の日記』も読み続ける。

これを読んでいると、サートンの強さがわかる。一人の生活を続けてきた女性の強さ。

8月22日 金曜日
なぜ孤独だったかといえば、…、私という存在の真ん中に開いた穴を埋められる人は誰もいないから――その穴を埋められるのは自分だけ、自分が健康になることによってだけなのだ。だから寂しかったのは、本質的には「自分自身」を失って寂しかったということ。毎日の健康なリズムを取り戻し、仕事もできるようになった今、全然寂しいとは思わない。

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いただきものの石川県のころ柿が今夜のデザート。美味い。


ついでにHALくんの写真も貼っておく。



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